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-3-『ダンジョン実況者エメリアちゃん』

「ジョブチェンジぃ……」


 通好みのメイド服を脱ぎ捨て、揺れ動く馬車の荷台でエメリアは座り込みながらうめいた。


 メイドであるはずの彼女の衣服は変わり――職業替えしていた。


 頭に鉢巻きを締め、カーキ色の戦闘服(コンバッド・ジャケット)(そで)を通し、腰元の剣帯に狩猟刀までもが差さっていた。


 短パンとなる皮ズボンのポケットから棒付きキャンディを取り出し、ぱくりと咥えたエメリアは見かけだけは、シーフと呼ばれる存在だ。


 望んで、このような姿に甘んじているわけではない。


 わけあって、冒険者ギルドに登録するときに何が得意か面接官に尋ねられ、素直に諜報(ちょうほう)活動だと答えると。


「じゃあシーフかローグだね。違い? ないよ。ニュアンスの問題かな」


 と適当な選択に迫られた結果こうなった。


 怪しまれることなく面接は三分で終わった。

 冒険者など、この世にはありあまっているようだ。


(……てーか、私、魔族なんですけど……偽造身分証でもさっくり通るんですねぇ……どこも、お役所仕事ってあるんですね……)


 一応、エメリアは半魔だ。


 人間と一般的な魔族との混血児なので、肌は灰色ではなく白い。


 長耳は残っているが髪房で隠せばなんとかなるし、瞳も球形なので人の街を歩いても違和感はない。


「エメリアさん、凄いですね。それってエラー&マジック社の最新式の消音ドローンじゃないですか」


 馬車の隅っこでこそこそと魔導具を整備し、プロペラに刻まれた魔術式を絵筆で上塗りし、作業にふけっていたエメリアに弓手が声をかけてきた。


 金髪をひとまとめに結い、身軽そうな皮鎧を身にまとった快活そうな娘だ。


 名をフェルンといい、冒険者を生業としている。


 近隣都市である――港町デグリにある冒険者ギルドから、人を雇うのはそう難しくなかった。


 報酬と仕事内容を記したクエストを受注し、応募者が集まるのを待つだけだ。


 受付嬢は「行先が未開のダンジョンだと、危険だから人は集まりにくいかも」と心配していたが、一日で十数名の応募者が押しかけてきた。


 どうも、募集内容が良かったらしい。


「エメリアさんって……もしかして有名な実況者さんなんですか? コミニティとかあります?」


「い、いえっ……実況動画を撮るのはこれが初めてでして……緊張してます」


「そうなんですかー……でも、護衛報酬だけでも結構ありますし、分け前もいらないなんて太っ腹ですよね。そんなに動画配信って儲かるんですか?

 羨ましいなぁー。私もそういうのやってみたいんですけど、面倒臭くなっちゃうのと機材費とかで、やっぱり気後れしちゃって。

 でも、最近ほんとーに流行ってますよね、ダンジョン実況。ああいうのって、ネタバレになっちゃいますけど、攻略の際に助かるんですよね。

 レベル上げもしやすくなるし、ちょっとしたお宝を見つけるヒントにもなるんですよね。勿論、動画で人気出ちゃうと、ダンジョン人口が過密しちゃうんですけど。

 でもダンジョンの〝雰囲気〟がわかるって凄く助かるんですよ」


 矢継ぎ早にまくし立ててくるフェルンは、見かけ通りの明るい性格だ。

 

 気さくではあったが、ぺらぺらと舌鋒(ぜっぽう)を向けられてはたまらない。


 エメリアは棒付きキャンディを紙筒を揺らしつつ、愛想笑いを返すしかなかった。


 それというのも、探検しに行く『未開のダンジョン』は自分の家なのだ。


 笑うしかない。


「フェルンさん、一気に話しかけるのは失礼だよ。お嬢さんが困ってる」


「そうだぜ。熱血してんのはわかっけどよぉー」


 座禅(ざぜん)を組んで瞑想(めいそう)していた神経質そうな男、魔導師のグース。


 それに馬の手綱を握り、運転手を務めている剣士のエックがフェルンの攻勢を和らげた。


 叱られた当人は頭をこつんと叩き、舌を出して反省するポーズを取る。


 まるで悪びれていないが、注意した二人とも顔を赤らめて目を逸らす。


 エメリアは男二人の恋心を敏感(びんかん)に悟り、チョロさと馬鹿さ加減に呆れたが――三人の冒険者グループを雇うことにしたのは後悔していない。


 それぞれレベルは三十前後で、中堅に位置している。


 経歴を見ると歳若くチャレンジ精神に溢れているし、それぞれ顔立ちに華もある。


 彼らが冒険する様子は、動画映えするだろう。

 清潔感があって見た目麗しい、というのは万人に好感が持たれるものだ。


 何にせよ〝ダンジョン動画〟を成功させなければならない。


 金のためにイドルの動画を百億再生させた結果。


 インターネット動画共有サービスサイト、『グングン動画』のサーバーはダウンしてしまった。


 危機を感じた運営は本格的にF5アタックの対策を講じた。


 もはや、魔王軍の一翼(いちよく)を担っている『赤の軍』の総力を結集したDOS攻撃では、再生数は伸びない。


 威力業務妨害になってしまうし、本当に動画の面白さで勝負するしかないのだ。


 つらいことだが、まっとうに戦うしかないのだ……イカサマで楽はできない。





 ※ ※






《やってくれたのぉ……イドルよ。ほんに、やってくれたのぉ……》


 顔面のあらゆるところにびきびきと血管を浮かべたペルシャナルを前にして、イドルは狼狽(ろうばい)していた。


 額に流れる冷汗をハンカチでふきつつ、窮地(きゅうち)におちいっていた。


 ビデオ通話でモニター越しとはいえ、汗が噴き出るほどの重圧がある。


 ペルシャナルは笑顔であるが、あくまで攻撃的な微笑だ。


 ひくひくと目尻が痙攣しており、腹の底から激怒しているのが窺える。


《ふふっ、まあ見事よ……忠臣を装っておきながら、背後から余を刺すとは……余の大事な『グングン動画』を一日とはいえ、使用不能にするとはやりおるわ》


「その……ペルシャナル様。ご、誤解なのです。お、俺は別にサーバーを攻撃しようなどとは」


 しどろもどろで言い訳がましい言葉を発したのがまずかった。


 ペルシャナルはクワッと般若(はんにゃ)へと変貌(へんぼう)した。


《黙れぇええええええええええええ!! 貴様が『赤の軍』五万を使い、自らの動画を世界ランクに入れたのは周知の事実である! 普通やるか、そんなこと!?》


「や、やろうと思ってやったことでは……」


《言い訳無用! 見苦しいぞイドル! なればこそ、本日をもって貴様の魔軍における指揮権を剥奪する。軍団長からヒラとなれっ!》


「ご、ご無体な!」


 ヒラ――一平卒?

 魔王軍の出世競争で二百年かけた自分が?


 イドルは奈落に()ちていくのを自覚した。


 心象風景としては、底のない谷底に落下して――魂さえも天に還っていくような心地。


 脱力して卒倒しそうになったが、魔王が目の前にいる以上、醜態(しゅうたい)を晒せない。


《待機兵を使っての人海戦術とは恐れ入ったぞ。余もびっくりしたわ。よいか、二度とこのようなズルは許さぬ。真面目にコツコツと人気動画を作るのだ。いいなイドルよ! わかったな!》


「ぎょ、御意!」


 椅子からズサッと降りて平伏し、恭順を示す。


 モニターの向こうのペルシャナルはしばらくの間、ジトリとした刺すような視線でイドルを捉えていたが、怒りが鎮火するとため息をついて態度を軟化させた。


《イドルよ。お前が工作という下劣で品性がなく、非人間的で畜生(ちくしょう)にも劣る手段を講じてしまったのも……無理はない。『グングン動画』は時代の最先端ゆえ、脚光(きゃっこう)を浴びたかったのだろう。その虚栄の心がわからぬ余ではない》


「ハッ!」


 違う、そんなつもりはなかった。


 そう言いたかったが、この状況では言い訳になってしまう。


 ひざまずきながら耐え忍び、左手で右拳を包み込んで同意する。


 実態は――F5ボタンを押すのが面倒になったので、部下に頼んだら軍用の連絡網に波及してしまい、収まりがつかなくなってしまっただけだ。


 うなぎ昇りに上がっていく再生数と、それに追従する匿名の者たちの悪ノリは――傍目からしてヤバいと思ったが、軍団員も恐らくお祭り気分を制止できなかった。


《もしもだが、余の『魔王が世界の首脳を集めたパーティーで可愛く踊ってみた』の再生数を上回ることができたら、望むままに褒美を与えよう。きちんとしたら方法でだ。まあ、無理だと思うがな……くふふ》


 歴史的瞬間でおふざけをする、という常軌を(いっ)した動画はとんでもなく魔族の恥を晒したが、魔界でも人間界でもトップニュースとなって耳目を集め、『グングン動画』内の再生数では累計トップテン入りするまでに至った。


 映像を目にした瞬間、身持ちの硬いイドルは恥ずかしさのあまり、両手で顔を覆って卒倒しそうになったが、よくよく観察すればペルシャナル関連の動画に付くコメントは好意的で受けがいい。


 誹謗中傷もちらほらとはある。


 偽物ではないか、合成してる、やらせだ――そう言いたくなる気持ちはイドルにもわかった。


 あまりにも突拍子もないので、真偽を疑うのも無理もない。


 何にせよ、人気があるということは一定の支持者がいるということになる。


 ならば魔族や人間族がネットで繋がっている現状では、平和の架け橋として強引に見なすことにした。


「陛下に及ばぬながら努力いたします」


《うむうむ……尽力せよ》


 通信が切れる。

 ホッと一安心したのも束の間、別のビデオ通話が入った。


 どきりとしながらパソコン上のアプリを操作する。


《ハローハロー、イドル様。映像届いてますかー?》


「お、おう、エメリアか……届いてるぞ。どうやら首尾よくいったようだな」


 ぱたぱたと手を振っているエメリア。


 向こう側からこちらの様子はわからないようで、翡翠色の瞳が上下に動いている。


 空撮用の消音ドローンは高級品を使った。

 不安はあったが焦点はぼやけてもいないし、ノイズや音ぶれもない。

 くっきりと鮮明に映っている。


 届けられるリアルタイム映像からして、ダンジョンの手前か。


 転がる岩石とまばらに茂った樹木の荒涼とした高地だ。


 この分なら届けられる映像を記録して編集し、ダンジョン動画として配信できそうだ。


《はい。三人の冒険者を雇いました。これからイドル様の……ええっと、『とにかく最高ダンジョン』に潜っていきますね。何が最高か疑問なんですが、まあ聞かないでおきましょう》


「名称は深く考えていなかったのでな……どんなダンジョンか情報を与えたくなかったのもある」


 内部公開することにも抵抗があった。


 返還事業の一環として納得はしているが、やすやすと魔族の財産を渡すことは戦争で敗北したようで、気にしないようにしていても、魔族の民としての矜持を傷つける。


 だからこそ宝物を手に入れる冒険者には、一定の苦労してもらいたい。

 

 そういった考えもあって――前回の投稿動画では入り口だけ映して情報を遮断したのだが、誰も来ないのは想定外だった。


 こんな〝仕込み〟をしなければならないのも悲しいが、背に腹には代えられない。


《それじゃあ、冒険に行ってきますね。困ったらアドバイス求めますから、ちゃんと見ていてくださいよ。基本は自動追尾式ですけど、そっちからもドローンは操作できちゃうので、私の変なところ映さないでくださいよ》


 イドルはパソコンの右側にあるスティックキーを見下ろした。


 肉厚のラバーに包まれた黒光りするバーを掴んで動かしてみると、自在に風景が変わる。


 慣れるまで時間はかからなかった。

 なるほど思い通りに操作できる。


 試しにエメリアに体当たりしてみると、すこんと頭部にヒットした。


《ちょっ、痛っ……遊ぶのもなしですよ! まったく……それじゃあ、頼みますよイドル様。私も頑張ってリポーター役をやりますから》


「わかった」


 まずは撮っていこう。

 偉業とは、常に地道な努力で()すものだから。




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