-13-『ソシャゲのガチャに封じられし聖剣』
人間領東部に建国されたベルゼフルート王国の城下町。
碁盤状にブロック分けされている一角。
突如として出現したその巨塔は住民にとって困惑の対象になっていた。
勿論、前触れはあった。
多額の金銭で土地が買収されていくのは周知の事実ではあったが、高層集合住宅ができるものだとばかり考えられていたからだ。
ゆえに――目にまったく優しくない電光装飾を用いた不夜城の登場は誰も予想していないことであり。
宵闇を切り裂く放射光が――光の暴力が街を容赦なく照らし上げるとは思っておらず、近隣住民に至っては不眠症になる者が続出した。
いわばそれはベルゼフルート王国のお膝元に建ったド派手な灯台だった。
オーナーであるブラドリオ・リッケル氏はサングラスを傾けながら街の記者のインタビューに答えた。
これはあくまでダンジョンだと。
宿泊施設も兼ねてはいるが、そこはちゃんと迷宮仕立ての壁紙で装飾されているし、モンスターも雇っている。
冒険者はモンスターの退治もできる。
ただ紳士諸君が考えるような前時代的で野蛮な方法では退治できないと。
「まず最初に言っておきたいことがある。
俺のダンジョンはドレスコードさえ守ってくれれば誰でも歓迎するってことだ。
無論、セーフティな娯楽施設としての地位を確立するつもりだよ。
それでいて、衛生基準も満たしている。
人々の遊び場は常に清潔であるべきだからな。
皆の知っての通り、これは魔族の返還事業の一貫としてやっていることだ。
そう、百パーセント善意だよ。
莫大な宝物も用意している。
こぞって奪いに来てくれることを心待ちにしてるよ」
強気な青年実業家の言葉は地方新聞の誌面を飾った。
我こそは、と思った冒険者は少なくない。
しかし、誰もが身ぐるみを剥がされて道端に放置され、寒さに震える始末となった。
以下、立ち向かった者のインタビューもある。
「あそこは天国と地獄があるんだ……俺はルーレットを支配するモンスターと戦った。手も足も出なかったよ。戦いでハイになりすぎて、負けを取り戻そうと一気に賭けに出た時はもうおしまいだった……俺の財布は、虐殺されちまった」
「俺はデビルの名のついたスロットマシーンに挑んだ。そして大当たりしたんだ。びっくりしたよ。いきなり所持金の二十倍稼いだんだ。信じれないだろ? それでスイートルームに泊まった。贅沢な食事もした。娼婦も囲った。そして病みつきなって、気づけば半月で俺の全財産はなくなっちまった……俺の家がもうないんだ」
「俺は闘技場にハマった。観戦するだけなら無料だし、賭けなくてもモンスターがやっつけられるのを見るのは楽しかったよ。でも、ハマりすぎちまって、つい、その、少し賭けちまった。それでビール一杯分、稼げちまったんだ。そしたらもう、あとはずるずるさ」
城下街のど真ん中にある『カジノダンジョン』の攻略中毒者は日々量産されている。
流行に乗った刺激的な娯楽には抗えない。
ちょっとの暇と小銭があれば大金が稼げるチャンスもある。
そう、これはあくまで魔族側の賠償金支払い――返還事業なのだから。
きっと。
誰でも簡単に大金を得られるはずさ。
※ ※
ドローンを起動させる。追尾撮影を開始する。
今回のイドルの攻略先である『カジノダンジョン』は、見た目上は高級ホテルと相違ないものだった。
だが華美なカジノフロアを歩き回ってみると、ブラドリオのやりたいことがそれなりにわかってきた。
対戦相手がモンスターなのだ。
カードを切ったり、ルーレットを回したり、飲み物を配ったりしている。
階段の案内板に遊戯できる種類が区分されている。
下層に向かえば向かうほどレート――掛け金が増していく仕組み。
一階がもっとも開放的で一般向けのカジノになっていた。
随所にいるディーラーと勝負し、スタンプカードを埋めると二階の上級モンスターがいるフロアにチャレンジできる。
「一定金額を稼ぐと撃破マークを集めることができます。地下五階まで存在しますが、最下層だけは闘技場となっておりますので出入りは自由です。しかし、四階は会員制となっておりますので立ち入りはご遠慮ください」
案内人となるバニーガールにシステムを尋ねると解説してくれた。
胸元は冗談に思えるほどあっぴろげになっている。華やかな非日常に色を混ぜるためか。
客入りは上々だ。
ビロードの絨毯を歩く男女はフロアの隙間を埋めきっている。
各所にあるまばゆい照明のおかげで昼間のように明るく。
夜を――時間を忘れてギャンブルにのめり込めるように設計してある。
「随分、本格的な物を作ったな」
「ギンギラギンだねー……」
「イドル様、ドリンクも軽食も食べ放題みたいですよ」
正装した三人は入り口に降り立つと、カジノ独特の雰囲気に圧倒されながら人波や施設に視線をさまよわせていた。
ギャンブラーにとっては天国と地獄が混在する場所。
盛況さを窺わせる賑やかさに呑まれそうになる。
ソフトクリームバーを目にとめたエメリアは白ドレスの裾を摘まんで駆けて行こうとしたので、イドルは肩に手を置いてとめる。
「あとにしろ。まずはブラドリオと話すのが先だ」
「ええーっ。ソフトクリーム食べ放題なんてテンション上がるのに」
「そうだぜ。つまんねえこと言ってやるなよ」
見知った声が横から口を挟んだ。
吊り目気味で常に狂相を浮かべていた剣の魔将ブラドリオ。
今では柔らかい物腰でエメリアにスプーン付きのカップをスッと差し出した。
エメリアは困惑しながら恐る恐る両手で受け取り、ぺろっと小さな舌で舐める。
「ようこそ俺の『カジノダンジョン』へ――人生は迷宮みたいなものだ。
ここにいる奴らは皆、迷っちまっている。
辿り着いた先は財宝か、あるいは残酷な結末か。
ただ一つ言えるのは、ここならコイン一枚さえあれば誰でも痺れるような冒険ができる」
「だっせえぞブラドリオ。てめえ、何を気取ってやがるんだよ?」
両肩を開放して背中で紐結ぶ黒のマーメイドドレス姿のレイセンが唸ったが、ブラドリオは涼しい顔で受け流す。
中折れ帽子を被り、マフラーを首から垂らしてダブルブレステッド・スーツを着たブラドリオはギャングスタイルをきめている。
かつての騎士装はどこかへ消え去っていた。
「レイセン。俺の成功をひがむ気持ちはわかるよ。
だが、俺の努力もわかって欲しい。羊飼いから冒険者になり、栄光の勇者を経て放浪の暗黒騎士。そして剣の魔将から青年実業家へとシフトした俺の歴史は決して浅くはない」
「おにーさぁん! こいつ、怖い。なんか頭おかしくなってるよー!」
ブラドリオの変貌ぶりに怖気付いたレイセンはたまらずイドルの胸に飛び込んだ。
ぐりぐりと金色の頭を押し付け、顔を埋める。
「落ちつけレイセン。よしよし……ブラドリオはちょっとその、経営者思考になってるだけだ。というか、ブラドリオ。まだお前は魔将だからな。そう簡単に剣を捨てるな」
「まあそのことはいいじゃないか。で、イドル。お前は俺を倒して魔導具【一頭両断剣】を手に入れるつもりなんだろ? 頭部さえ狙えばどんなにレベル差があっても倒せる聖剣だ。
勇者に相応しい魔王退治のリーサルウェポンと言える」
「ああ、勝負してくれるか?」
促すと、ブラドリオは思案するように腕組みして顎先に手をやった。
もったいつけるポーズ。
遠い目をスロットマシーンコーナーに向け、次に浮遊しているドローンをちらりと窺った。
「実際、俺もお前の〝ダンジョン動画〟には協力したい。カジノの客寄せになるからな。それにお前と決着をつけることにも興味がある」
「闘技場が地下にあるらしいな。そこで、やるか?」
「ぁあ、イドル。残念だが……野蛮なことから俺は手を引いたんだ。センシブルに物事を考えることにしたからな。それに【一頭両断剣】は今、俺の手元にはない」
「驚いたな。手放したのか?」
「いや、カジノの景品にしたんだ」
「えっ?」
魔王退治の魔導具をカジノの景品にしていいものか。
かつての恋人に贈られた品でもあるというのに。
しかも元勇者――魔将でもあるのだが。
「俺はカジノを古びたギャンブル場と考えている者たちに異議を唱えたいんだ。
トランプ、ゲームマシーン、ルーレット、ダイスゲーム、ビンゴ……代表する素晴らしき遊戯たちは常に緩やかに進化している。
だが、いつだって魅力的で斬新な〝商品開発〟は必要だ。
人間はびっくりしたがり屋だからな。
俺みたいなクリエイティブな人間が欲求を満たしてやる義務を負っているんだ」
ひと月前まで魔将として血を浴びていたブラドリオだったが、いつのまにかクリエイティブな人間になっていた。
大上段の口上を並べながら、カジノの通路を進んでいったので、イドルたちも背を追う。
飾り付けのアーチの下をくぐり、景品コーナーへと向かった。
わらわらとひしめく人ごみを避けつつ、マシンの筺体からかき鳴らされる電子音や騒がしい音楽に戸惑いながらも、装飾過多なフロアを見物する。
ブラックジャック用の扇形テーブルは変わった形をして物珍しいし、スロットコーナーの真上には気球が泳いでいる。
ビンゴの一等になれば手に入る透明な容器に詰まった金貨は莫大な枚数だ。
白熱する人々の眼光はどれも鋭い。
身銭を切る分、誰もが真剣だ。
それでいて喜んだり、悲しんだり、笑ったり、泣いたりと喜怒哀楽がここにある。
「若者向け、というのは大事なことだ。いつだってムーブメントは歳若い者が作る。
もちろん、どこの国でも金を持っているのは年配者が多いがな。
その上で、俺は未来を見たい。客を育てることだ。
将来、年老いてからもカジノに足を運んでもらいたいからな。永遠の搾取……じゃなくて、永遠の娯楽さ。まあ、そういった思惑もあって、流行に乗った賭博のステージに相乗りすることにした」
四角く壁をくり抜いたような景品コーナーに立ち止まると、そこには武具や魔導具が展示されている一角だった。
ベストを着た係員が立ち、お辞儀をする。
「あっ、私のしてる『ドラドラ』のポスターだ」
エメリアが壁に貼られているポスターを眺めてつぶやいた。
ブラドリオはパチンと指を鳴らした。
「そう、時代はガチャだ」
「は?」
イドルは素っ頓狂な声をあげた。
カジノ論は突拍子のないところへ不時着したように思えたからだ。
「若者向けのスマホゲームを作っている会社と何社か提携することにしたんだ。
ガチャでデータだけを手に入れるだけじゃ形に残らないのが可哀相でな。
ゲームの中で手に入れた極上レアの本物をプレゼントしてやろうってわけさ。
マージンは些細なものだが、人間族と魔族の戦争が終わった今、武器防具なんて死ぬほど余ってるからな。有効活用さ」
「……それで、スマホゲームのガチャで【一頭両断剣】が景品になってるのか? 元勇者の剣が? 古代の秘宝が? 魔王退治のキーアイテムが?」
「ああ、その通りだ。欲しければゲームをしてガチャを引け」
言い切ったブラドリオは他の方法は受け入れない、といった具合に腕組みし、挑むような視線で立ち塞がった。
見つめ合っている内にブラドリオが本気だとわかり、イドルは動揺しながら無理やり納得しようと努力した。
「そっ、そうか……まっ、まあ、多少の金で解決できる話でよかったよ。う、うん。ガチャね。ま、いいんじゃないか。うん。俺はよくわからんが、いいと思う」
「あっ、イドル様。『ドラドラ』のガチャは一日の回数制限ありますよ」
「何?」
「あくまで若者向けだからな。あまり課金させるのもどうかと思ってな。あと、ゲームで装備できなければ入手したとは認めないぞ」
ブラドリオが補足する。イドルは困惑しながら告白した。
「ぬぅ……実は俺、スマホ持ってないんだ。ほら、パソコン派だから」
「買えよ」
周囲の厳しい視線を受けたイドルは同調圧に負け、スマホを購入することになった。
そして気付けば魔王を倒すキーアイテムである【一頭両断剣】を手に入れるべく、スマホゲームをするはめに陥っていた。
上階がホテル設備になっている『カジノダンジョン』に一行は宿泊し、スマートフォンの設定を終えたイドルはスマホアプリであるドランカードラゴン、通称『ドラドラ』をインストールしてプレイしていた。
ストーリーとして。
重度のアルコール中毒者のドラゴンがゲロを吐きながら己の見る幻影と戦っていくというもので、狂気に満ち溢れた代物だった。
RPG方式になっていてゲーム設計自体はまともだったのか、他のユーザーと対戦したり、冒険したり、城を攻めたりできるなど遊び要素はふんだんに含まれている。
「ふーむ……課金はこれか……全然、いい感じなのが当たらんぞ」
「イドル様。そのジントニックは消費アイテムですけど捨てちゃだめですよ。飲ませるとより強力なゲロを吐き出すことができますから」
「お前こんなゲーム楽しいか?」
「馬鹿みたいですけど、やってみると意外に面白いんです。グラフィックが凄いですし」
人の好みとは好き好きだ。
イドルは戦慄しながらもエメリアと二人でベッドに寝転がり、スマホゲームに興じた。
ストーリークエストをクリアして基本操作を覚えつつ、ガチャを引く。
しかし、課金限界まで挑んでもカジノの景品であり交換対象であるスーパーウルトラレアである【一頭両断剣】は出ない。
ひとまず装備に対する要求レベルは忘れることにして。
課金上限を乗り越えるために一度アンインストールしてインストールし直し、また課金するという裏ワザ的なこともやってみたが、それでも見通しは暗い。
「これって物凄く確率しぼってるんじゃないか?」
十回ほどアンインストールしたイドルは辟易してきた。
既に二百回は引いているし、累計にするとこの高級ホテルに二回は泊まれる額になってしまった。
馬鹿にならないし、笑えない金額を投じている。
「そうですねえ。サーバー内で誰も出してないですから伝説のレアですよ。何百万分の一だったかなぁ。希少価値パナいですね」
「そんなに低いのか……なんか、面倒になってきたな。ってレイセン。何をしてる?」
持参してきた弁当のサンドイッチをパクついてるレイセンは地べたであぐらをかき、ノートパソコンを叩いていた。
スマホと配線を繋ぎ合わせ、数列が並んだ画面を凝視している。
「データ改造」
「む……いいのか。それ?」
「そうですよレイセン様。犯罪ですよ」
「たかがアプリのレアってのはガチャで引くもんじゃないの。自分でクリエイトするものだよ。じゃぶじゃぶ課金なんてしたらもったいないじゃん。馬鹿のやることだよ」
「ええええっ……」
もったいないと言われては心当たりのあるエメリアは言い返すことができず、イドルに至っては放心していた。
二人を尻目にレイセンがカチカチとノートパソコンを操作していく。
「見たところデータがスマホに依存してるから、暗号を書き換えればアイテムを自在に変換できるねこれ。サーバー管理だとハッキングしないと駄目だけど。まあ、どっちにしろやっちまうけどねー」
「お前ほんと凄いな」
素直にイドルが褒めると、レイセンは両手を腰に当てて胸を張った。
「あたしは瞬の魔将だからね。セキリティゲートだって瞬間移動できるよ」
「そういう方面で力を発揮されても反応に困るのですが……うまくいきそうなんですか?」
「総当たりして調べてる。ふむふむ……あっ」
「どうしたんです? あ、私のデータも改ざんできますか? いや、あくまで興味本位で実際に使うわけじゃないですが」
パソコンを覗き込みながらエメリアが期待の色を混ぜながら言い訳がましくねだったが、レイセンは無視しながら次々と画面にホップアップされるアイテム表示を読んでいく。
「んー……【一頭両断剣】は実装データには存在してないね。表面上のサンプルデータにだけしか確認できない。でも、こいつの中身はガラクタ……低級ポーションだ。これじゃ、装備できない……データベースに侵入……んんんっ、あのクソ野郎。ほんとクソ運営だな。排出確率が存在しない」
「つまり、どういうことなんだ?」
話についていけないイドルが説明を求めると、レイセンは下品な皮肉を笑うように艶めいた微笑をたたえた。
「当たりのないガチャってことだよ。ブラドリオは【一頭両断剣】を渡すつもりなんて最初からなかったんだ。外側だけ見せて、ユーザーの射幸心だけを煽ってるんだよ」
「むっ……博打の胴元が不正してるってことか」
「平たく言うとそうだね。まあでも確率ってのは変動調整するものだし、追及したところで人的ミスだって言い張られる可能性もある。それに内部情報を暴露してダメージを与えても、こっちに得るものがない」
「方法はないってことか?」
「そうでもないよ。イカサマにはイカサマだよ」
八重歯を覗かせ、レイセンはこきっと指を鳴らした。




