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【書籍化】お飾り妻アナベルの趣味三昧な日常 ~初夜の前に愛することはないって言われた? “前”なだけマシじゃない!~  作者: 重原水鳥
第二章 ラングストン女子爵アナベルの新しい日常?

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35/48

【35】手紙をしたためる

 更新が遅くて申し訳ありません……!!

 ラングストン邸にカンクーウッド美術館から連絡が届いたのは、何もない平穏な日だった。


「あら。何かあったかしら」


 なんて言ってしまいながら、ジェロームが持ってきてくれた手紙を開く。

 いつも通りブロック館長の丁寧な文字で、言葉が綴られている。その内容は、私が以前購入した絵画の受け渡しに関しての連絡だった。


「いやだわ、私ったら!」


 しまった、忘れていた、と思いながら、口元を手で覆った。

 以前――夫との離婚騒ぎが始まる前に、カンクーウッド美術館の展示会で購入したガーデナーの絵画、『リシアンサス』。来年デビュタントをする上の妹ジェイドへの御祝いとして購入したあの作品は、本来であればもっと早い時期に美術館から私の手元へと移動してくるはずだった。だがその前に夫が愛人を連れて帰ってきて、更に義父母も帰ってきて……と、『リシアンサス』を受け取れるような状態ではなくなってしまった。そのためカンクーウッド美術館にも連絡し、受け取りを遅らせてもらえないかと頼んだのだ。美術館側からは問題ないという返答を頂き、ありがたくこちらが落ち着くまで待ってもらっていたのだが……。

 落ち着いたところでこちらから連絡する心算でいたのに、あれこれ考えている内に忘れてしまっていた。


「ジェローム。返信用の紙とペンをお願い」

「かしこまりました」


 ジェロームに頼んで、すぐに返事を書く。

 まず、連絡が遅くなってしまった事に対する謝罪。ついつい頭から抜けてしまっていた訳だが、その事にわざわざ触れる事はしない。相手もそれぐらい分かっているだろうし、敢えて自分から相手の気を逆撫でするような事は控えた方が良い。ブロック館長がこの事について怒っているのかは分からないが。

 次に受け渡しの方法について。確かに今までは館長や館長の代理の方が屋敷に届けてくださっていたが、それは侯爵家が相手だったからだろう。今の私は子爵家なのだから、届けていただくのは申し訳ない。今回からは、こちらの使用人に取りに行ってもらう事にした。ジェロームであればカンクーウッドには行き慣れているし信用出来る。そう思いながら、絵画はこちらから取りに伺うので、都合の良い日付があれば教えていただきたいと付け加えた。

 最後に〆の言葉を記して、手紙を封筒にしまった。最後に封蝋で封印したら、完成だ。


 封蝋がしてある手紙は一度もあけられていないという証明になるため、基本的に重要度の高い連絡の時には必須だ。なので封蝋をするための道具であるシーリングスタンプは貴族の当主であれば自らの身分を示す物として、恐らく皆が所持している。この国では封蝋の柄への細かい規定はないので、様々な柄の物が使われている。自分の好きな花や動物の柄を使っている人、家紋を使っている人など様々だ。使っている内に、この柄はこの方の手紙だ、という風に浸透していく。

 私が今使っているのはオーソドックスな名前の頭文字だけが描かれた物だけれど、これからラングストン子爵として生きていくのなら、また違った物を用意した方が良いのかもしれない。ラングストン家にも一応家紋があるので、その家紋のスタンプを作ろうか……なんて事を考えながら、私は封をした手紙をジェロームに託す。


「ジェローム。これをカンクーウッド美術館へ。それから中身なのだけれど、そのうち――もし本日ブロック館長がいらっしゃれば、その場でになるかもしれないけれど、貴方に絵画を持ち帰ってもらう事になると思うわ。よろしくね」

「かしこまりました。お任せください」


 ジェロームはニコリと笑い、部屋を出て行った。彼に任せれば後は大丈夫だろう。


「……さて。どうしようかしら」


 『リシアンサス』を渡すタイミングは、別に早くても問題ないだろう。

 問題は直接届けるか、或いは品のみ贈るか、という点だ。

 離婚からの騒ぎの間、実家とは手紙で連絡を取り合ってはいたものの、直接会ってはいない。――そういえば侯爵家と伯爵家の新しい関係についての話し合いはどうなっているのだろうか。どちらからも連絡がないから、まだ侯爵家側の都合が付けられていないのだろう。伯爵家側の都合をつけるのは、そう難しくないはずなので。

 話を戻そう。


 本音を言えば会って渡したいが、やはり贈り物に祝いの言葉を添えて贈るのが正しいだろうなと私は一息つきながら思った。……今の私は、実家に出入りするのはあまり良くない。

 前の私はまだ当主候補の妻の立場だった。だから軽々しく実家に出入りをしていたのだが、本来、嫁いだ後は早々実家には帰らないのである。

 家族に会わないという訳ではないが、頻繁に出入りするのは夫婦仲に何か問題があるのでは、とか、実家の方に問題があるのでは、と思われる可能性がある。一体どこで誰が様子を見ているかなんて分からない。予想外のところから噂が広まる事だってある――というのは、社交界から離れて久しい私でも分かる事だ。

 知らないだけで、私がブリンドル伯爵家に出入りしていた事も、もしかすれば噂になっていたのかもしれない。……いや、なっていたから途中で屋敷から出るなと叱られたのだったか? 当時の私はどうせ社交界には今後も出ないのだしと外からの目はあまり気にしていなかった。

 というか、夫から許可が最も得るのが難しいものであり、それがあっさりと手に入ったからと周りの事など気にせずに実家に帰っていたが、他所にいった娘が出入りするなんて……という意見の方が主流かもしれない。


 過去の事はさておき、今の私。つまり、ラングストン子爵となった私は、完全にブリンドル伯爵家からは独立した人間となってしまった。しかも、父と同じ爵位を持つ貴族の当主という立場になった。

 そうなると、貴族家の一当主が別の家の当主に会いに行く構図になってしまうので、なおの事外聞が悪いのではないか?

 私としては、これ以上実家に迷惑をかけたくない。私のせいで実家に悪評を立てたくない。

 ……うん。会いに行くのは止めよう。贈り物にジェイドを大切に思っている事をしたためれば、あの子なら会えない事も納得してくれるだろう。


 それにしても、来年にはジェイドがデビュタントするなんて。……年月が経つのは早いなぁ。私やフレディの後ろを必死に追いかけては、転んで泣いていたジェイドが、一人前の淑女となるのだ。しみじみと過去を思い出してしまった。

 私たちと比べると運動神経がないあの子は、私とフレディがかけっこをするにしても、木登りをするにしても、玉投げをするにしても、どうにも上手くいかなかった。今を思えば私とジェイドは五つも年の差があり、フレディとジェイドも四つ年の差がある。あの子が私たちのように出来ないのは当然の事だったのだけれど、ジェイドは上手く出来ない事が許せないようで、必死に練習をして……で、転んだり、木から落ちたり、投げた玉が壁に当たって自分に跳ね返って来たりしていた。…………もしかしてあの子、運動音痴だったのでは?

 いや、ダンスが下手だった記憶はないし、やはり幼さ故に上手く行かなかったのだろう。

 さて、『リシアンサス』が届き次第ジェイドに贈れるように、準備をしよう。


「ジェマ。お願いがあるのだけれど」

「手紙の紙でよろしいでしょうか?」

「……ええ。お願い」

「かしこまりました」


 ニコリと微笑んだジェマは、さっと手紙用の紙を用意してくれた。

 渡された紙に、ジェイドへの手紙を記すが、実際に書き始めるまでは大分時間がかかった。一人頭の中で何度も何度も文章を作り直す。侯爵家は多少の書き損じをしても新しい紙を貰えばよかったが、そんな事が軽々しく出来るのは潤沢な財源のある家だ。

 別にラングストン家が貧乏な家だとは思わない。私にはライダー侯爵家からお詫びとして頂いたお金もあるし、ラングストン家も実家に比べればずっと裕福な家だ。それでも、侯爵家には届かない。

 侯爵家にいたときと同じままで生活するのは、今後の為にもならない。だからこそ紙は出来る限り無駄にしないようにしたいし、インクなども捨てる事がないように使っていきたい。

 頭の中で何度も何度も文章を訂正し、ジェイドへの祝いの言葉を積み上げる。それがある程度まとまってから、ペン先にインクを着けて、紙に文字を記す。


「アナベル様。アナベル様。もうだいぶお時間が経っております」


 ジェマの声に、我に返った。

 顔を上げると、ジェマが少し困った笑顔を浮かべていて、その後ろには新しく雇った侍女たちが所在なさげに立っている。


「いやだわ……そんなに時間が経っているの?」

「ええ。外が暗くなり始めるぐらいに」


 言われてみれば、窓の外から見える景色が随分と変わっていた。まだ明かりが必要なほどではないが、最初にブロック館長への手紙をしたためたときと比べれば、空は暗くなり始めている。

 私は手紙が汚れぬようにペンを置いてから、ぐっと両腕を後ろに回して伸ばした。随分と長い事机に向かっていたせいで、体が固まってしまっているようだ。


 気を抜いたからか、ぐう、と私の腹が音を立てた。


「食事を準備させますか?」


 すかさずジェマに問われたが、首を横に振る。まだ普段、夕食を取っている時間ではない。


「あと少しでジェイドへの手紙が終わるの。それが終わってからいただくわ。そういえば、ジェロームは帰ってきたのかしら」

「少し前に。ただ、アナベル様が集中しておられたので声をかけませんでした。申し訳ありません」

「謝らないで。お陰でもうすぐ書き終わるのだから。手紙を書き終えたらジェロームから話を聞くわ。食事は、その後に」

「かしこまりました」


 本当に、あと少しで書き終わってしまうので、頑張ろう。


 そう思いつつ、冷静になったところで手紙の全体を見直す。


 ……うぅーん、いささか忠告が多すぎるだろうか。私が出来る限り、私が把握している限りの女性の社交界の注意点などを書いたのだが……落ち着いてから読み直すと、私なんぞより恐らく母の方がよほど、社交界に慣れている。母からの助言(アドバイス)をあの子はすぐ聞けるのだから、私から長ったらしく言葉を貰うなんて、余計だったかもしれない。

 いらぬ所を削ろうかとも思ったが、そういう忠告は、区切りよく同じ紙に書かれているのではなく、別の紙に渡って数度、ぽつぽつと入っている。切り刻むわけにはいかない。それに、先ほど改めて紙を無駄にしないように……と思った傍から、何枚もの紙を捨てるのも気が引けた。


(……最後の方に、忠告めいた事を沢山記した事を詫びておきましょう)


 相手は実の妹なのだし、長子として心配するのは当然……のはず。うん。大丈夫のはず。


 そんな事を思いながら書き終えた手紙は、インクが渇くまで置いておく。完全にインクが渇けば、次にはにおい付けをする。


 手紙へのにおい付けは必須ではないが、嗜みとしてする貴族女性は多い。

 今回はお祝いを兼ねた贈り物なので、甘めの匂いを着ければよいだろう。ジェマにお願いしておく。


 そこまで終わってから、私は部屋にジェロームを呼んだ。

 ジェロームが手ぶらであった事で、『リシアンサス』の受け取りがなかった事が知れた。


「おかえりなさいジェローム。手紙は渡せたかしら」

「それは……はい」


 だが、絵画は受け取ってきていないようだ。てっきり、ブロック館長がいなかったのだろうなと思いながらその事も確認の意を込めて一応尋ねた私だったが、この質問には、ジェロームは首を横に振る。

 ならば忙しかったのだろう。手紙を受け取ってその場で読む時間があられなかったのだ。そもそも金銭のやり取りも済んでいて、あとは絵画を受け取るだけなので、急ぐことでもない。ジェイドのデビュタントはどうせ来年なのだから、年内にきっちり届けられれば良いのだし。


「ブロック館長には渡せたのよね?」

「はい」


 一応それだけはと確認すれば、頷かれる。良かった良かった――と、思った次の瞬間、ジェロームが言った。


「ですが……その…………館長よりアナベル様の都合の良い日付を聞かれましたので、明日と答えました」

「…………ええとジェローム。今、なんて?」

「はい。ブロック館長は手紙を確認された後、直接お渡ししたいと申されました。なので私が把握していたアナベル様の日程から、明日であれば訪問を受け付けられると答えました。万が一、私が屋敷に戻った後に明日の日程に問題があった場合は、すぐにブロック館長に日付を変更していただきたい旨を伝えに行くという話になっております」

「ど、どうして?」


 つい言葉が漏れた。


「私がいない間に、明日はご予定が入っておりましたか?」

「い、いえ。一日、家にいる予定でしたから、訪問は問題ありません」

「かしこまりました。では明日、館長が来られる事を皆に共有してまいります」


 反射的に答えたが、私の疑問に対する答えにはなっていない。


「ジェローム。私、館長に来ていただくのは申し訳ないからと記したわ、よ……ね?」


 自信がなくなってきてつい語尾が小さくなったが、ジェロームは私の言葉を肯定してくれた。


「はい。ですが館長の方から、是非、訪問したいとの事でしたので……」


 眉尻を下げて、困ったような顔をするジェロームを、誰が責められただろうか!


 ……それにしても、訪問が必要な理由とは、い、一体……?

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぐるぐるもだもだアナベルさん可愛い面白い 本当に大好きなお話なので、続きを読むことができて しあわせです
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