【書籍発売記念小話②】わたしのドレスと(妹ジェイド視点)
昨日に引き続き、発売記念の小話になります。
時間軸的には、1章【21】~【22】あたりの話です。
次からは本編に戻ります。
ブリンドル伯爵家に、『ドロシアーナ』から服が届いたのは、伯爵家で久々に開かれるパーティ開催の前日の事だった。服を持ってきてくださった『ドロシアーナ』の従業員がいる前で、広げられたドレスを見た末っ子である妹レイラの表情は、それはそれはもうキラキラと輝いた。
従業員から受け取ったドレスを己の体に合わせるようにして持ちながら、レイラは私たちの方に向きなおる。
「見て、見て、わたしのドレス!」
レイラは嬉しそうに、家族にドレスを見せながらくるくるとその場で回る。それに合わせるように、ふわりと薄ピンクのドレスの裾がたなびいた。
「良く似合ってるわレイラ」
お母様の言葉の通り、薄ピンクのドレスはレイラによく似合っていた。レイラの希望に合わせてひらひらとした布が多くついていて、ところどころにリボンや花の形の飾りがついている。
大はしゃぎするレイラを見て、フレデリックお兄様がため息を一つついた。
「レイラ。はしゃぐのは良いが少しは場を弁え――」
「靴もとても可愛い! みてみてジェイド姉様、靴にも、それから鞄にもお揃いのリボンがついているわ!」
「……」
お兄様の小言はレイラの耳には全く届いていないようで、言葉を遮られた上に無視されたお兄様は頬を引き攣らせている。そんなお兄様の様子をちらちらと伺いながら、声をかけられた私は妹に返事をした。
「本当ね。どれもリボンがついているわ。とても可愛らしいドレスが来て良かったわね、レイラ」
「ええっ」
頬を赤く染めながらレイラはドレスに頬ずりをする。ああもう、せっかくアナベルお姉様が贈ってくださった高級な品をそんなに抱きしめてしまって……。
どう妹を落ち着かせようかと悩む私だったが、傍で見ていたお母様があっさりとレイラを止めて下さった。
「レイラ。明日のパーティーの為にも、そのドレスも靴も鞄も、丁寧に管理しなくては駄目でしょう? お部屋においてきて、それからアナにお礼の手紙を書いたらどうかしら?」
「! そうする、そうするわお母様!」
レイラはそう答えて、ドレスを抱えて部屋へと走っていった。そのあとを、お母様から指示を受けた壮年の侍女が追いかけていく。
お母様は『ドロシアーナ』の方々に丁重にお礼をいい、お見送りされるために『ドロシアーナ』の従業員の方やお父様と共に部屋を出ていった。残ったのは私とお兄様だけだ。
お兄様はレイラの周りに注意がいっていない様子に怒っておられたけれど、それでも、自分用にとアナベルお姉様から贈られたスーツ一式を見ると、口をつぐんだ。私たちと同じ緑色の瞳が、喜びで明るくなっている。
「……! こほん。俺も服を部屋に仕舞ってくる」
私に見られている事に気が付いたお兄様はそう言って、自分への贈り物を抱えて自室に戻っていった。
私は一人になった部屋の中で、そっと手元に目線を落とした。
まだ、包装されたままのドレス。
それにそっと手を伸ばし、包みからドレスを取り出した。
「わぁ……」
包みの中から、紫のドレスが顔を出す。
「素敵……!」
レイラのように皺が出来そうな事はしないけれど、顔を出した紫のドレスを見ながら、嫁いだ後初めて家に帰ってこられたお姉様の姿を思い出す。
実家にいた頃着ていたような服ではなく、立派な、濃い紫色のドレスに身を包み、それ専用に合わせたような小物を持ち歩いていたお姉様。
結婚式の時の純白のウェディングドレスを身にまとったお姉様は世界で一番綺麗だったけれど、お家に帰ってこられたお姉様の姿も本当に素敵だった。
私はお姉様のように背が高い訳でもないし、お姉様と同じ服を着たところで、似合いもしないだろう。それでもあの日の紫色のドレスは私の脳裏から離れなくて、『ドロシアーナ』のデザイナー様が訪れた時、ドレスの希望を聞かれた時、咄嗟に、紫色と答えてしまった。
このドレスのために、揃いで準備された靴や帽子を始めとした小物も確認する。どれもとても素敵なものばかり。眺めているだけで胸がいっぱいになる。
全て、今までだったなら、一生で一度袖が通せるかどうかという品だった。
これらを軽く、ぽんと出してしまえるお姉様の事を思うと、なんだか本当に遠い人になってしまったのだなという気持ちも沸く。
実際、久々にお姉様が帰省された時、一瞬、馬車から降りてきたお姉様を見知らぬ他人のように感じてしまった。
(確かにお姉様の見た目は、嫁がれる前と比べて全然違ったわ。でも、人となりは変わってなかった)
両親の悩みの相談を聞き、お兄様の怒りをなだめ、妹である私たちの事も優しく気にかけてくれる。
今までと変わらない、アナベルお姉様だった。
それにすごく、ホッとしたのを思い出した。
お姉様がくださったドレスをまた見つめる。
(お姉様みたいな結婚相手、なんて高望みはしないけれど……お姉様が贈ってくださったこのドレスに似合うような淑女にならなくては……!)
その第一歩として、明日のパーティーは必ず成功させる。
お姉様頼りで結局準備されているパーティーだけれど、だからこそ、絶対に失敗は出来ない。
(見ていてねお姉様。私、頑張るから……!)
紫のドレスを前に、私はそう強く強く、決意を固めたのだった。




