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-17-『魔王のメンタルは弱い』


 謁見の間に一同は集合すると、最終決戦ということでメイクの時間が必要だった。


今回の相手は非常に協力的なので完全な仕込みになる。


 特に女性陣は全国放送される危険があるということで、入念にパウダーを顔に塗りたくっている。


 どこの世界に化粧でギトギトの魔王などいるのか、とイドルは思ったものの非難を浴びそうだったので口をつぐんだ。


 そういう賢明さは備えている。


 待ち時間を使い、片手鍋を持ったイドルはノートパソコンの前に腰掛け、動画投稿の準備をするレイセンに声をかけた。


「レイセン。動画で使う予定の【キラーポーン】を貸してくれ」


「えっ、偽物だけどいい?」


「ああ」


 ウェスタンジャケットのポケットから魚の背骨のような【キラーポーン】が出てくる。


ご丁寧に頭骨までついていた。

本人の前で実験するのも気が引けたので間柱の陰に向かって向かって歩き、水のたっぷり入った手鍋に骨を落とした。


 手の平を鍋の下に置き、ぐつぐつと沸騰させる。


「どれ……」


 ――煮込むことで芳醇なカツオ出汁が抽出できる。


 ウィキペディアの記載によれば本物であればスープができる。


 それはレイセンの腹には暗殺計画があるということだ。

結局、本人には尋ねられずに最後まで先延ばしにしてしまった。


 魔族は下剋上を〝よし〟とする。だが、イドルはどちらも失いたくなかった。かたや手のかかる後輩。かたや手のかかる上官。どちらかを選びたくはない。


 そう、馬鹿な子ほど可愛いのだ。

 イドルは恐る恐る手鍋の端に口をつけた。


「カツオ出汁だ……」


 ということがこれが本物の【キラーポーン】となる。

 暗殺の物的証拠ができてしまった。

 ディクロスの言う通り、レイセンはペルシャナルの殺害を目論んでいる。


 身に通った血が冷たくなった。はぁと息をついてしまう。

 落胆と失望が混ぜこぜになって身体を重くさせる。

 だが、あまり時間をかけすぎては怪しまれると気が急く。


「イドルよ」


「……ディクロス様」


「我が命令通り、【渇きのオーブ】を使うのだ。そうすればレイセンは無力化できる。動画撮影に不都合が出るというのなら、お前がトドメ役をすればよい」


 とことこと寄って来た毛玉の助言。


 その手段はレイセンから得ていた信頼を台無しにすることになる。


 懐から取り出した【渇きのオーブ】は泥玉のような魔導具。


 もしものときだけ使うべきだと思っていた。


「余は娘を護るためにこの矮小なる姿をお前に晒したのだ。遊びで死なせるわけにはいかん。頼むぞイドルよ」


「わかっております陛下」


 柱の向こう側であぐらをかいたレイセンにペルシャナルが近づき、仲睦ましくしゃべっている。


 何かおかしなことでもあったのか、二人で陽気に笑い合っている。あれが嘘なのか。あれが演技なのか。


 魔王の座に就き、流血と闘争を巻き起こすのが狙いのか。


 ディクロスの葬式の日で言われた言葉が脳裏によみがえる。


 ――ぶっ殺しちまって覇権を取っちまおうよ。


 レイセンは魔族らしい魔族だ。

 否定はしないし、受け入れもする。たくらみがわかった今でも多少の好意だって持っている。



 だが、今回だけは安全策を取るべきだった。

 やっと平和になってきた魔界に混乱はお呼びでない。


「おにーさん、そろそろ撮影始めるよー」


「ああ、わかったよ。これ、返すよ」


「うん」


 炎でまとわりついた水分を蒸発させた【キラーポーン】はまだ少し温かったが、レイセンは気にせずにポケットにしまう。ドローンが上空へひらりと舞い上がった。


 魔王らしく毛皮付きのマントで正装したペルシャナルは王座の前に立ち、小階段の上から傲岸不遜に見下ろした。


 戦闘要員でないエメリアは柱の陰に身を潜め、リモコンでドローンを操作する係りとなる。


 ――撮影が始まる。


「くっくっく……よくぞここまで来たな勇者たちよ」


「魔将です」


 喉をこもらせて無理やり高い声を出したペルシャナルに否定を入れると、びくっと上体を反らした。


 気を取り直して胸を張る。


「……魔将たちよ。よくぞ余の目的を見抜いた。『グングン動画』を買収して私物化し、アイドルになってちやほやされ、若者の支持層を集めて美人過ぎる魔王として一躍スターになる野望を」


「そんなアホなこと考えてたんですか?」


「おにーさん、やめてあげて。泣いてるから。ペルペル、ストレス耐性低いから」


「ゆ、ゆ、ゆくぞっ! 余に逆らいし愚者ども! 魔王の力、心ゆくまで味わうがいい!」


 ゴォッと竜巻が手から放たれて立ち止まっていたレイセンが後方へと吹き飛んだ。渦巻く疾風の濁流に乗せられるがまま数十メートル先の大扉に背中をぶつけられ、目を回している。


 イドルは慌てて【一頭両断剣】を引き抜き、原初の姿に戻って腰を落とす。


 レベル差の影響か。単なる八つ当たりでも油断すれば死にかねない威力がある。


 勇者の剣ならば多少は身を護る道具にはなる。

 魔術の〝頭〟さえ叩ければ切り伏せることができる聖剣なのだから。


「少し本気で行きますよ」


「よい機会じゃ。来るがよい」


 フッと全身から火の粉を散らしてイドルは地を蹴った。

 とはいっても、滑るような動きで床を移動する。

 視界から緩やかに曲線を描きつつ接近し、ペルシャナルが振り向いたところで〝飛び火〟から顕現し、背後から拳を叩き込んだ。


 ドコッと殴りつけたはずが、皮膚は揺れもへこみもしない。


「ふむ。精霊モードなら小さな火に移動できるのか」


「おおおおおおおおっ!」


 舐められてたまるものか――イドルは派手な火炎魔術を唱えた。


 ほうぼうから炎の矢を召喚して放ち、片手から目くらましの火炎流を浴びせ、紛れ込みながら【一頭両断剣】で襲い掛かる。


 ペルシャナルも流石に勇者の剣だけは気をつけているのか、大鎌のようなものを手に持って迎え撃つ。


 気絶から復帰したレイセンが引き金を引いてフォローし、一気に激戦の様相へと変化した。


 互いに凶器を振るい、攻撃魔術を用い、光と光が舞った。


「これは楽しいぞ!」


 身を捻って大鎌が振るわれる――イドルは躱すことができずに上半身を分離させられた。

 原初体ならではの性質で離れかけても断面から糸が引き、即座に癒着する。


 仕返しとばかりに下段から上段に向かう逆巻きの剣をふるうと、レイセンも合わせてぶっ放した。

 

 ドカンドカンッと派手な銃声。

 直線を走っていた銃弾は急激に折れ曲がって天井へと向かい、ペルシャナルの脳天を直撃した。

 威力というよりも圧力で頭が下がる。


 そこをイドルは下からの剣が捉えたが、刃はがきんと歯で掴まれる。


 にぃと口の端が緩み、返礼の前蹴りが飛んでくる。


 イドルは吹っ飛ばされてレイセンを同じ位置に戻った。


 そのまま五分ほど死闘を繰り広げていると、イドルもレイセンも流石に疲弊してきて、息が上がってきた。ペルシャナルは手加減している。


 それは双方のダメージ量を見れば明白だった。


 挑む二人はぼろぼろになってきて、魔王の方は何も変わっていないのだから。


 黄金瞳は喜色に染まっている。


 ――が。

 不意に思いついたようにバナナを食べ始めた。意味がわからない。


「ふふふっ……もぐっ……余の力を思い知ったか。この世は再び余がアイドルとなって支配する……いずれ握手券を配り、オリコンを蹂躙してくれるわ……もぐっ……ふはははっ」


 ぽいっとわかりやすくバナナの皮を床に投げ捨てる。


 不自然度100%ではあったが、ペルシャナルはわざとらしく転んだ。


「ぬわっ!」


「隙有りぃーーー!」


 目を光らせたレイセンはその隙を見逃さず、一気に【キラーポーン】を片手持ちして飛翔する。


 筋書きではここで決着がつく。


 イドルは素早く【渇きのオーブ】を取り出して空を飛ぶレイセンに合わせた。


 悪いな――これも魔族の平穏のため。つぶやきは言葉にしなかった。あとで直接言うために。


「『渇望する者よ!』」


「あっ」

「あっ」




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