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-9-『攻め方にもいろいろとある』


 移動用のグリフォンに乗り、飛行すると驚くほど気晴らしになった。


 陰鬱な地下暮らしから解き放たれ、陽光を浴び、爽やかな風に吹かれるとイドルはつい顔をほころばせた。


 魔族領西部。

 人間領との境界線である湖畔の浮き島に『無双ダンジョン』は建設されていた。


 鬱蒼と茂る森林から突き出るような形で、らせん状渦の石塔が屹立(きつりつ)している。

 遠目から眺めても壮観な建築物。

タワー式の迷宮だ。


「あれか」


「あれだねー」


 たなびくグリフォンの尾羽に片手で掴まり、ふらふらと揺れるのを楽しんでいるレイセンが同意した。

 水平にした手の平を額につけ、目を凝らしている。


「……レイセン、昨日エメリアと話していたが、何か吹き込んだか?」


「うーん? 別にぃ……でも、緑頭って人間とのハーフだよね。おにーさんが戦地の焼野原で転がってるのを拾った」


 ぷいっと顔を反らして腰まである金髪を指先にくるくる巻く。


 朝から姿を見かけないので何かしらを言い含められた可能性が高まった。


 血統主義に傾倒しているわけではないだろうが、暗に魔将の直近の部下としてはふさわしくないと伝えてきている。


 敵愾心を持つのは望ましくなかった。


「あれも今でこそ生意気になってきたが、子供の頃はもっと遠慮深くておとなしい内気な娘でな……ちょこちょこと歩き、カルガモの子供のように可愛らしかった。

 ほんの十年で気が付いたらびっくりするくらい背が伸び、体つきも大人らしくなって、見違えるほど美しくなり、気が付けばスマホでギャル語を使うようになっていた……俺の手から離れ、遠のいていくのがわかったよ」


 郷愁を覚えているのか、イドルは懐かしむような目をしていた。


 目頭を押さえ、純粋無垢だった頃のエメリアを夢想する。夢は儚いものだ。


「おにーさんもまだ二百二十一歳だポヨ。老け込みすぎポヨ」


「ポヨ語はやめろ。まあ、俺の従者であるが……身内みたいなものだ。お前も俺の友人なら仲良くしてやってくれ」


「そうだねー……あ、そろそろ降りよ」


 気のない返事を受けつつ、イドルは手綱を操作してグリフォンを塔の前に降ろさせた。


 手綱を樹木に結び、グリフォンのクチバシを擦って機嫌を取る。


 塔の前に来ると石門の横に木製の案内板が立てられていた。


『無双ダンジョンへようこそ。一階から十階までボスがいます。それぞれのルールに従って撃破して報酬を受け取ってください。尚、赤ランプが点灯していましたら別のパーティーが使用中、あるいは準備中ですのでご注意ください』


 チラッと壁に埋まっている信号灯を見ると、赤いランプが点灯していた。


「入れんみたいだが」


「うーん……この時間に攻略しに行くってメッセ送っといたんだけどなぁ。面倒だし、無理やり行っちゃう? 押し通っちゃう?」 


 スマートフォンを取り出して、シュッシュと通信アプリを操作する。


 メッセージが既読になっているのを確認して口をへの字に曲げる。


「だが、前の人がいたら割り込みにならないか?」


「いやダンジョンだからねおにーさん。こういうのって、早い者勝ちだから」


「うーむ……おっ、なんか上の方に誰かいるぞ」


「おっ、いたいた。撮影用のカメラよーしと」


 カウボーイハットを脱ぎ、手品師のように小型ドローンを取り出した。


 腹部にある追跡ボタンをピッと押すと魔術式が発光する。


 手元からふわりと宙に浮かび上がり、横に立つレイセンの視線と同調する。


 まるで主人の真似をするペットのように。


「……だ! ……ど…から……の! ……だぞ! ……!」


「……けて! ゃー!」

 

 はるか上空にいるオーガと遜色ないほど巨漢の魔族――力の魔将ドッドが窓から身を乗り出し、大げさな身振りで何か訴えている。


 イドルは腕組みして見つめつつ、耳を澄ませて内容を聞き取ろうとしていた。


 塔の最上階は地上から百メートル以上先だ。


 タイミングも悪く強風も吹いている。大声でも聞き取れない。


 よくよく観察すると見知った顔は二つ。

 ドッドの脇になぜかエメリアが抱えられていた。


 さらわれのお姫様みたいに白むくのドレスを着ている。


「何を言ってるかまったく聞こえん……」


「んー……ごめん、ちょっとメッセ送るね。き・こ・え・な・い・ぞ・の・う・き・ん」


「なんとなく、言わんのすることはわかるんだが、わかりたくないというか」


「あ、返信きた。ええーっと」


『赤の魔将イドルよ。ペルシャナル陛下への裏切りは到底許しがたし。よって制裁として貴様の大事なこの娘にとてもいかがわしいことをする。このみずみずしい若い肉体にすんごいことをする。無事に返して欲しければ一時間の制限時間内に最上階まで辿り着くがいい。ワーッハッハッハ!』


「だってさ。アプリ経由だといまいち口上も締まらないね」


「なるほど。レイセン、そのスマートフォンを貸せ」


「えっ、いいけど。どうするんの?」


 真顔になったイドルは顎に手を当てて黙考したあと、怪訝な様子のレイセンからスマートフォンを受け取ってダイヤルした。


 電話が繋がると後頭部に手をやり、低頭しながら話しかける。


「あっ、すいません奥さん。お久しぶりです。イドルです。ええ、そう、ドルドルちゃんですね。

 はい。そうそう、赤い髪の人です。

 お世話になっております。

 いえいえ、こちらこそ。それで申し上げにくいことなんですが……旦那さんが、その……不倫? ですか。そういうことをしようとしてるんです。

 ああ! もちろん、俺もとめようとしてるんですが言うことを聞かなくて……お手間を取らせてしまってほんと申し訳ありません。

 ほんとに。いえいえいえ、そんな、お礼だなんて。ただ一刻も早くとめてあげてくれませんか。はい。それでは」


 スマートフォンを耳から離し、タップして通話を切る。


 横のレイセンは両肩を落として、どんよりした暗雲をまとっていた。


「おにーさん……やめよーよ。そういう倒し方すんの。せっかくの〝ダンジョン動画〟の脚本が崩れちゃうじゃん」


「敵の弱点を責めるのは戦いの基本だ」


「いや。そういう弱点は責めちゃいけないからね。魔将対魔将だからね? 盛り下がるからさー」


「まあ念のためだ」


 スマートフォンを返すと、レイセンはちぇっと舌打ちしながら画面に目を移す。


「あ、返信きた」


『ごめんなさい。娘は無事に返します』


「うわぁー……短文なのがきっつう……完全に心が折れてるじゃん」


「というよりも、奴はどういう目的なんだ? 俺の〝ダンジョン動画〟に協力する気があるのか?」


「なんかねえ。この際だからおにーさんと正々堂々勝負したいんだって。今までいくさとかあったから魔将同士で戦うのNGだったじゃん?」


「エメリアをさらっている時点で正々堂々とは言えんと思うが」


「そりゃそうなんだけど。ほら、あたしはさらわれようなキャラじゃないからさ。あの緑頭がネトラれるこってりドロドロの愛憎劇で動画を盛り上げる的な?」


「俺も視聴者もそういう展開は嫌いだと思うぞ」


「大丈夫。ドッドを倒したらすぐ緑頭は塔から身投げして死ぬから。ヒロインルートから脱落すれば視聴者もあんまり怒らないと思うよ」


 にぱっと笑ってえげつないことを言う。


 動画の中とはいえ、おぞましい展開にイドルは思わず顎を引いた。


「お前のストーリー構成ちょっと難があるんじゃないか……おっ、ランプが緑になったぞ。門も開いたから自動ドアなんだな」


「じゃあ、おにーさん。撮影してるから、なんとなく救出を頑張る的な言葉を吐きながらあっちまで走ってって。あとで適当に編集するから」


「ああ……わかった。かつての仲間とはゆえ許せんぞドッド! 待ってろエメリア! 今すぐ俺が助けに行くぞ!」


 拳を握りしめてイドルは入り口へと走っていった。


 演技は決してうまいわけではなく、意気込みも空々しいものだったがレイセンは顎を何回か上下させた。


「うん、馬鹿になってきて面白いよ」

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