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-14-『救済』

《イドル様、スマホを購入なされたのですね。

 よかった。部下としてはずっと連絡取りづらかったんですよ……それと、例のプランBですが決着がつきました。ええ、服装の変化が好感触でした。

 無骨なイメージを覆すことできましたので》


「映像データを送ることにして、良かったよ。ただ、急いでこちらに送ってくれないか。少しまずいことになってる」


《それはよろしいですが、まだ実行段階ではないのでは? まだフェイズ・ワンです》


「時間をかけるつもりだったが、予想以上にBは過去に執着している。荒療治が必要だ。人間の命は我々魔族と違って短い。命のある内に役立ってもらわねばならん」


《承知致しました。至急、派遣致します。すべては魔族の繁栄のために》


 イドルがスマホ通話を切ると、スプーンを咥えたレイセンとウインナーを齧っているエメリアがジッと半眼で自分を凝視していることに気付いた。


 ――一夜明けてホテルの朝食バイキング。


 その和やかな席で、陰謀めいた密談をしているのは嫌でも目立つ。


「イドル様、悪巧みしてるならもうちょい隠した方がいいですよ」


「おにーさん。まだ人間をイジメるお仕事してるの? 飽きない?」


「いや、その、違う……昔から進めていたプロジェクトというか。なんていうか、その、俺は魔将だから色々と魔王軍の中でも責任があるんだよ」


 最近、上官である魔王ディクロスに叱責されたし――とまでは続けなかった。


 まだ本心の知れないレイセンに復活を悟られるわけにはいかない。


「そーいやあたし、そういうの全部拒否ってるなー」


「あっ、モンブランです」


 根本的に仕事の話が嫌いな二人との楽しい食事を摂り終えると、一行はカジノのオープン時間まで待機することになった。


 何気なくイドルは自前のスマホアプリを起動させ、『ドラドラ』の【一頭両断剣】を表示させる。


 アイテムを係員に見せることで引き換えることができるのだが。


「まず、通常通りに引き換えてはくれないだろうね。チートコードで無理やり創り出したものだし」


「結局、戦うことになりそうか」


 イドルとしては剣の魔将ブラドリオとのバトルはゾッとするものを覚えていた。


 何よりも相手は元勇者だ。


 レベル差があっても、逆境を跳ね返す力がある。


「でもイドル様……その聖剣というのはブラドリオ様とお姫様の思い出の品なんですよね。雑に扱っているようで、本当は手放せないような」


 エメリアは本質を突く発言をした。


 消えることのない未練が聖剣に込められているのは明白だ。


「無論、奪い取るのは気が引けるが」


「だからこそ取り上げたときの泣きっ面があたしは見たい。動画的にもおいしい。今回は二人がかりでボコにしようねおにーさん」


「ああ、考えたらその方が楽だな」


 魔将二人はタッグを組んだ。


 ニッと唇を歪めて拳をこつんと合わせ、非道な考えを露呈する。


 エメリアは二人の心のなさを嘆きながらも、肩掛けバッグに詰めておいたドローンを起動させた。


 空中に浮遊する空撮機。最新型ゆえに羽音は消音機能付き。


 時刻となり、カジノの自動ドアがオープンして並んだ客たちの行列が進みだした。


 イドルは真っ先に景品コーナーに向かわず、遊歩道を散歩するようにカジノの中をさまよった。レイセンやエメリアがいくら注意しても聞く耳を持たなかった。


 そうして時間を潰したあとに景品コーナーに向かうと、騎士装に戻ったブラドリオが待ち構えていた。


 手に持つは抜き身の聖剣【一頭両断剣】


 青色を薄っすらと滲ませる水で濡れたような刀身。

 刃の中心線であるフラーには魔術文字が大きく刻まれ、握りは荒縄仕立て。


 イドル達を確認するともたれていた壁から離れ、ゆらりと対峙した。


「賭場荒らしはよぉー……一日、何件も来るんだ。サマ師って奴さ。トランプに細工する奴や、チップをすり替える奴。だが、ネット上とはいえ賭場をぶっ壊した奴は久しぶりだ」


 ゆったりとした口調だが伝わる怒気は尋常ではない。


 眉間にしわが寄り、狂相がよみがえっている。


「レイセン?」


「あ、そういえばあたしのハックがバレないようにパスと侵入経路をネット上でばらまいたっけ。ごめーん。ゲーム自体が潰そうな感じ?」


「やってくれたじゃねーか。一日でガチャを使えなくするとはな。お前みたいな悪質なユーザーを招き入れた俺も悪いと思ってる。だから、決着をつけてやる」


 すうっと剣の切っ先が向けられる。


 真っ直ぐ伸び、美しく光る凶器。

 かつて水の魔将すら破断した聖なる力を持つ。


 ブラドリオの部下にして警備員の魔族たちが目配せをし合った。


 闘いの前に客を避難させる準備だ。


「ブラドリオ。聞きたいんだが……前にペルシャナル様に挑む意思があったはずだが、俺たちの仲間にならないのはなぜだ?」


「ごっこ遊びに付き合う趣味はねえってことだ。いや、本気でぶっ殺しに行くにせよ……俺はもう付き合わねえ。『カジノダンジョン』で俺はいい暮らしができてるからな。俺は剣の魔将ブラドリオ・リッケルだ。魔王閣下に刃向う不届き者をここで処断する」


 来るか――今回は二対一だ。

 戦いの火蓋が切って落とされる。




 ※ ※






 ブラドリオは闘気を限界まで上昇させた。

 気迫が気流となって吹き荒れる。


(さっさとカタをつけねーとな……魔将二匹、か……)


 元々の剣の流派が気功術を嗜むものだったので、短期決戦が主体だった。

 否、短期でなければ格上を滅ぼすことはできない。


 既にイドルは炎をまとった魔剣を召喚している。あいつは戦う気はあっても殺す気はない。お優しい野郎だからだ。


 問題はレイセンだ。

 予想通り、ためらいなくリヴォルバーをぶっ放してきた。


 火を噴いた銃身が跳ね上がる。

 射出された銃弾が横に飛び退いて避け、ジグザグに走りながらレイセンに躍り掛かった。


「へえ、マジじゃん」


 振り下ろした剣が何かで弾かれた。


「うおっ……チッ!」


 腕が持っていかれそうになる。

 続いて背中にドカドカと細かい粒のようなものが襲ってくる。


 苦痛のうめき声をあげながら真横にある景品棚に向かって跳躍。


 地上から三メートルほど先の上段にしがみつき、攻撃の正体を探す。


 レイセンの周りには銃弾が浮かんでいる。


 相手は銃弾の素霊――弾道を操れる。そういえばガラスが割れる音がしなかった。


 剣を跳ね飛ばしたのも、背後から戻ってきたのも弾丸だ。

「休んでいる暇はないぞ」


 横から影が差した。ジャンプして上段切りを仕掛けてきたイドルの火剣を咄嗟に受け止める。がきんっと重い音が鳴った。


 勢いを殺し切れず鍔迫り合いをしながら二人で自由落下する。


 お互いに地面にぶつかる寸前で体勢を立て直した。息継ぎする間もなく剣が弧円を描いて濁流のように流れ込んでくる。防御しながら攻めを返す。


 刃風がみなぎる。金属同士がぶつかる衝撃音が響き渡った。

 振るわれる刃はどれも一撃必殺の威力がある。一進一退の攻防は気を抜くことができない。


「ちくっしょう! 二人がかりなんて汚えねえぞ!」


「安全策だ」


 イドルの火剣は斬り伏せるには先端を狙えばいい。


 握り締めた【一頭両断剣】の効果は無生物にも適応する――武器を砕ける。


 が、頭上で旋回させてフェイクを入れ、狙おうとするとレイセンが撃ちこんでくる。


 今度は右半身を中心に撃たれた。

 ダメージが浸透する。打撃で足先が浮いた。


 まとっていた闘気が削られて皮膚から血が噴き出た。


 一発でもまともに当たれば致命傷は免れない。

 歯ぎしりして足を踏ん張った。


「おおおおおっ!」


 被弾の恐怖を忘れて剣速を上げた。

 火花散る剣戟で優勢に立ったのも束の間。


 後頭部から風切音――本能的に地に伏せて躱した。頭のあった場所に下段蹴りがぶぉんと空を切った。


 レイセンの瞬間移動だ。

 実際は音速を越える速度で移動しているだけだが、伏せたところで残像を残しながら前に回り込んでくる。


「ばあ」


「てめっ!」


 顔に両手をくっつけて開いて舌を出す余裕まである。


 ふざけている――怒り任せの横薙ぎの剣――事もなげに躱される。


 通常戦闘では勝算が見えない。


 相手がその気ならもうとっくに殺されていたかもしれない。一矢報いなければプライドが許せない。呼吸を整え、奥歯を噛み締めた。


「はぁはぁ……ふぅー……どうやら、俺も奥の手を見せるときが来たようだな」


「なんか、前に見た流れだよね」


「そうだな」


「うるせえぞ魔物どもが。人間様の意地を見せてやる。俺の『修羅殺』は理性をぶっ飛ばしてレベルを倍にする最高の技だ。てめえらの喉笛噛みちぎってやる」


 呼気を整え、丹田に気を集めて精神を集中する。


 二人の魔将たちは律儀に待ちに入っているようで突っ立ったままだ。


「バーサーカー系かぁー。どうせならあたし、剣士は斬撃を飛ばす系を使って欲しいなぁ。でも飛び道具だと銃を使えって話になるからあれだよねー」


「あっ、時間だ。タイムだブラドリオ」


「タイムぅ!?」


 この期に及んで何を言うか――イドルは片手を開いて見せる。


「決着をつける前に聞いておきたいんだが、魔将として生きていく気はあるか? 魔王ペルシャナル様に仕える者として義務を果たす気はあるか?」


「あるからやり合ってんだろうが! なんだこれはよぉー……これもてめえの〝ダンジョン動画〟の筋書きかぁ! バトルまでしてやってるんだから感謝しやがれ!」


「ああ、まあ、そこは感謝してる。せっかくだ……動画のついでにお前の真意を聞きたいんだ。まだシャーテリア姫に未練があるのか? はっきりして欲しい」


 プロペラを回すドローンを一瞥した。笑いが込み上げてくる。


 どこにどう配信されるかわからないが、女々しいことだけは言いたくない。


 ブラドリオは肩をすくめ、亡霊のように付きまとってくる過去を言葉にしようとした。


「ないさ。もう終わったことだからな。だが、屈辱だけは忘れられないんだ。やりきれねえよ。せっかく魔王軍に入ったのにこれじゃなんのために俺は――」


 言いかけた言葉は最後まで続くことはなかった。口に出してしまえばなんと陳腐なたくらみか。情けなくなってしまう。


 復讐が目的だった。叶えられなかった。


 イドルの言うとおり、剣を捨てるべきかもしれない。


 本当はわかっている。魔将の立場ならもっと他の使い勝手のいい魔剣や聖剣は手に入る。


 過去の恋人から貰ったというだけの【一頭両断剣】に固執する意味などない。


 ただ、理性的に生きられないのが人間なのだ。


 憎しみで汚れた感情だけはどうすることもできない。


「ブラドリオ、魔将としての責務を果たせ」


「なんだ? どいつを倒せばいいっつうんだよ。もう和平のせいで俺が戦う場所すらないじゃねえか!」


「いや、政略結婚しろ」


「は?」


 唐突に吹奏楽団のファンファーレが聞こえた。


 騒動のせいで人気のなくなったカジノの中央通路を緋色の服を着た団体が行進している。


 その中心には礼装となるドレスを着た気の強そうな娘が威風堂々と。


 意志の強い碧眼を一行を捉えると、肩先で整えた金髪をなびかせて歩み寄ってきた。


「お初にお目にかかります。話題のシャーテリアの従姉妹のプリーテです。お姉様と顔立ちが似てるという屈辱的な理由だけでブラドリオ様の結婚相手に選ばれました」


「……」


「……」


 お姫様は無表情でドレスの両端を摘まみ、建前上は優雅に挨拶した。


 プランBの実行――お姫様を召喚したイドルは相手の性格を知らなかったし、金と権力を持って無理やり縁談を進めていたのは理解している。


 そのせいで不機嫌になるのも仕方ないとは思いつつも、なんとか取り成そうとした。


「おほんっ……ま、まあ……ほら、ブラドリオ。可愛いお嬢さんに何か気の利いたことでも言え」


「いや、待てよ。おかしいだろイドル。なんでお前が俺の結婚相手探してるんだ?」


「ほら、人間と和平結んだだろ。この際だからさ……国同士の外交的にもお互いの若い男女を結婚させた方がいいかな、と思ってな」


「わかるけど。なんで俺なんだ? お前でいいじゃん」


「俺は嫌だよ。魔族だし」


「てめえ言い訳してんじゃねーよ。大体、自分が嫌なことを人に押しつけるなよ」


「わたくしでは不満ですか?」


 斬り込んでくる――もはやブラドリオは戦意を失っていた。


 両肩がだらりと下がる。つい、脱力してプリーテ姫の容貌を眺めてしまう。


 自称するだけあって、顔立ちはシャーテリアと似ている。同じ血が入っているせいか。


 年頃は十八を迎えたばかりだろう。温室育ちで恐れも何も知らない幼い無垢な顔だ。


 ブラドリオは懐かしく思い出していた。


 シャーテリアと出会った頃、憧れたお姫様の虚像をフラッシュバックさせる。手に入れたいとたぎるほど焦がれ、成し遂げた栄光の日のことを。


 馬鹿――激しく頭を振った。


 ベッドで見知らぬ男と睦み合っていた彼女への怒りもまた忘れることなどできない。


「イドル。こんな娘を用意をするのは卑怯じゃねえか。だけど、この娘は違う……! 俺のシャーテリアじゃないだっ!」


「その通りだブラドリオ。お前の愛しのシャーテリアは既に二十五歳で二児の母だ。しかも体重が当時より三倍近く増えて毎日をベッドで過ごしている。ほら、証拠の写真だ」


 同意したイドルは懐から写真を差し出した。


 半信半疑で手に取ってそれを見た瞬間、ブラドリオは感情を失って真顔になった。


 丸々と太ったお姫様が二リットルサイズのペットボトルコーラを直接飲みながらピースしている。その横で首に手を回されているのは昔見た間男。


 頬がげっそりこけて今にも自殺しそうな絶望に染まった顔をしていた。


 もしも、仮にあのとき――感情を抑えて浮気を許し、自分がシャーテリア姫と結婚したとしたら。


 この男と自分は入れ替わっていたのではないか?


 刹那に過ぎった悪い想像、ブラドリオはこくりと頷いた。


「わかった。俺の負けだ。聖剣は渡す。これは一切の否定しようがなく、完璧な説得だ。俺の完全敗北だよ」


 なんの迷いもなくブラドリオは【一頭両断剣】をイドルに手渡すと、横で憮然とした顔をしたまま佇んでいるプリーテ姫の手を恭しく取った。


 そして太陽を思わせる爽やかで男前な笑みをこぼす。


 ブラドリオは決断したのだ。

 魔将としての責任を果たすべく、新しく美しい姫と結婚を承諾することを。


 それは復讐からの解放であり。


 かつてあった深く苦しい憎しみは――綺麗に消え去ったのだ。


「うわー、ないわー」


「最低ですね」


 女性陣からは非難轟々だったが、ブラドリオはイドルと友情を確かめるために熱く肩を抱き合った。


 お互いに感謝し合い、健闘を称え合った。

 空々しい小芝居である。


 だがこうして。


 一行は魔王退治のキーアイテムをすべて揃えたのだった。

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