表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/22

-15-『既読無視』

「イドルよ。最終決戦だな」


「ディクロス様。ちゃんと扉を開けたら閉めて下さい」


「うむ……」


 本拠地である『火口ダンジョン』


 その地下深くにあるコントロールルーム。

 パソコンに向かい合っていたイドルは、ディクロス(たぬき)がぬっと入ってくると素っ気なく返した。


 二十センチほどしかない灰褐色の毛玉であるディクロスは小さな背を懸命に伸ばし、ぴょんぴょんとドアノブに向かってジャンプし、肉球でぱたんと扉を閉じる。


 時刻は真夜中。


 いよいよ魔王退治の〝ダンジョン動画〟は最終局面にきている。


「イドルよ……何をしておるのだ」


「魔王退治の魔導具とはどのように使用するものか調べておりまして」


 モニター席で頬杖を突き、イドルはディスプレイに集中していた。

 使うつもりはないが、万が一に備えて効用くらいは熟知しておきたい。


 ディクロスはよっこらせとデスクによじのぼり、自信ありげに胸を張る。


「なんだそんなことか。余に尋ねるがよい。これでも長年、魔王をしておった。知らぬことなどない」


「いえ、現代にはウィキペディアがございますので」


「ぬう」


 気勢を削がれたディクロスを放置し、イドルはウィキペディアの解説文を目を通した。



【渇きのオーブ】

 対象一名の魔力を吸収して数倍から数十倍に膨れ上がる。尚、弾力性に優れているのでクッションボールとしても使用できる。推奨年齢は五歳から十五歳とされており、成人男性の平均体重を超過した場合は割れる危険性有り。



【身代わりの鎧】

 致命的な一撃を受けると使用者の代わりにダメージを引き受けてくれる全身鎧。尚、研究員が効果を確認した際に木端微塵になっている。現在では溶接と耐熱性セラミック繊維での縫合によって修繕された痕跡が残っており、再使用可能かどうかは不明。




【一頭両断剣】

 別名はドタマかち割り剣。ロールケンハイム公国の国宝だったが十剣勇者ブラドリオ・リッケルに下賜された(注意事項1)。使用者が対象物(対象が人の場合も含める)を頭部であると認識すると切れ味が異常に増加する。尚、刀身の樋に描かれた魔術文字を現代語に翻訳すると以下のような意味になる。『夫婦喧嘩に持ち出し厳禁』




【キラーポーン】

 魚の背骨を思わせる形状をした針。過去七回ほどゴミと間違われ、倉庫係によって投棄されて行方不明になっている。全長約六センチ。重さ約十グラム。囚人の処刑用に開発された魔導具。ユーモラスな形をしているが、先端を突き刺さされた生物は例外なく致死する。尚、研究員の実験によると煮込むことで芳醇なカツオ出汁が抽出できる。




 説明文を読み終えると、左脇にしゃがむディクロスに確認を取る。


「この【キラーポーン】でディクロス様は倒されたのですか?」


「うむ。焼き魚に混じって入れられておってな……バリッといったらガクッと逝ったわ」


「なるほど。そんな間抜けなことで魔王も死ぬんですね」


「イドル……余がたぬきだと思って舐めてきてるだろ?」


 ぴくんぴくんと動くヒゲを摘まみ、ディクロスは静かに怒気を発したが、イドルは感情を表さずに平静に返した。


「いいえ、ただ『たぬきと一緒』という動画見て、ディクロス様がうちのエメリアにペットフードを食べさせてもらったり、散歩に連れて行ってもらったり、ペットケージで寂しそうに鳴いている姿を見て少し畏敬の念が薄れただけです」


「それは仕方ないだろう。余はたぬきなのだ。他にどうすればいい? 変化の術か? ポンポコポンで変化の術を覚えればいいのか?」


 憤慨するディクロスのたぬき化は深刻だったが、それ以上に頭を悩ませているのが〝ダンジョン動画〟の撮影だ。


 次はペルシャナルに挑むことになるが【キラーポーン】だけはレイセンが所持している。


 魔王ディクロスすら打ち倒す強力無比な魔導具だ。

 再使用されれば、無慈悲な結末が待っている。


 動画撮影をやめるという選択肢もあるが――記者会見までして宣言してしまった。


 思えばあれは後に退けないするためだったのか。


 だとすれば巧妙な手口だと認めざるを得ない。


「こうなれば……話を通すか」


 イドルは通信アプリを起動させてペルシャナルの固有番号を弾き出した。


 ビデオ通話をかけると、眉尻を吊り上げたペルシャナルが画面上に出現する。


 王冠を被った銀髪縦眼の若き娘――美貌の下には相も変わらず、恥ずかしげもなくビキニアーマー。


 サッとディクロスは机の下に隠れた。娘に姿を見られたくないのか。


《イドルか……久方ぶりよな》


「夜分すいません。所用がございまして」


《余も貴様と話そうと思うとった》


 なんだろうか――疑問符を浮かべて首を捻るとペルシャナルはビシッと指を突きだしてくる。


《貴様、ぜっんぜんっ! ダンジョンを冒険しとらんではないか! しかも身内ネタばっかりじゃし、視聴者を馬鹿にするのもいい加減にせよ!》


「しかし、ペルシャナル様。俺の投稿動画の再生数は百万です」


《うおっ、ぬっ、ぐっ、ぐぬぬ……なっ、なんたることよ。神秘のベールに包まれた魔王軍の醜態を晒すことで人気を得るとはげに恐ろしき権謀数術よ……》


 一番醜態を晒している人物にそう言われるのは心外だったが、イドルも自分がまともにダンジョンを冒険しているとは思っていなかった。


 それに再生数は上げ底だ。

 意図的に魔族の民が自分の動画をスターダムに推し上げている。


 もはや自分の手から離れてしまったような錯覚すらある。


 実力とは言えないので誇ることはできないが、ペルシャナルの悔しそうな顔を見るとこれを機会にたしなめることができるかもしれない。


 動画投稿者という狭いジャンルでの戦いだとしても。


 弱者の言うことは聞かないが、強者の言うことは聞くのが世の常だ。


「ペルシャナル様。それで〝ダンジョン動画〟のことなのですが、俺は魔王退治を目標に掲げて冒険していることはご存知ですか?」


《う、うむ……イドルよ。お前の裏切りは正直、余も少し泣いちゃったからな。なんか気に障ることしちゃったかなって、ずっと考えてた》


 両手指をつんつんと突き合わせ、チラッと気まずそうに上目遣い。


「いや、演技ですからね。本気で打倒しようとか考えておりません」


《そ、そうか。本気で殺されるかと思っとんじゃぞ。

 この頃、レイセンはお前にべったりじゃし、気難しいブラドリオはお前としか会話せん……古株のドッドは表面上は余に忠実なふりをして、本当は長い付き合いであるお前を優先する。

 余に味方はおらんのじゃ。魔王になってからも孤独じゃ……》


 覗かせた本音は悲哀があった。鼻をすすってそっぽを向き、涙目で下唇を噛む。


「そんなことを気にしてなされたのですか」


《気にするに決まっておろう……》


 少なくともイドルの観念において魔王とは絶対強者だ。


 魔界においてどんな望みでも叶えることができる存在。


 それが側近に恵まれないからといって、まつ毛を濡らすなど驚嘆に値する。


《お前ら全然、まとも〝ダンジョン動画〟を作らんし、余の馴れ合いコミニティにも入らんし……あまつさえ、平気で既読無視しよる……ブラドリオなんて余をアカウントブロックしておるのだぞ。あやつ、やっていいことと悪いことの違いがわからんのか》


 愚痴という愚痴が歯止めなくこぼれ落ちてくる。


 よほど溜まっていたのか、ガンガンっと机を両手拳で叩いて憤りながら語られた内容はざっくりばらんに分析すると――寂しい、人気が欲しい、ちやほやされたい、というものであり。


 動画で人気が低下してきたことや。


 煽情的なポーズばかりを要求されてなんか嫌気が差してきたことや。


 トークに技術がいることがわかってきたなど。


 単なる一人語りにもなってきたので、気疲れを覚えたイドルは本題に入ることにした。


「それでペルシャナル様。俺の〝ダンジョン動画〟のことでご相談があるんですが」


《うむ。余とお前のコラボ企画だ。抜かりなく計画せねばな》


「その、動画の建前上、俺はペルシャナル様を倒しに行くのですが……どうも、レイセンだけは本気で倒しにいくつもりなのです」


《ふむ……なぜだ?》


「動機は不明ですが、どうも前々から隙あらば謀反の精神を持っていまして……俺としてはレイセンと戦いたくもないし、ペルシャナル様が倒れても困るのです。その、俺の仕事が増えますし」


 予想していたよりもペルシャナルは動揺していなかった。


 密告に顔を引き締めたものの、嫌悪感を滲ませたりはしていない。


《イドルよ。余は誰の挑戦でも受けると言ったはずだぞ。ふりではなく、本気で来るのならばやむなしよ。しかし、お前はまったくレイセンのことがわかっておらんな》


「と、申しますと?」


《何を隠そう余とレイセンはズッ友の誓いを立てた仲……五回メールを送ったら一回は返信してくれるほどの関係……完全に親友よ》


「ペルシャナル様、それは」


 ただの知り合いクラスです――イドルは言葉を呑み込んだ。


 顔を伏せて唇を結ぶ。言うわけにはいかなかった。これは指摘してはいけない。


 自分が友達だと思っていて、相手がそうじゃなかったときのダメージは計り知れない。


《まあ、変に気を回すでない。余は魔王じゃぞ。本気で戦ってもそう簡単には負けん》


「しかしペルシャナル様。我々はかつての魔王を退治した魔導具を使います。万が一にも」


《くどい。が、イドルよ。お前が余を案じる気持ちは受け取ろう。レイセンとは密に話してみよう。何かしら誤解があるやもしれんしな》


「はい。そのようにして頂けると助かります」


《それと。今度から毎日ビデオチャットするから応じるように。余とズッ友になるのだ》


「えっ……はっ、ハッ! こ、光栄でございます」


 ペルシャナルが真面目な顔だったので拒否するという選択肢が浮かばず、イドルは職責から上擦った声で応じてしまった。


《よろしい。ブラドリオなどは「仕事とプライベートは別だから」とかぬかしおったからな。やはりと魔族と人間族は大いなる差異があるようじゃ》


「そ、そうですね……」


 ブラドリオのオンとオフの切り替えのうまさを恨みながらイドルは己の失態を悟った。


 ペルシャナルの愚痴を毎晩聞き続けるのは苦行でしかない。


《イドルよ。たくさん話を聞いてくれて感謝するぞ。言っておくが余は話を聞いてくれる人物に非常に懐く。段々しつこくなっていくから覚悟するがよい》


「ホラーみたいに言うのやめてください」


《だが、見返りもある。お前が望むなら余はおっぱいを見せよう》


 誇らしげに片手で控えめな胸部を持ち上げる。


 ギリギリで谷間ができるほどしか容量がなかったが、当人は色気があると思っているのか口許に指を添え、ちろりと赤い舌を出しながら嫣然とした微笑を浮かべている。


 気力を失って半眼になったイドルは返答した。


「お願いですからそういう真似は決してしないでください。あなた様は現魔王なのですよ。俺を含め、誰にしてはいけません。いいですね?」


《ふっ、うぶな男心を弄ぶのは心地よいものじゃな……余はおねむゆえ、おやすみじゃ》


 ビデオ通話が終了した。


 イドルは椅子を引いて立ち上がり、大きくのびをする。


 肩を震わせてあくびをし、背筋をぴんと立て、部屋の隅に置かれたベッドの方に視線をやる。


「もう面倒だし倒しちまおうかな……いや、しかし……次の魔王はどうすれば……」


「イドルよ」


「なんですかディクロス様」


 隠れていた机の下からのっそり出てくるディクロス。


 夜行性のケダモノのせいか、二対の黄金瞳が爛々と輝いている。


「ペルシャナルを愛してしまったのか?」


「お二方ともなんで俺の神経を逆撫でするのが好きなんですか?」


 ドッと疲労感が押し寄せてきた。

 手のかかる馬鹿と、曲解する馬鹿が魔王をやっているという事実が重く双肩に伸し掛かっている。


「落ちつけイドル。余はボーイ・ミーツ・ガールに寛大である。お前が我が娘を性的な意味でいてこましたいという熱い欲望、わからんことはない」


「ディクロス様。俺の我慢の限界を試さないでください。そしてそれはボーイ・ミーツ・ガールの範疇から外れております」


「余の娘を護るためにお前には働いてもらうぞ。よいな、赤の魔将イドルよ」


 ディクロスは器用に二本足で立ち、腕組みした。


 その点では承知している。魔王を護るのは臣下の務めだ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ