【43】決まった事、決めなくてはならない事
「アナベル様。王宮からの報せでございます!」
「まあ、ついに決まったのかしら!」
ジェロームが持ってきた王宮からの手紙。すぐ開けたい気持ちもあったが、つい、開ける前に手紙の事を観察してしまった。
(まだ王宮からの手紙を受け取った事は殆どないけれど……毎回、とても良い紙よね)
貴族はよく紙を使うけれど、これが結構お高い物だ。なので貧乏な家は、できる限り安い、質の悪い紙を使う。
そもそも手紙を送る事が殆どなかったので長らく気が付いていなかったが……昔の実家はかなり質の悪い紙を使って手紙を書いていたものだ。
(本当に白くて綺麗な紙で作られた封筒ね)
そんな事を思いつつ、ジェロームに手渡す。ジェロームは慣れた様子でペーパーナイフで封を開けてくれた。
そして中に異物が混入していないかを確認してから、私に手紙を渡してくれた。
私は受け取った手紙を自分の膝におき、一つ溜息をつく。
「……ふぅ」
流石に……流石に、これが爵位授与の儀式の日程報告の筈。
なのだけれど。
(万が一違う件についてだったらどうしましょう)
なんて、要らぬ不安をわざわざ再確認するという無駄な時間を過ごしてから、私はもう一度気持ちを整えて、手紙を開いた。
「…………」
「アナベル様。どうでございましたか?」
私の横から、ジェマがそう尋ねてきた。勿論、手紙の中身を横から覗き見るような事はしていない。
「決まったわ」
私の一言にジェロームやジェマが顔色を明るくさせた。
「来月の中ごろみたい」
具体的な日付も伝えると、ジェロームは表情をやや曇らせた。
「思ったより近い日付でしたね。これだけ日程調整に時間がかかっていたのですから、数か月後ぐらいかと思いましたが」
「確かに。もしかしたら逆に、できる限り日程を近くするために調整されていたのかもしれませんわね」
ジェロームの言葉を聞いたジェマがそう言った。
確かにジェロームの言葉は一理あるというか、本当にその通りというか……もしや半年後や来年、なんて私は怯えていたのだ。逆に近すぎる日付に、やや惚けてしまったぐらいである。
「日程を近くするための調整といえども、こちらの都合もありますから……もう少し余裕を持ってくださるとより良かったのですが」
ジェロームの言葉に私はそうね、と同意した。
「パーティーの準備を考えると、もう少し日にちは欲しかったわね」
爵位授与の儀式の後に行う予定になっていた、お披露目パーティー。何をお披露目するって、勿論新しく子爵となった私自身である。
新しく子爵となった私の、最初の大きな仕事だ。
元々、正式に授与式を行ってからするというのだけが決まっていたのだが、そこから中々日程が決まらず……仕方ないので大体、どのようにするかという話はしていた。
お披露目パーティーをするにあたって、私が考えなくてはならない事は沢山あった。細かい事を言えば本当に無限かと思うほどに。
一部は既にあらかた決めてあったが、まだ決まっていない事もある。なのでそのあたりも詰めていかなくてはならない。
決めなくてはならない事というのは、すこし大雑把に分けると、大体六つだ。
問題一つ目。会場。
二つ目。招待客。
三つ目。料理。
四つ目。内装。
五つ目。出し物、或いは展示品。
そして最後に、主役である私の恰好。
全て、結局動くのは私が雇っているジェロームたちという事にはなるけれど……最初に私が色々と決めなければ、進められない仕事である。
「アナベル様。会場についてですが――」
と、ジェロームが話し出す。
決めなくてはならない問題一つ目は、文字通り、会場をどこにするかである。これは全てに影響が出てくる問題だった。
普通に考えると、己の屋敷で行うものだ。自分の家に客人を招き、そこで自分がどの程度の格の人間であるかを周囲に見せつけるのである。後者の考えはさておき、私も普通にこれで良いのでは? と考えていた。
だがこの場合、屋敷の広さによっては――二つ目の問題にも大きくかかわるのだが――招待できる人物の人数に、大きな差が出来てしまう。
大量に人を呼びたいのであれば、新しく暮らし始めたこの子爵邸はあまり会場に適さないというのが現実だった。
こういう問題を抱えている貴族家は多々あり、なのでその場合はどこかの建物を借りるという方法もあると教えてもらった。
最初にこれを決めなければ、その他の何も決める事が出来なくなるのだ。
例えば先ほど挙げたような招待客の人数にも影響が出るし、その人数に応じて必要だろう料理などの量も違う。建物が違えば内装の統一などにかかる手間も全く違うし、雇う人間の数にも影響が出るだろう。
なのでこの会場問題を私は最初に考える必要があり、事前にある程度話し合っていた。
結論をいうと、私は此処――現在暮らしている屋敷でお披露目パーティーをする事にしている。
理由はいくつかあるが、私の性格的問題と、今後の立ち回り方によるものだ。
正直なところ、爵位を得て女子爵になる事になった私だが……爵位を得て出世したい、なんてギラギラした感情は全くない。むしろ真逆で、日々、静かに落ち着いて生活をしていきたいと考えている。それは今後の立ち回り方にも通じていて、しなくてはならない貴族としての付き合いはするつもりがあるが、ほうぼうと連絡を取って交友関係を広くして……というやり取りが、私に出来るとも思えない。
将来的に気持ちが変わる事もあるだろうが……少なくとも、今は、率先した活動をするほどの気持ちがないのだ。
(そういう社交を頑張ろうという気持ちが一番あったのは、間違いなく結婚する前の事ね)
あの頃は侯爵家に嫁ぐのだから、ライダー侯爵家の名誉を傷つけたりしないように全ての事を頑張ろうと意気込んでいた。まあ、その気持ちは初夜以降の元夫の態度でつぶれたけれど。
少し話がずれてしまったが、以上のような理由により、大々的なお披露目パーティーを開く利点がそこまでない、というのが実情だ。苦労と得られるメリットが釣り合わないという所かな。
そんな事をぼんやり考えていたところで、ジェロームの言葉で意識が戻る。
「パーティー会場は以前お話しされていた通り、こちらの屋敷でよろしいですか?」
「ええ。お願い、ジェローム」
「畏まりました」
さて、会場が決定すれば次は二つ目。招待客である。
ある意味、これが一番、悩む点だ。
誰を招待するか、というのは、誰と今後付き合っていくか、という表明である。
正直今まで私がかかわった事がないので噂に聞くだけなのだけれど、平和なこの国でも政治的な問題、金銭的な問題などからいくつも対立が存在する。そしてどの立場に立つのかという事を曖昧にして幅広く付き合うのか、それともハッキリと表明して同じ思考の家とだけ付き合うのか……などと、色々考えなくてはならないのだ。
そんな事……私に突然しろなんて、無理に決まっている!
そもそも結婚後も結婚前も、殆ど社交に参加しておらず、正常な貴族社会から外れてしまっている身だ。政治の難しい事だって、よく分からない……。
後悲しい事をいうが、私の交友関係。本当に狭い。本当に、狭い!
私がパッと思いつく招待客は、実家の面々、メラニアと彼女の婚家。……以上である。
後は……元義父母も、呼んで失礼でないなら呼ぶかな。ブロック館長も呼んで失礼でなければ呼びたいかな……という所だ。
これ以上の関係性がほぼ皆無なのである。
正直、助かる面はある。小規模のパーティーにするつもりがある私からすると、あまりに呼ばなくてはならない人が多いと、こちらで招待客を取捨選択しなくてはならない。
――とはいえ、この数は少なすぎる。会場がスカスカになる。
「誰を呼んだらいいの……?」
招待客については、ジェロームたちの助けもほとんど借りる事が出来ない。
その後頭を抱えた私が以前頼ったのは、元義母であるライダー夫人であった。
ライダー夫人には以前服の相談などを持ちかけていた事もあって、どうすればいいかという相談をした。ライダー夫人は厭な顔一つせず、すぐに場を整えて私と話をしてくれた。
「御親戚は他に呼べる方はいらっしゃらないの?」
「そう……ですね。実のところ、殆どすべてが没交渉で……」
父方と母方の親戚は、双方、家が父の失態で没落して以降、完全に関係が絶たれている。
まず父方だが、私は父方の従兄弟に相当する人物がいないので、祖父母の兄弟姉妹や曽祖父母の兄弟姉妹までさかのぼっていかないと親戚がいない。彼らは父が失態を犯して借金を背負った段階で、速攻で散った。以降、顔を合わせた事がない。
父母からしても、父方の親戚は話したくもない存在のようで聞いたこともない。
なので男系で家名が同じ親戚なら名前から「もしや親戚?」とは思えるが、家名も違うと、もはや区別が出来なくなってしまう。
なので父方の親戚から呼びたい人は皆無である。
母方だが……こちらの方が、難しい。
母方の親戚とは、家が没落した後も多少の付き合いはあった。特に、母方の祖父が健在だった頃は定期的に母の兄弟姉妹一家とは顔を合わせていた。
ただし、母方の従兄弟らとの私や弟妹らとの関係は、ハッキリ言ってしまえば悪い。
家が没落し、母方実家からお金を借りたりしていた頃。親戚に会うたび、私やフレディは、従兄弟たちからいやがらせを受けていた。
彼らからすれば、お金を借りている私たちの方が立場は下なので、いくら痛めつけてもよいと思っていたのだろう。
当初は言葉でのいやがらせだった事もあり、私もフレディも両親に話さなかった。
怖かったのだ。両親が頭を下げている所を何度も見ている。私たちが騒いだせいでお金がもらえなくなったらと怖かった。――お金のために、両親から我慢しろと言われたらと考えたら、もっと怖かった。
そんな思いが子供心にあり、私とフレディはいやがらせについて伝えないようにしていたのだが……ある時、言葉だけにとどまらず暴力を振るわれてしまった。そうして分かるところに私が怪我を負ってしまい、フレディがショックで大泣きして親に伝えた事で、従兄弟たちからのいやがらせが親たちの知るところとなった。
両親はそれ以降、母方の親戚の所に行くときに、私たちを連れていく事はなくなった。そして背負っていた借金も、母方から借りていたお金を優先的に返済した。このあたりは直接聞いたのではなく、両親や数少ない使用人の会話で私が知っただけなので少し間違っているかもしれない。
でも、母方の祖父が死ぬまでには母方から借りたお金の返済は終わっており、祖父が死んだ以降は両親も母方の実家には行くことが殆どなくなった。
「父方も母方も、かつてブリンドル伯爵家が没落して以降、殆ど連絡を取っておりません。以前実家でパーティーを開いた時があったのですが、その時にもしかしたら呼ばれていたかもしれませんが……私は参加をしていなかったので。私が最後に親戚を見かけたのは……確か、デビュタントの時だったかと思います」
見かけたのは、母の実家を継いでいる長兄伯父さん一家だった。あそこには、私と同い年の娘がいた。
デビュタントは国内最大規模だったので、彼らがあの場にいたのは何もおかしいことはない。
ただ、会話をして「わあ、久しぶりね!」などという気持ちで会話をすることはなかった、というだけだ。
結婚式では親戚も流石にやってきた人がいたが……思い返せば、私から見て従兄弟にあたるような人はいなかったな。全て伯父さん伯母さんという立場の、わきまえた大人だけだった。それも殆ど母方だったと記憶しているので、ブリンドル伯爵家の令嬢の結婚式でありながら、ブリンドル名の親戚が皆無という状態だった。
……あの頃は結婚できる夢のような状態で全く考えていなかったが、なんてひどい状況だろうか。ライダー侯爵夫妻は本当に、そんな状態でよく私との結婚を許可したな……?!
心の中で過去の自分や親族を改めて客観視し一人修羅場になっていた私に対して、ライダー夫人は少しだけ不思議そうな顔をしていた。
「そう。接点がないのね。まあ、大きな派閥を持っているわけでもないのであれば、そのような事もあるかもしれないわね」
とあっさりブリンドル伯爵家の現状を流して進める。
「それでも、ご両親に呼んだ方が良い御親戚がいるかを確認しておいた方がよろしいでしょう。貴女にとっては大した事がないとしても、ご両親からすれば実のご兄弟、実の伯父伯母、実の従兄弟なのですから、子の知らぬしがらみもあるでしょう。実際の御親戚が出席するかはさておき、招待すらしていないというのは後々禍根となる場合があるわ」
「分かりました」
なら親戚は両親に相談するとして……。
それでも、呼べる人々は恐らく片手か、両手でおさまってしまう。
結婚後もお飾り妻をしていた私の知り合いなんて、本当にブロック館長ぐらいのものだ。
「他に呼ぶべき人物は、領地の有力者でしょう。まだ、一度も会えてはいなかったわね?」
「あ……た、確かに、まだ手紙でのやり取りしかしておりません」
そうか。領地の人々や、私の代わって領地を仕切ってくださっている方からすれば、今度から新しい領主となる私の初めてのパーティーに参加できないというのは、問題になってしまうのか。
「ちょうど良いでしょう。私たちも少し落ち着いてきましたから、近々、日程をすり合わせて事前の顔合わせをいたしましょう」
「よろしくお願いいたします」
「そのほかは、貴女が良ければわたくしたちの方からもいくつか縁を繋いでおいた方が良い人を紹介は出来るわ。ただ、あの屋敷で行うのであれば、あまり呼ぶわけにも行かないでしょう。貴女の御親戚の状況がある程度固まるまでは、紹介は止した方が良いでしょうね」
「わかりました」
――そのような感じで、招待客についても一応、軽く結論が出たのだった。




