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【書籍化】お飾り妻アナベルの趣味三昧な日常 ~初夜の前に愛することはないって言われた? “前”なだけマシじゃない!~  作者: 重原水鳥
第二章 ラングストン女子爵アナベルの新しい日常?

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【40】竹馬の友の苦悩(パーシヴァル視点)

また暫く投稿できておらず、すみません……!

0531追記 長くお待たせしてしまっており、申し訳ありません……暫く更新がかなり遅くなります……。

 画家ガーデナーの画廊。

 そこの一室で、難しい顔で黙り込んでいるのが、俺の主であるウェルボーン子爵ジェレマイア・コーニッシュだ。

 コーニッシュ公爵家の御子息の一人であり、現在は公爵様からウェルボーン子爵位を譲られ、一貴族家当主としての身分も持つ、俺の竹馬の友。


 そんな彼はもう数時間黙り込んで、目の前に並べられた様々な品を睨みつけている。開いたままになっている窓につけられたレースのカーテンが揺れて、風が吹き込む。それにより垂れてきた前髪を邪魔だと思っているのだろう。眉間に皺が寄る。

 主の顔は、それはそれは険しい。お父上によく似ている顔立ちなので、本当に殺意を持って睨んでいるのではないかと錯覚するほである。

 とはいえ、怒っている訳では全くなく、ただただ心の底から困って悩んでいるというのが、俺は分かる。


 あまりにずっと黙って固まっている主人にたまりかね、俺は声をかけた。


「決まりましたか。贈り物は」

「……………………」


 難しい顔を更に強張らせて、グッと黙り込む。

 暫くしてから、小さい声で「まだだ」と返事があった。


 俺はこれ見よがしに溜息をついて、ジェレマイア様に言った。


「いい加減にしてくださいよ……これらの商品が届いてから、もう一週間は経っていますが?? そろそろ決断して、もっと別の事をしてくださいっ!」

「……うむ……」


 俺の言葉にジェレマイア様は眉間に皺を寄せて黙り込んでしまう。そんな主人の様子に、俺は頭を抱えた。


 もう、ほんと、本当に勘弁してくれ!!!


 彼は何をしているのか? という疑問に簡単に答えよう。


 そのうち行われる、アナベル・ブリンドル・ラングストン女子爵とのデートの際に渡す贈り物を、決めかねているのである。


 ………………そう。

 そのうち。

 ()()()()、なのだ……!

 まだ()()()()()()()()()()()デートで、渡す贈り物を、悩んでいるのである!


 しかもジェレマイア様がこうやって贈り物の前で唸っているのは、なにも今日だけの話ではない。

 もう、何日も何日も彼は贈り物について悩み続けている。本音で言わせてもらうと、よく飽きないな、という気持ちしかない。今時、社交界にデビューしたてのティーンエイジャーだってこんなに悩まないぞ!


 悩み始めて数日目に付き合うのに疲れてしまった俺が投げやりに、「いっその事全部贈ってしまえば良いのでは?」と発言した時など、血相変えてジェレマイア様は文句を叫んできた。


「そのような事をすれば、迷惑に感じるかもしれないだろう!」


 その感覚だけは正しいだろう。


 何せジェレマイア様は公爵令息という身分で生まれ育った御方。今そろえている様々な種類の贈り物も、どれもこれも公爵家御用達の店や職人に作らせた、どれもこれも一級品。

 これを纏めて受け取って全く狼狽えないのは、王族か他の公爵家や侯爵家の人間ぐらいのものだろう。或いは欲が強く全く罪悪感など感じない、精神が強いタイプの人間か。

 そのどちらの条件にも、送り相手はあたらない。


 デートの相手であるラングストン女子爵は、そういう一級品とは無縁な状態の家で育った女性だ。結婚後はコーニッシュ公爵家とそう大差ない生活をしている家で過ごしていたので高級品には慣れているだろうが、だからといって殆ど初体面の男性からそんな物を送られて、喜ぶような性格の女性ではない。


 疲れ切って大きなため息をつく俺の事など、眼中にないのだろう。いつの間にやら、ジェレマイア様は耳を澄まさなくては聞き取れないような小さな声で、贈り物を再び手に取りながら独り言を呟いている。


「やはりドレスは重すぎる…………ぶつぶつ…………このネックレスでは…………ぶつぶつ…………やはりもっとデザインを凝った方が良かったのでは…………ぶつぶつ」


 これはもう駄目だ。同じ部屋で彼の独り言を聞いていたら、こちらがおかしくなってしまう。

 俺はジェレマイア様の横のテーブルに新しい飲み物だけ用意しておいて、背を向けた。



 ◆



 本当にジェレマイア様は困った主だ。


 俺……パーシヴァル・カーヴェルとジェレマイア様の関係は、いわゆる乳母兄弟、なんて言われるものだ。


 俺の母はジェレマイア様の乳母をしていて、俺はかの方と同じ乳で育てられた。

 俺のような立場の人間が幼い頃から近くにいるというのは貴族……特に上位貴族には多い話だろう。余程問題がない限り、乳母は貴族子女がある程度の年齢になるまで母代わりとして傍にいるし、その後大人になっても傍にいる事もよくある。

 そんな信頼される立場の子供という事で俺はジェレマイア様と本当の兄弟のように育った。同じ日々を過ごし、共に遊び、共に学んだ。実の兄弟よりも、ジェレマイア様の方が本当の兄弟だと感じるほどに。…………勿論、身分をあまり考えずに接していたのは、うんと幼い頃の話だが。


 今では画家ガーデナーとして人気を博している彼だが、少し前まではこんな売れっ子になるとは思えない状態だった。

 いつ彼が筆を折るのか――そう、見ているだけのこちらが心配で頭が痛くなるほどに、あの頃のジェレマイア様の状態は厳しかった。

 だがそれが、今はどうだ。ひっきりなしに依頼が来て、気楽に好きな絵を描きたい、なんて贅沢な悩みを口にできる日が出来る程になった。


 こうして安定した今だからこそ……彼が画家になるという運命は決まっていたのかもしれない、などと振り返れる。


 まだ本格的にジェレマイア様が絵を描くようになる前から、彼は時折紙に絵を描いていた。庭に寝転び、熱心に何かを描いていたかと思えば、起き上がって俺の元に駆けて来ていた。


「パーシヴァル、みてくれ!」

「うわあ。ジェレマイアさま、とってもおじょうずです!」


 この頃は、ジェレマイア様がどれだけ絵を描いても、深く考える事もなく俺はそう褒めていた。

 あの頃は未来の苦労も苦悩も何も知らず、ジェレマイア様は絵を描いて、俺はそれを眺めているだけだった。

 でもそれも、子供が絵を描く事を気に入る、程度の話での事。彼が本気で絵に取り組みだすのは、もっと先の話だった。


 ――そうしている間に月日は過ぎてジェレマイア様は公爵家令息としての教育が始まった。

 対して俺は、そのまま傍にいても問題ないと判断されたらしく、遊び相手から出世してジェレマイア様に仕えるために従者としての教育を施される事になった。

 公爵家の使用人たちは皆誇り高く、容赦なかった。

 跡取りではないとはいえ、大事な公爵家の御令息の従者となるのだから、とそれはそれはもう泣くほど厳しい教育を受けた。様々な立場を担えるようにと、執事としての所作を仕込まれたり、ただの従者としても教育を受けたり。


 もう思い出したくもないような教育を乗り越えて、俺は無事に一人前の使用人になった。


 俺がそんな教育を受けている間に――主人であるジェレマイア様には、色々あった。……それはそれはもう、色々と、大変な事になっていた。


 公爵令息として様々な教育を施されていたジェレマイア様。彼はその教育の中で……後の人生でずっと師と仰ぐ人に出会ってしまった。


 ブロック館長、なんてふざけた名をわざわざ名乗っている男性である。


 お父上である公爵様の古い友人でもあるあの方は、時折公爵家を訪れていた。そしてその知識を買われて、ジェレマイア様の兄君にもしたように、芸術分野についてジェレマイア様に様々な事を教える事となった。

 ――公爵様が教えて欲しいと言っていたのは芸術を作る事ではなく、見る目を養う事や芸術に関わる知識を教え込む事だった筈だ。

 だがいつの間にかその授業の時間に、ジェレマイア様は絵を描くようになっていった。

 芸術の授業の時間は、絵を描く事を教える時間となっていた。

 次第に……ジェレマイア様は時間も予定も何もかも忘れて、絵を描くようになっていった。他の学問の授業が疎かになる事も多々あった。

 これには、公爵様も怒った。それから、一時的にジェレマイア様とブロック館長が会えなくなるようにした。ブロック館長の影響で一時的に芸術に魅せられているだけだと思ったのだろう。


 ……だがジェレマイア様は、何日経っても、何か月経っても、絵を描く事は止めなかった。

 最早ブロック館長との関りはジェレマイア様にとっては理由ではなくなっていた。ただ絵を描きたい。目に見た様々の事を絵に起こしたい。それが彼の動機になっていた。


 そして絵を描き続けた彼は――公爵家令息という身分でありながら、画家になるとご家族に宣言された。

 お父上である公爵様は激高し、その時を以て彼はほぼ絶縁されてしまったのである。

 公爵夫人やお兄様方からの説得もあり、ギリギリの所で完全な絶縁状態にはならなかったが、お二人の親子喧嘩はまあ酷いものだったと聞き及んでいる。喧嘩の後、公爵家全体が揺れていた位だ。


 喧嘩の噂を聞き、治療道具を抱えてジェレマイア様の部屋に駆けこんだ俺に、彼はそう言った。


「父上が何と言おうと、画家になる……! 絶対にだ……!」


 父親から容赦なく殴られて、頬が腫れている状態で尚、ジェレマイア様の決意は揺らがなかった。


 そんな姿を見て、画家になる夢をあきらめろ、なんて言えるだろうか?

 少なくとも俺は、言えなかった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 自作の絵でも贈れば良いんじゃないですかね?
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