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【書籍化】お飾り妻アナベルの趣味三昧な日常 ~初夜の前に愛することはないって言われた? “前”なだけマシじゃない!~  作者: 重原水鳥
第一章 ライダー夫人アナベルの日常

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【23】暗躍の成果 (メラニア視点)

アナベルがこれまでもこれからも知らない話。

「全く、大変な事になったらどうする心算だったの?」

「丸く収まったんだからそう言うなよ」


 ショーンはそう言って、エールを煽るように飲む。全く、対貴族の時用の御高い礼服を折角着ているというのに、そんな下町感満載の行動をしないで欲しい。


「服を汚したらどうするの、さあ脱いで」

「はいはい。奥様の言う通りに」


 ショーンの後ろに回って、せめて上着を脱がせようとすると、彼は大人しく両腕を上にあげた。全く子供みたいな人だ。ショーンの袖を引っ張り脱がし終わった時、上にあげていた片腕がそのまま私の後頭部まで回った。あ、と理解した時には引っ張られ、大分無理のある体勢のまま、ショーンは私に口付けた。

 口が離れたところで後頭部に回っている手に力が再び入ったのを感じ、ショーンの口を手で覆う。


「っ、もうっ! アルコール臭いわ!」

「酷いな」


 ショーンはケラケラと笑って、それからエールを更に飲む。やってる事は子供ではないのだけれど、行動がなんというか、邪気がないので怒り切れない。それから、一つの仕事がひと段落して、お酒を飲んだ時ぐらいしかここまで甘えてくる事はあまりないので、呆れつつも許してしまう。ある種、惚れた弱みだろう。


「そんなに不服か? ブリンドル伯爵家のパーティーは大成功だった。今まで殆ど断絶していた交友関係もいくつか復活しそうだとブリンドル夫人も仰ってただろう」

「勿論感謝しているわ。忙しい中で、私の大事な友達のために時間と労力を割いてくれたのだもの」

「ん」


 変な声が背後から出たので振り返ると、アルコールのために顔を桃色に染めつつあるショーンが、口を突き出していた。


「さっきしたじゃない」

「そう不機嫌になるなよ俺の小さな天使。口付けは何度したって良いだろう?」


 全く、調子がよいのだから。

 そう思いながら私はショーンの傍に寄り、そっと唇を重ねた。


「……私、反対はしなかったけど、こんな大事になるとは聞いてなかったんだから、本当に、アナベルやおじ様おば様方に不利益があったらどうしようって不安だったのよ」

「そりゃあ、悪かったよ。だがどうせ燃えるんだから、派手に燃えた方がいいだろう?」


 ――そう。アナベルのお父様を騙した詐欺師の贋作売り。そしてその元締めであるタピラティ画廊への調査が急激に動いた原因は、ショーンにある。


 正確にはショーンが直接何かしたというよりも、そういう調査が一気に進行するように裏で手を回した、という方が正しい。商人は色々な伝手を持ってこそだろ? という事だったが、どこからどう手を回したのかは私は聞いていなかった。教えて欲しいと言っても教えてもらえなかったので、今のところは諦めて引き下がっている。


 そもそもショーンから私が提案されたのは、アナベルのお父様を騙した詐欺師を捕まえてやろう、という話だった。詐欺師一人捕まえた所でブリンドル伯爵家の二進も三進もいかない状態を改善できるとも思えなかったけれど、どうせなら騙してきた相手に逃げられているよりは、相手が正式に捕まっている方がマシかもしれない。そう思って私もショーンの行動を容認したのだけれど、まさかここまで騒動を大きくするとは思わず、話を聞いた時は心底驚いたのだ。

 私自身、最初はタピラティ画廊とアナベルのお父様を騙した詐欺師を繋げて考えていなかったので、歴史のある画廊が贋作販売の元締めだったなんてと素直に驚いていたのだが、ショーンからさらりと「ブリンドル伯爵を騙した詐欺師も子飼いで、逮捕済みだぞ」と言われた時は本当に本当に驚いたのだから!


「派手にし過ぎよ。お陰でブリンドル伯爵家は軽症みたいになったけれど、万が一にでも今回の件が露呈したのがブリンドル伯爵家が騙されたのが切っ掛けだった、なんて知れたら、今度こそブリンドル家は一巻の終わりじゃない」


 今回、タピラティ画廊とその手先である詐欺師たちに騙されて贋作を購入したと発覚した貴族は、爵位だけで言えば侯爵位から男爵位、金のある平民たちまで様々いる。特に被害が大きいのはそれなりに有名な絵画や名のある作家の作品を購入できる程度に財力のある家が多かった。いわゆる、何かしらの方法で領地を富ませたりして金を得た貴族、平民たちだ。彼らは爵位こそ上がらないが、家の権力が増した事を誇示するために価値のある物を求め、その一環でタピラティ画廊と縁のある詐欺師たちから絵画を購入していた。

 購入した絵が偽物とわかって泣き寝入りしていただけの家や、気付かずにいたがそこまで周りに声高々に絵画の所有を訴えていなかった家はそこまで被害がない。が、贋作と気が付かずに長年家の一番良いところに飾ったり、大事な客が来るときに合わせて出したりしていた家は、大恥をかいた。何せお客様に長年、偽物を本物と言って見せつけていた訳だ。家名に大きく傷がついてしまった。


 もっと静かに捜査が行われていたり、小規模で行われていたならば、ある程度もみ消したりする事も出来ただろう。そういう事が不可能ではない立場の人間だっていたのだ。

 だが、捜査は突如、濁流のように行われた。被害者たちの耳に話が届いた頃には既に調査は終わり犯罪者たちは軒並み逮捕され、次いで、被害者について調査が行われ始めてしまっていた。お陰で贋作を購入した事実をもみ消す事が出来なかった家が多かったのだ。


 つまり、今回の騒ぎで家名が汚されたと憤っている人は、この急な調査に対して怒りを抱いてもおかしくないし、その原因となったのがブリンドル伯爵家と分かれば斜め上とはいえ、怒りの矛先にされる可能性だってあったのだ。


 ショーンの横に腰かけようとすると、膝の上に移動させられた。まるで幼子を抱くように抱えられたのが少し嫌で降りようとするも、エールを持っていない方の腕がお腹に回って降りれない。諦めて私は大人しくした。


 私の不安を聞いたショーンは、エールの入ったコップを持ったまま、くるくると回した。中に残っているエールがぴちゃぴちゃと音を立てていた。


「どうやってそんな事知るんだ。知ってるのは俺とお前だけなんだぞ。捜査に踏み入った警吏たちも捜査を指示した警吏も知らないのに、被害者たちの耳に入る訳がない」

「ブロック館長」

「……ああ、うん、まあ、あの人は察しておられそうだな。だが何の証拠もないし、館長殿がそんな事を広める必要もないから大丈夫だろう」


 ……まあ、確かに。

 正直な所、ブロック館長がどの程度アナベルに対して好意的な行動をとるかは予測が全くついていなかったのだが、まさかヘインズビーの『窓際に立つ炎夫人』なんて普段表に出てない名画を引っ張り出してくると思わず、話を聞いた時は私もショーンも「はぁ?」と変な声が出てしまった。

 だがともかく、あんな物を引っ張り出すほど、アナベルに対して好意的ならば、今回のタピラティ画廊への調査の裏にショーンがいると勘づいても、それを表に出したりはしないだろう。うん、ショーンの言う通りに思えてきた。お陰で、少し安心した。


 とはいえ、仮にも一年と少し、この人の妻を務めている私は、今回の騒ぎの目的がブリンドル伯爵家を助けるためだけではないと、知っている。


「それにしても、私、呆れちゃったわ。二匹のウサギを仕留めようとするなんて」


 ショーンはにやりと笑った。


「使える機会を逃すなんて出来んさ、商人はな」


 今回の件、ショーン本人がここまで動いてくれた理由は半分ぐらいは私のためだと思う。それは信じている。

 ――でもショーンは、悪人ではないけれど、性善説だけで生きているような善人ではない。あくまでも彼にとっても利点があったからここまで動いたのだ。


 彼の利点が何か?

 最初は分からなかったが、タピラティ画廊の被害者の名前が噂されるようになってすぐ理解できた。アボット商会と長年距離を置いていた、ライバル商会の名前が入っており、かなりの打撃を受けていたのだ。

 普段取引がなくても、その商会は印象深い。嫁いで暫くしてたまたま商人たちの集まりで挨拶をする事があったのだけれど、商会長もその妻も感じがあまり良くなかったのだ。向こうはお義母様と同じぐらいの年の方だったから、私のような若い商会長夫人を見下していたのかとも思ったが、ムッとしてしまった。帰ってからショーンとお義母様に彼らについて聞くと、二人そろってはぁと溜息をついた。


「あそことは夫が生きていたころから関係が良くないのよ」

「もとはと言えば俺の爺さんと向こうの先代の仲が悪かったらしいんだ。そこの仲が悪くなったのを切っ掛けに取引が無くなって、それきりよくない関係が続いてるのさ。……とはいえ向こうの代わりになる店や商人は他にもいるから、こちらとしては無理に関わる必要もないと距離を置いてるんだが、向こうがやたらと嫌味をかまして絡んでくるんだ。迷惑な事にな。次話しかけてきたら適当に頷いておいてサクッと逃げてくれ」


 あちらは宝石商、こちらは服飾中心の商会。

 完全に同業種だったりしたら、仲の悪化と共にお互い激しい足の引っ張り合いにでもなったかもしれないそうだ。

 だが幸いにも、無関係とはいいがたい職種だけれど違う仕事だし、お互いに宝石商も服飾の店も、この王都なら無数にある。だからアボット商会としては仲が悪いなら無理に関わる必要もないというスタンスだが、どうやら向こうが違い、度々絡んでくる……とまあ、そういう面倒な関係だとその時に聞いたのだ。

 それ以降も度々、複数の商人が集まるような場では顔を合わせる事もあり、その度に意地の悪い顔をして話しかけようとしてくるので少し執念深くて嫌だなと思っていたのだが……。



 その名前を見た時、もしやと思った。調べてみると、商会がタピラティ画廊関係者からいくつもの贋作を購入していた事は事実で、しかもそれは噂に尾ひれが付きながら広まりつつあった。……この尾ひれは一応、私が調べた範囲ではショーンが広めたのではなく、別の人々が広めた物だったようだけれど……。

 ともかく、宝石商なんていう、見る“目”が重要だと考えられてしまう職種の人が、偽物を持っていた、というのは、店の名前に大きく傷をつけたらしい。宝石と絵画は別物だろうと思うのだけれど、そう考えない人も多いらしかった。……或いは、元々例の商会と縁を切りたかった人々が、これ幸いと切っている可能性もある。

 宝石商としては大きい部類に入る店だったけれど、今回の一件で大きく客足が遠のいているようで、今はまだそこまで影響が出ていないが、この状態が続けば経営は危ういだろうと。


「目当てはあの宝石商だけなの?」


 一応、万が一にも誰かが聞き耳を立てていたら拙いと、小さな声でショーンに尋ねる。彼はクッと喉を鳴らした。


「お互い無関心、最低限の関わりだけをしようとこっちは何年も態度や言葉で示してやってたんだ。それを、半世紀以上前の事を未だに引き摺り、その上こっちが店を大きくするのに嫉妬してある事ない事噂を広めるなんて事までし始めた。これで暫くは他人の事に手なんて出せないだろう?」


 そんな事までしていたとは。他人を貶めるのに努力する時間があるのなら、商品を売れるように努力するとか、新しいお客様を手に入れるのに努力するとか、もっと出来る事があっただろうに。

 結婚して一年少しの私でも嫌だと思う相手だ、ショーンもお義母様ももっと長い間対応してきて、ついに我慢の限界だったのだろう。


「とはいえブリンドル伯爵にとっては幸運だったな。たまたま、詐欺師の本元がタピラティ画廊だと発覚した時に贋作を購入したんだから」

「……本当に偶然?」

「勿論」


 ……多分本当だ。だとすると、ある意味でアナベルにとっても幸運だったのかもしれない。詐欺師一人捕まえただけなら、ここまでの騒ぎにならなかった。あくまでも歴史のあるタピラティ画廊が裏についていると分かり、タピラティ画廊そのものへ捜査が入ったためにここまで噂も爆発的な広がり方を見せたのだ。


「あとあの詐欺師たちに嫌悪感があったのも事実さ。うちにも何度か売りに来てな」

「えっ、そうだったの?」

「ああ。購入はしなかったんだがその後もしつこく購入しないかと絡んできてな。当時は親父が死んで間もなくて、俺の事もババアの事も相手はなめ腐ってたんだろうが…………。あんまりにしつこいものだから、ババアが売りに来た奴を蹴り出した。勿論比喩じゃないぞ?」


 ……お義母様ならする。多分本当に蹴り出している。


「それを恨みに思ってか、他の所に売りに行った時にある事ない事吹聴しててな。ま、しつこ過ぎたと言えど蹴り出したババアも悪いんだが、朝から晩まで他のお客の対応をするのを邪魔して、無視したら客にまで絵画を売ろうとしたんだ、腹が立ったのも致し方ない」


 それは蹴り出したくもなる……。


「という訳で、メラニアのお友達の救出、個人的私怨、嫌がらせの三点セットだったという訳だ。うまくいって何より! その上、ブロック館長とお会い出来たんだからな」

「ただ少し顔を合わせて名乗っただけでしょう……」

「あの人は一度会った人間の事は忘れないんだそうだ。その上、今回は館長殿が気に入られているアナベル様を助ける場に、同じような立場で参加したんだ、俺の事は普通よりは印象付いているだろうさ」


 ショーンはご機嫌にエールをコップに注ごうとし始めた。……もう、飲みすぎ!


「これ以上は駄目! さっさと体を洗って、全身服を着替えて来て!」

「もう少し飲んでもいいだろう?」

「飲むにしても着替えてから!」

「はいはい、分かったよ」


 私の言葉にショーンは両手を上げて、やっと私を膝からおろすと立ち上がった。

 部屋から出る直前、ショーンは振り返るとニヤリと笑った。


「今日はご褒美に、ベッドで甘やかしてくれるんだろう?」

「~~~~っ!!!! ばかっ!」


 何てこと言うのだと憤慨する私に、ショーンは楽し気にケラケラ笑って今度こそ部屋から出て行った。もう、信じられない!

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― 新着の感想 ―
アナベルの旦那が素敵すぎるw どっかのクソ旦那とは大違い
[一言] ご夫婦円満でなにより!! ここんちの夫婦仲は悪くなさそう…と思ってましたが、シェーン割とメロメロでしたね…!! 長年の恨みも晴らせて何よりです。
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