-END-『一発で殺ったのは、さすがにまずかったよね』
モニター室は名残惜しく思いながらも、イドルはベッドの上にのった肩掛け鞄のジッパーを締めにかかった。
ぎゅうぎゅう詰めの衣類を押しこんだイドルは旅の準備を終えようとした。
魔将としての衣装ではなく、白のポロシャツにスラックス。
休日を謳歌する青年といった格好だ。
これまであまり使わなかった私室を見回し、満足げに頷いているとノックの音が響いた。
「イドル様。ダンジョンの監視室を放っておくなんて、珍しいですね。いいんですか?」
「いいんだ。ここはエメリア、お前に譲ろう」
「え?」
「俺は魔王軍を除隊した」
「はっ?」
「早い話、もう魔将じゃないんだ。お前がここに残れるように執行部に要請しておいた。安穏と暮らすがいい」
「ちょ、話についていけないんですが。嘘ですよね? だって、イドル様ほど忠誠心に厚い魔族はいないのに……あっ、この間の魔王退治で責任感じてるとかそんなんですか?」
「それもある。俺、まるでイイトコロなかったからな……バナナで滑ったシーンが切り取られてポップの利いた音楽と共に拡散されたときは流石に死のうかと思った……」
ほろりと涙を見せる。
最終局面でやらかしたことは事実だったが、エメリアは泡を食って傷心のイドルにフォローを入れた。
「だっ、だっ、大丈夫ですよイドル様! 人の噂も七十五日って言うじゃないですか! また格好いいところ見せればいいんですよ!」
「まあ、責任を取るというのは建前でな。実のところ、ペルシャナル様は魔王軍にいる大勢の将官たちにも〝ダンジョン動画〟のために希少な魔導具を流出させてしまっていてな。しかも人魔戦争で一区切りついたということで、退役者も多く……効果を発揮すれば世界が混乱するほど危険な第一級魔導具までもリストに入っていた。それらを回収したい」
「おのおの方に連絡して返してくれないんですか?」
イドルは肩掛け鞄に手を伸ばし、背負った。
魔王ディクロスを倒した動画の功罪を告げる。
「エメリア、決してお前のせいではないが……視聴者に夢を与えてしまったのだ。
強力な魔道具さえあれば、魔王さえも倒すことができると公に証明された。
誰しも強い力に憧れるものだ」
「うえっ、ほ、ほんとに、反乱が起こっちゃってる的な感じですか?」
「魔将の立場があると、俺が負けたときに失うものできてしまう。これ以上、魔族のメンツを潰して弱体化させるわけにはいかんのでな」
「で、でも、魔王様は……ペルシャナル様はお許しになったのですか?」
「陛下には褒美を頂いた。彼女の動画の再生数を上回れば望むままに願いごとが叶えてもらえると約束していたからな。魔王軍を辞めることが俺の願いだ。だだをこねられたが、いい加減自立してもらわねばならん。甘やかすばかりが子育てではない」
保護者のような言動はイドルのペルシャナル観を表すものだったが、エメリアはそれはスルーして「えーっと」とか「あーっと」とか唸りながら次の説得の言葉を紡ぐ。
「じゃ、じゃあ、ダンジョン潜ったりもするわけですよね!」
「かもな」
「じゃあ私、その様子を撮影しますよ! ほらっ、今度はちゃんと〝ダンジョン動画〟を作りましょうよ!」
「エメリア、もう遊びじゃないんだぞ」
「遊びでも、本気でも構わないじゃないですか! 本来、皆、こういう技術は……! 自分や誰かのことを記録したくてできたんです! きっと、大事な思い出を残すためだったんです。そういうものじゃないですか……お願いしますから、私も連れて行ってください」
「なぜついてきたがる? この先、恐らくだが、ろくなことはないぞ」
「だって、だって、寂しいじゃないですかっ!!」
大声での絶叫は感情の爆発だった。エメリアは自分の発した言葉に驚き、羞恥に駆られて横を向く。まつ毛まで濡れてしまっている。
目を開いたイドルは表情を和らげると、細い肩に手を添えた。
「そろそろ別れの時期だと思っていたが俺の思い違いだったか」
「はい」
「では、ついてこい」
「はい!」
扉を開けてイドルは廊下に出ようとしたが、ふと思い立ったように立ちどまるとエメリアに向かって慎重に声をかけた。
「いいか、今度こそ、俺が主役だからな」




