-10-『ダンジョンの外側もダンジョン理論』
エメリアは力の魔将ドッドが青白い顔をしているのを気の毒に思っていた。
体長三メートルを越す巨躯である。
それがガタガタと身震いしながらしゃがみこみ、破壊の力を秘めているだろう丸太のような腕で頭を抱えている。
前歯に当たる肉切歯を擦り合わせてガチッガチッと鳴らし、縮こまる姿は憐みを誘う。
「熟年離婚は嫌だ。絶対に嫌だ……誰か助けて……」
うわ言も切ない。
「あの、ドッド様……」
「あっ! う、うむ……ワシとしたことが恥ずかしいところを見せてしまったな」
バッと顔を向け、取り繕ったような笑みを浮かべる。
巨大な一本角を額から伸ばし、刃傷跡だらけのヒゲもじゃの顔はしわだらけでやや老けこんでいる。
力の魔将ドッドは魔王軍の中でも最古参であり、老将と呼んでも差し支えない。
エメリアはイドルを通じて交遊があったので知っていたが、お調子者だが武人気質。
たまに融通の利かないところがあるが普段は穏やかな人柄だ。
「イドルが来るまでお茶を淹れよう。見たところ奴め、レベルが落ちておる。ずっとダンジョンに引きこもっておるからじゃ」
「私が淹れましょうか」
「よいよい」
気分を持ち直したのか好々爺然としたドッドは客をもてなしに入る。
鈑金と白鎖で作られたチェーンメイルをじゃらっと鳴らし、壁の裏手にある炊事場に歩いていく。
エメリアは手持ちぶさたとなり、つい周りを見回してしまった。
円状の部屋は闘技場を思わせる場所だ。
味気ない石造りではあるが、新築だけあって使用された形跡もなく小奇麗。
ただ不思議なのは石床に白テープが曲線を描いている。
真円の真ん中には二本の短い直線。
スポーツか儀式か何かをするための模様だろうか、と首を傾げる。
数分ほどでドッドがハーブティーをトレイで運んできた。巨体には似合わない花柄陶器のカップから湯気が出ている。
エメリアのためだろう、右肩には椅子を抱えていた。
ドッドはどかりとあぐらをかき、エメリアは用意された椅子に遠慮がちに腰掛ける。
「すいません、協力して頂いて。なんか……イドル様がどうしても派手で人気のある〝ダンジョン動画〟を作りたいみたいでして」
「あいつは生真面目すぎるからな。陛下の遊戯など軽く受け流しておけばよいのに。陛下もどうせ、すぐに飽きる」
「ですか……でも、ドッド様もご立派なダンジョンを建築なさいましたよね」
「ほぼ部下に任せて作ったものじゃて。まあ景色もいいし、構えていれば強者もやってくることもある。退屈せんだろうて」
ワッハッハと闊達に笑ったところでビシッと指を立てた。
「だがワシの『無双ダンジョン』は凄いぞ。
一階、二階、三階は単純な強さを測るためのモンスター配置だが、四階からは知恵も問うものにしてある。
謎解きができんと一階に叩き落とされる〝最初からやり直しギミック〟もある。
そして知恵を絞ってようやく七階までくると歴戦の精鋭たちが控えておる。
魔将には劣るが魔人種の猛者たちじゃ」
魔人種――魔族の中でも媒体のある者たち。
肉よりも霊から産まれた者たちは、高い魔力とレベルを持ち合わせているとされる。
「凄いですね……どんな方々がいらっしゃるんですか?」
「ふっふっふ、魔剣や魔槍の精霊が人型になった者たちじゃ。レベルも高いし、さしもイドルとはいえ苦戦するだろう。連戦ならばあやつらとて敗退するやもしれん」
「しかし、レイセン様もおられます」
「うむ。あれが魔将の中でもっとも……底知れぬ魔人じゃ。腹の中を読めた試しはない。今回の騒動もあれが仕込んだものなのだろう? イドルも自分の可愛い後輩だからといって、犬や猫のように甘やかすから悪いのだが」
面白くない気分になったエメリアは飲んでいる茶をまずく感じてきた。
職務からレイセンには敬意を払っているが、彼女は唐突に横から現れて何もかもかっさらっていくような小悪魔的なタイプだ。
自分とイドルが楽しく日常を過ごしていても一切合切、無にしてしまう。
着ているフリルやレースを多分にあしらった豪勢なドレスが惨めに思えてくる。
これもレイセンにお姫様気分にしてあげるとそそのかされたから着たのに。
「魔王退治の〝ダンジョン動画〟なんて本当にいいんですかね」
つい、文句のように言ってしまうとドッドは顎髭を手の平で擦った。
「あやつも本気で陛下を打倒しようとは思わんだろう。よしんば陛下を倒しても次は三魔将とやり合うはめになるとわかっているからな」
本当にそうなるだろうか。
三対一のはずが二対二になってしまえば勢力図が変わるのではないか。
魔族の――魔将たちの忠誠はあくまで高位の者に捧げるものではないのだろうか。
「まあ、イドルたちが来るまで二、三時間はかかるじゃろうから。ゆっくりしておけ」
「はい」
「いや、もう来たぞ」
聞き覚えのある声に二人が振り返ると、首筋に羽毛があしらわれたビロードのマントを風ではためかせた男が一人。
深紅の上衣に重ねられた肋骨を模した段状細工の胴鎧。
幾何学的な魔術模様の描かれた長手袋。
すらりとした両足の下には金属の鋲が打たれた長靴。
いずれも堅苦しく飾り気の少ない細工であるが、不思議なほど似合っている。
「なっ! 馬鹿な、早すぎる。十分も経っておらんのに! どうやってここに来たのだ! こんな速く『無双ダンジョン』の攻略できるはずがない!」
「ふっ、どうやって俺がここまで来たか教えて欲しいかドッド」
「あっ……ああ」
狼狽するドッドに向けてイドルは不敵に口許を吊り上げ、カッと目を見開いた。
「グリフォンで飛んで来た」
「……」
「……」
「……」
寒々しい空気が流れた。
そんな中、レイセンがドローンと一緒に窓から入ってきてしゅたっと着地する。
硬直している場の空気を感じ取り、こてんと首を倒した。
「どったの?」
「イドル。貴様〝ダンジョン動画〟を作りたかったのではないのか?」
「ダンジョンの外側だってダンジョンだ。そこを飛んだってダンジョンを突き進んだことになるだろ」
「それは屁理屈ですよイドル様」
「黙れエメリア! お前を助けに来たんだからな! それに俺だってちゃんと冒険したかったんだ! 一階をクリアした辺りで撮影役のレイセンが『階段のぼりたくないー』って駄々をこねたんだ。エレベーターを設置しなかったお前に責があると知れドッド!」
「いや、それはワシに責任はないだろ。ちゃんと子供の面倒を見ないお前が悪い。自分で教育するのじゃ。お前はあれだ。その、なんか、ここのところはやってるもん、もんぺじゃったか?」
「俺はモンスターペアレントじゃない!」
逆切れしたイドルはこのまま押し通す腹積もりのようだった。
一度頂上まで来てしまった以上、また一階からやり直すのも間抜けな話である。
「まあまあ、おにーさん落ち着いて……それで悪いんだけどさぁー、ドッド。その着ている魔導具【身代わりの鎧】をくれない? ペルペルをぶっ倒すために必要なんだー」
「馬鹿者。誰が貴重な魔導具をみすみすくれてやるものか」
ふんっと鼻息荒くしたドッドは首をコキコキと鳴らし、拳をがちんと突き合わせて拒否した。
「欲しければ奪い取るがいい、ひよっこどもが。ワシは力の魔将。実力なき者など相手にせん」
戦いの気配が場の空気を熱くさせて空間をぐにゃりと歪ませる。
エメリアは剣呑な雰囲気に圧せられて息を呑んだ。




