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-12-『剣の魔将』

 人間族の勇者、ブラドリオは――怪物退治で名を馳せた英雄だった。


 魔界の死海に君臨する四魔将の四席――水の魔将リリーバイルを単独行で打ち破ったときが人生の絶頂期だったのかもしれない。


 人間族のレベル限界を超えた存在、勇者となったブラドリオは自分が無敵だと信じていた。


 どんな相手だって斬り伏せることができたし、類まれな才能にも恵まれていた。


 極稀に――格上の相手と出会ったとしても、勇者の資質で切り抜けることができた。


 道を歩けば誰もが賞賛をくれる。寝るところも金も権力者が用意してくれたし、仲間になりたがる者は大挙してくる。


 近々、綺麗なドレスを着たお姫様と結ばれることができる。

 絵本の中でしか見かけないような麗しのシャーテリアと。


 ちんけな村の薄汚れた羊飼いだったブラドリオは大出世を遂げたのだ。


 水竜を依り代とする魔人種リリーバイルの竜鱗を手に入れたブラドリオは昂揚からか、ちょっとしたサプライズを考えついた。


 それは婚約者であるシャーテリア姫へ帰還の日程をわざと遅く伝え、急に王城に帰ってきて、びっくりさせることだ。


 宝石のごとく輝く竜麟を片手に持ち、勝利と栄光をすべて君に捧げるとうそぶく。


 兼ねてから、お姫様と結婚するのならば騎士らしい振る舞いをしなければならないと思っていた。


 結局、そのもくろみは半分ほどしか成功しなかった。


 シャーテリアの私室にこっそり入ると――ベッドの上の毛布が盛り上がり、次々とこぶを作られている。


 そこから若い男女のはしゃいだ嬌声が聞こえ、官能的な叫び声が漏れていた。


 唖然としたブラドリオはかすれた声で「シャーテリア?」と呼びかけた。実際は発声にならずにくぐごもったうめきでしかなかった。


 動悸が激しくなっている。胸が痛む。

 一刻も早く悪い想像をぬぐいたくて、仕方なかった。


 毛布を剥ぎ取ると――そこには驚いた顔をした見知らぬ男と愛しのシャーテリア。


 二人とも汗まみれで荒い呼吸をして裸になり、抱き合っていた。


 急激に視界が狭まり、呼吸が速くなった。

 血液が逆流して頭から血がなくなり、自分が冷たくなっていくことに気付いた。


 何が起こったか理解したあと、ブラドリオは二人を痛めつけることを決心した。


 裏切り者には制裁を与えなければならない。鉄拳は平等にふるわれた。一切の容赦はなく、血の惨劇は守衛が駆けつけてくる続いた。


 そのあと。


 ブラドリオは殴りつけた男が大国の王子だと知った。一時の激情を満たすためだけに、地位も名誉も権力も自分より上回る相手を敵にしてしまったのだ。


 後悔しても遅かった。世論では二人は最初から婚約していたことなっていて、ブラドリオが乱心して凶行に及んだ事件として決着がついてしまった。


 英雄からお尋ね者へ。


 人の世界からは居場所はなくなり、魔界へ身を寄せるしかなかった。


 それでも最初はふらふらと無気力に生きていた。


 しかし風の噂でシャーテリアと間男が結婚したことを知り、ブラドリオの消えない憎悪から魔王軍の幹部、剣の魔将としての生きることを選ぶ。





 ※ ※








 朝方、情報高官に事務書類を発信したイドルは、ついでに自分の統制下にあった赤の軍の現状を尋ねると、除隊を暗に含めた休職の申請が増えていることと、軍縮が進んでいることが告げられた。


 戦う必要がなければ魔王軍も内政中心へと向かっていく。


《そうそう、イドル様の下剋上動画は人気ですよ。ここだけの話ですが、ペルシャナル様のあの猥褻な動画には不満がある人が多いですから……頑張ってください》


「ありがとう。それで、例、プランBはうまくいきそうか」


 立場上、イドルは一平卒にされているが、かといって周りの部下が急に今までの軍団長をそのように扱うことは難しい。


 通信回線は活きているし、『命令』が『お願い』になっただけの話だ。


《ええ、これまでのようにいくらかの賄賂……おっと、失礼。必要な〝誠意〟を渡すことで外堀を埋めております》


「よろしい。それについてはいくら〝誠意〟がかかっても構わんから推し進めてくれ。では、また定期連絡する。頼んだぞ」


《ハッ!》


 軍服を着た高官とのビデオ通信を切った。


 インターネットにアクセスし、自分の投稿動画のデータを参照する。


 イドルの〝ダンジョン動画〟は『グングン動画』内で日に日に勢いを増していた。


 それは面白さというよりも、魔族の神輿代わりに担がれている感があった。


 内在的な魔王ペルシャナルへの反感が後押しになっている。


 世情が味方になってくれているのはありがたいが、後戻りもできなくなりつつある。


 最初の動画である『俺将、ノリで退職金を捨てて魔王を倒しに行きます』も単独で百万再生(ミリオン)に達しそうなのだ――少し、焦りというか、ヤバい気がしてきた。


 今でも寝るときに度々「なんだよノリってふざけるなよ」とうなされているのに。


「倒してくれ、ってコメント多すぎるぞ……皆、本気じゃないとわかってるよな?」


 根が生真面目なイドルは期待に応えられるかどうか不安でたまらなかった。


 ドッドとのしまらない戦いもそのまま動画として投稿されていて、傍目からして何が面白いかわからないが受けているようにも見える。


 こうなってくると、喜びよりも恐怖の方が強くなってくる。


「おにーさん。次の〝ダンジョン動画〟を撮りにいこ」


 ぬっと横から顔を出したレイセンに驚いてのけ反る。


 するりと香水の匂いが鼻腔をかすめた。

 レイセンはパチパチとまばたきし、グッと顔を近づけてくる。


「どったの?」


「いや……次の『カジノダンジョン』か」


「うん。ついでにブラドリオの経営資金を巻き上げてさ、泣かせてやろーよ。あいつがみっともなく泣くところをあたし見たい」


 まばゆく、輝かしい笑顔を見せるレイセン。


 性格は明るいが残酷で容赦はなく、享楽を旨として好戦的な性格をしている。


 そして、魔王殺しを成し遂げたことなどおくびに出さない。


 真意はどこにあるか聞くべきだった。


「なぁ、レイセン」


「んー?」


 イドルは口を開きかけてためらい、閉じてしまった。


 もしもレイセンが本気でペルシャナルを倒して魔王の座を狙っているのだとしたら。


 争うか配下になるかを選ばなければならない。


 まだその二択は――受け入れがたい。


「いや、なんでもないよ。行こうか。ブラドリオの『カジノダンジョン』に」


「それでね。あたし、お弁当作った―!」


 カウボーイハットをパッと持ち上げると手持ちのバスケットが頭上に乗っていた。


 おかしくて、つい笑ってしまった。



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