表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/22

-11-『人情相撲』


 まず初めに――イドルは無言で肩に手を置き、マントの留め具をパチンと外した。


 鎧と上衣を脱ぎ捨て、たくましい上半身の素肌を晒す。


 なぜだか靴もポイポイッと放り――靴下までも剥ぎ、ズボンすらも下した。


 鍛え抜いた肉体にまとうものはトランクスのみ。


 されど凛々しい男前な微笑を浮かべてドッドと対峙する。


「ふんっ」


 示された意図が伝わったのか、ドッドも鎧を外して同じように衣服を捨て、ブリーフ一丁へと変わった。


 なぜか、腰元には光り輝く太巻きのチャンピオンベルトが巻かれている。


 様子を見ていたエメリアは大きく口を開け、恐る恐る質問した。


「あの、い、イドル様?」


「なんだ」


「戦うんですよね?」


「ああ」


「な、なぜ服を脱ぐ必要が?」


 いい歳をした大人が揃って下着姿になる、という悪夢を目にしたエメリアは動揺しながらも疑問をぶつけると、イドルはキリッとした、やけにすがすがしい顔つきのまま答えた。


「ドッドは力の魔将だ。つまり、魔界相撲のチャンプなのだ」


「そっ、そんな意味で力って称号がついてたんですか?」


 なんかもっとこう、別の深い意味があって欲しかった――そうエメリアの表情は物語っていたが、イドルはしかめっ面で返答する。


「馬鹿にしてはいかんぞ。魔界相撲は人間のそれとは大きく異なる。無差別級のチャンピオンベルトを巻くのは、伝説級のドラゴンに相撲で勝つよりも難しいと言われている」


「イドルよ。そう持ち上げるでない。ワシも三頭しか倒しとらんし、照れるわい」


「てゆーか、ドラゴンと相撲を取る方が頭おかしいけどねー」


 壁際にしゃがみこみ、両手で顎を支えるようなポーズのレイセンは平静に突っ込みを入れたが、男二人は最初から示し合わせたように所定の位置についた。


 イドルは顎でしゃくり、エメリアをレイセンの隣に退避させる。


 二人の頭上にドローンが移動してきた。

 バトルシーンの撮影の準備は整っている。


「イドルよ。よいのか? 純粋な戦闘の方がお前に勝ち目があろう」


「お前の土俵で決着をつけなければお前を倒したことにはなるまい」


「ふっ、魔界相撲を舐めるなよ」


「ルールは規定通り土俵から出るか、手や膝をついたら負けでいいな?」


「ほっほっほ、よいとも。判定はレイセン、お前がせい」


「えぇ~……おにーさんはともかく、ドッドの汚ねえ半裸は直視したくねえんだけど。はいはい、わかりましたよー。はーい、見合って見合ってぇー」


 イドルとドッドは両手を地に着いて睨み合い、火花を散らした。


 傍目からしても、体格差は虎と猫ほど違う。

 しかし、立ち昇る気炎からして闘志だけは拮抗している。

 レイセンはやる気なさげに外から声を張る。


「はっけよーい、のこった」


 開始の合図と同時にイドルは仕掛けた。

 後ろに飛びながら手で印を組み、呪文を唱える。


「『叫ぶ壁よ! 盾よ! 飛び火する壁よ!』」


 魔術の構成が組まれ、力場が形成される。


 旋回する赤色の魔方陣が床面に展開され――燃え盛る業火が二人の間を遮断した。


 ドッドは頭か突っ込もうとしたところだったので、なす術もなく上半身が焼かれる。


「『飛翔する者よ! 弓なりにしなる者よ! 純潔を討つ者よ!』


 続けて、イドルは空中に炎の矢を出現させた。


 数は五十かそこからか、手をかざして容赦なく解き放つ。


 火矢はぴゅんぴゅんと火線のほとばしりを残して目標へと駆け抜けていく。


 矢を受けたドッドの肉体は炎柱と化したが、柔らかい布を裂くように火炎を斜めに薙いで破壊した。


「『八面六臂法』」


 厳かな声で闘法の呪言。背中と肩の中間地点からこぶのような物が四つ生まれた。


 肉塊はにょきにょきと伸びあがり、腕として変化し、六本の剛腕が広がる。


 ドッドは首をコキリと鳴らすとイドルに向かって駆け抜けた。

 巨体に似合わぬ俊敏な動きで翻弄する。


 棒立ちのイドルの身体を捉えようと手が伸ばされたが、相手は躱すわけでもなく――逆に突進してきた。


 迫りくる腕の間を素早くすり抜け、逆に顎に飛び膝蹴り。


 ごきんと顎骨が派手に軋む音がした。

 たたらを踏んだドッドの体勢が崩れると、イドルは素早く空中で腰を回した。

 鋭角な角度から回し横蹴りが解き放たれる。


「おぉおおおおお!」


「ぬううう!」


 裂帛の気合いを込めた蹴りの威力は強い。

 側頭部に激しい衝撃を受けてドッドの身体は土俵際まで運ばれる。


 足裏で地面を擦りながらだったにも関わらず、ダメージはないようで首を回す。


 対するイドルは気を満ちさせ、左手を突きだして腰を落とし、半身となる。


「頑丈だな……」


 やはり、この程度では落ちない。


 力を底上げする必要がある。

 魔将が相手ならば本気を出さなければならない。

 純粋な精霊であった頃に戻るべきなのだ。


「あの、これって相撲じゃなかったんですか? 蹴っ飛ばしてるんですが」


「魔界相撲は何でもアリだから。魔術も拳も肘打ちも足技も急所狙いもオッケイ。でも、手や膝をついたら相手の攻撃に屈したことになるから負け。土俵から逃げても負け」


「普通の相撲じゃないなら、なんで服を脱ぐんですか?」


「相手に寸鉄一つ帯びていない、って伝えるためだと言われてる。ちなみに土俵は――」


 イドルがその身を原初たる炎の化身と変え、周囲を一切省みることなく我が身を爆発させて豪火を解き放つと、土俵際に光の壁がぱぁあと淡く輝いた。


 放散された火炎を塞ぎとめ、外に出さない。


「魔術遮断の固有結界。こうなるとお互いの身体しか出せなくなるの。魔界に古くからある軽めの決闘法だね」


「へぇー……全然、軽くないですけど一応は考えられてるんですね」


 のんきな観客の会話を無視して、二人は至近距離から拳で殴り合っていた。


 ラッシュに次ぐラッシュ。

 べた足でのインファイトは徐々に苛烈さを増していく。


 肉の身体から精霊へと姿を変えたイドルの身体は、ドッドの怒涛の拳打によってボコボコに穴を開けられ、形勢した姿を薄くさせていた。


 かといってまったく平気であるわけでもなく、イドルの顔には焦燥と苦痛が滲んでいた。


 六度殴られて一度殴り返すのが精一杯だ。


 反撃の差は単純な手数の差もある。


 ドッドもまた突然変異の巨体を持っているが、一般の魔族から生まれた肉の身体を持つ者として繰りだされる火拳をいつまでも防ぎきれない。


「とりゃあ!」


 勝負を決めようと両拳を固めて豪快に振り下ろす――攻撃を受けていたイドルは流石に危険を察知して横っ飛びで躱した。


 それがまずかった。

 ドッドの腕は六本だ。残りの四本の手の平が大きく開き、イドルの身体をがしりと掴んだ。


「アチチチチッ!」


「うっ!」


 太い指をもってして左右からの圧迫される。


 潰り潰される――恐怖を感じながらも手の平の空き、僅かに緩んだ隙間からずるりと滑り、腰を落としてがら空きのドッドの足元に下蹴りを入れた。


 体勢が崩れて倒れることを期待したが、そこはチャンピオンの意地か踏みとどまる。


「やるな」


 ステップを踏んで距離を取りながら出方を窺った。


 ドッドは不満げに唸る。


「イドル、お主、それ……汚くないか?」


「むっ……俺の魔人種としての依り代は炎だ。それにまるっきり実体がないわけでもない。さっき掴めただろう。というよりも、俺は単に人化の術をやめて元の姿に戻っただけだ」


 ごぉごぉと燃え盛る身体から手を差し出して見せる。身体の線からは燃え盛る炎がゆらゆらと蠢き、火の粉を飛ばしていた。


「理屈はわかるんじゃがな。普通に熱いし痛い」


「お前が倒したファイアドラゴンの血も熱かったはずだぞ」


「ものは考えようか……どうやら、ワシも奥の手を見せるときがきたようじゃな」


 来るか――『捻突神風掌』――記憶では数千の軍隊をまるごと消し去っていた。


 魔術によって引き起こされた暴風を身にまとい、全身をねじりながら突進してくる防御不能の魔技だ。


 貫通力だけは比類なく、仮に受ければ跡形も残らないほど細切れにされる恐れがある。


 ドッドは腰を落とし、突撃のための前傾姿勢を作った。両手拳が地面につく。


 周辺にふわっと五個の魔術陣が光線を描いて展開される。


 向上する戦意が異様なほどプレッシャーを生みだしている。ざわざわと皮膚が粟立つ。


「ゆくぞ、ワシの豪拳を持って散るがよい」


「来い。奥の手があるのは貴様だけだと思うなよ」


 緊張しながらイドルは左手を突きだして構えた。どうさばくべきか。


 勝機はさばいた瞬間にあるだろう。躱すか、迎え撃つかを選ばなければならない。


 火で炙るだけでは勝てない――ならば回転には回転をぶつけるべきか。相手の技を崩してこそ隙が生まれる。


「あ、おにーさんの勝ちで」


「はっ?」

「むっ?」


 突然の試合終了の声に二人は動きをとめ、レイセンの方をきょとんとして見つめた。


「いやだってドッド、手をついたじゃん?」


「えっ……だって、ワシ、今から……必殺技を放つんだよ? ほら、わざわざドラゴン倒した秘技を使うんじゃぞ? アピールになっちゃうから言わなかったけどぉー、エンシェントドラゴンとかも倒した技だしー?」


「でもルールだし」


「対戦相手の俺から言うのもあれだがレイセン、見なかったことにしないか?」


「でもルールじゃん。何? 魔界相撲って人情相撲なの? 八百長になるけど?」


 魔将たちの間に気まずい空気が流れた。


 俯きながら目配せをし合い、この場の雰囲気をなんとかするための方法を模索した。


 がっくりと、うな垂れたドッドは何もかも諦めたような眼差しに変化し。


 床に落ちていた【身代わりの鎧】を無造作に拾い、イドルに押しつける。


 そしてそのまま無言で裏手の給湯室の方に歩いていき、パタンとドアが閉じるとすすり泣きが響いてきた。


 しゃくりあげ、悲嘆に暮れるか弱い老人の泣き声は場を重苦しくさせる。


「おにーさん。撮影中だから、ほら、なんか、それらしいコメント出して」


 とんとんっと空中で何かを叩く仕草をして、浮遊しているドローンを指す。


 撮影を忘れていたイドルは咳払いして真面目な顔をした。


「あ、ああ……苦しい戦いだったが、俺は【身代わりの鎧】を手に入れた。これで魔王を倒すのに更に近づいたと言える」


「やったね! 力の魔将を得意分野で倒すなんて凄いね!」


 これは果たして倒したのだろうか。

 その疑問は誰もが頭に浮かべていたが、口に出してはいけない空気になっている。


「そうだな……勝負には勝ったが……すっきりしない感じがする」


「あの、イドル様。私もさらわれたという設定なので、なんか喜んで抱きつくとかした方がいいんですか?」


「あ、緑頭はそこの窓から身投げして。多感な年頃の乙女が世の儚さを憂う感じで」


「えっ、なんでですか?」


 指示にぎょっとしたエメリアは〝ダンジョン動画〟の演出とはいえ自らに課せられた運命に驚いたが、レイセンはにべもない。


「ほら、序盤でヒロイン候補が理不尽に死んだ方が盛り上がるから」


「なんですかその残酷ストーリー! 嫌ですぅ! 絶対に死にませんからね!」


「ちょっとぉー、脚本変わっちゃうじゃーん」


「いいえ、この際ですからしっかりと言わせて頂きます! レイセン様は私にとっても意地悪するのです! なんでですか!」


「だって、なんか邪魔だから」


「ひどい!」


 きゃんきゃん喚いて言い争いをする二人を尻目にイドルは衣服を身にまとっていた。


 ドッドの【身代わりの鎧】はサイズに合わないので調整しなければならない。


 チェーンメイルだが、パーツごとに分かれているので肩甲と胸当てだけを身に着けてそれらしく整えるべきか。


 なんにせよ。


「あとはブラドリオの【一頭両断剣】だけか。そう簡単には渡さないだろうな」


 剣の魔将ブラドリオの持つ魔王退治の魔導具。

 それは元婚約者のフェーテリア姫からのプレゼントだった。


 今でも未練がましく捨てられないでいる。


 元カノとの思い出の品を奪い取るのは、至難を極めることになろう。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ