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【書籍化】お飾り妻アナベルの趣味三昧な日常 ~初夜の前に愛することはないって言われた? “前”なだけマシじゃない!~  作者: 重原水鳥
第一章 ライダー夫人アナベルの日常

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【20】友人

 突如アボット商会の本店に訪れた私に、商会の方々はやや怪訝気味な雰囲気が漂っていた。当然だろう、突然貴族夫人が現れて、商会長の妻と会わせろと言い出すのだから。

 だが一人の人が馬車や降りてきた侍女のジェマの名乗りを聞いた途端、顔色が変わり対応も様変わりする。すぐさま奥の重要なお客様を通すだろう部屋に通されて、メラニアを待つ事になったのだ。


 ちなみに、本来ならばジェマが外に出てくることはないはずだったのだが、ジェロームの代理でついて回る事になっていた方が本日不在だったので、急遽私の身の回りの世話役であるジェマが付いてきてくれたのだ。これは私が連絡を受けた後大急ぎで出ようとしたので、緊急としてされた対応だった。

 使用人の数が少ない貴族ならばともかく、多くの使用人を日々雇用している高位貴族ならば役割毎に使用人の仕事はハッキリわかれていて、自分の領分でない仕事をすると叱られる事すらあるという。侯爵家では本来の業務を疎かにしないのであれば他人を手伝うのは暗黙で見逃されているようだったが、王城とかでは発覚するとむち打ちや減給、最悪の場合クビに成る程の罰が与えられる事もあると言う。

 ジェロームは屋敷の主人らに付き従って外に出回り他の人々への対応をする事も前提で雇われているので、そのような心構えが出来ている。一方でジェマは屋敷の中で、主人の世話をすることが仕事であり、外でライダー侯爵家の使用人として対応する事は全く想定していない事態だ。私が大急ぎで出てきたせいでこうなってしまったのだが、カチコチに緊張しているジェマを見て申し訳なさが今更ながらに出てきた。最近の悩みだったものが一つ解決した事で、私の方にも心の余裕が多少出てきたようだ。


「ジェマ。今から会うのは私の友人だから、大丈夫よ。ごめんなさいね、こんな所まで連れてきてしまって」


 私の実家とライダー侯爵家の往復だけという話で出立していたのに、帰りにアボット商会に寄ると言い出したのは私だ。

 私の謝罪にジェマはむしろもっと恐縮してしまったようで、勢い良く首を横に振る。


「い、いえ! 謝られないでください若奥様っ! わ、わたくしの問題でございますっ」


 絶対に違うと思うのだけれど、ここで私がいくら声をかけても追い打ちだろうか……? と思っていた時、ドアが開いた。


「いらっしゃい、アナベル!」


 アボット商会の本店に殆どなんの連絡もなく訪れた非常識な私を、メラニアはそう言って歓待してくれた。

 少しぶりの再会を喜ぶように私たちは両腕を広げてハグをした。


「それで今日はどうかしたの? 先々の出掛ける予定を立てに来てくれた……という訳ではないのでしょう?」


 流石と思ったが、そういう風にメラニアが考えるのも当然だった。

 何せ今まで出かける約束は、お互いに手紙を送り合うか……或いは実際に会った時に、次はいついつに出掛けようなんて決めるのがお決まり。わざわざ相手に会いに行って予定を立てるなんて事はしたことがない。


 それに、私は直前にメラニアに相談事を持ち込んでいる。恐らくそれに関係あるとは、メラニアも察してくれているだろうが、彼女の方からそれを持ち出しはしなかった。私から話すのを待ってくれているのだ。


「ええ。この前の事なのだけれど……」

「少し待って頂戴ね。皆、悪いけれど暫く二人きりにしてくれる? 女同士の大事なお話よ」


 部屋に出入りして紅茶を運んだりあれこれしてくれていたアボット商会の人々に、メラニアはそう言った。彼らは心得たようにすぐに出て行き、ドアもしっかりと閉じられた。正確には後ろにジェマがいて二人きりではないが、こういう場合、主人が遠ざけようとしない限りは付き人は人数に数えなかったりする。

 前回は問題が起きたばかりでジェロームにもあまり知らせないように立ち回っていたが、既に事の経緯は私と近しい使用人たちには伝わっているので(それでも口の堅い者だけを選んでいるとギブソンやアーリーンから聞いている)、ジェマがいても気にならない。


「それで。何か進展があったのよね」

「ええ。実はお父様を騙した人が、個人の詐欺師ではなかったそうでね……」

「という事は、タピラティ画廊の関係者だったのね」

「た、タピラティ?」


 首をかしげる私にメラニアは口元に指を持って行きながら言う。


「数日前に話題になったの。タピラティ画廊というのはそれなりの歴史がある画廊なのだけれど、急に警吏が押し入っていったって。暫く大騒ぎで、その後その時に画廊にいた店員たちは皆警吏に連れていかれたそうよ」


 流石メラニア。引きこもりの私と違い、耳が恐ろしく早い。


「多分、そう、だと思うわ。私は直接警吏と話していないので名前までは知らないのだけれど……」

「アナベルが直接警吏と話す事なんてそうそうないでしょう」

「そうね」


 今の私の立場は高位貴族の妻だ。しかも侯爵家の嫡男。

 ハッキリと証拠のある犯罪の被害者か加害者でもない限り、私が直接警吏と相対して会話する確率はかなり低い。そういう者が訪ねてきても、代理として執事などが対応する事が殆どだろう。


 どこまで話しただろうか。ああ、まだ何も話してなかったか。


「それで……証拠品として警吏がお父様の購入した絵を持って行ってしまったらしくてね、少しバタバタしていたのだけれど……」

「うん」

「もうね、絵画をどうにかするのは諦めたわ。代わりのものを用意するのも……」

「大丈夫なの?」

「大丈夫ではないけれど、もうどうしようもないわ。絵画以外の点で、挽回するしかないとなったの」


 もうパーティまで半月程度しかない。このタイミングで本物の価値の高い絵画を手に入る機会が訪れるとは思えないし、そういう機会があってもそういう場所には私が行けない可能性が高いし……。


「それでね。本当に急なのだけれど、メラニアにお願いがあって今日は来たの。私の弟のフレデリックに、話術……と言えばいいのかしら。本人からね、パーティを成功させるためにも今から、付け焼刃になるかもしれないけれど学びたいと言われて……私はそういう人を呼ぶ伝手とか全然ないから……良ければメラニアに、そういう事を教えられる人の当てがないかと思って…………急な話だし、お金は通常より少し上乗せして払うから!」


 自分で言葉にすればするほど、急すぎるお願いだと思う。だけどそれを気にしてもどうしようもない。

 自然と前のめりになりながら懇願する私に、メラニアは頷いた。


「分かったわ。でもそうね、急に動かせる……話術が得意な……」


 そこまで呟いた所で、メラニアは思いついた、という顔をした。それから立ち上がり「少し待っていて」と言うとトタトタトタと部屋を出て行った。その少し後に、遠くでメラニアが大声を出しているのが聞こえた。


「ショーン、ショーン!」


 名前からして男性を呼んでいるようだ。この店の従業員か誰かを呼んでいるのだろうかと思ったが、それから暫くしてメラニアはそのショーンという人を連れて戻ってきた。


 名前の予想通り、現れたのは男性だ。年齢は、私たちより一回り以上年上に見えた。私の夫よりも年上だろう。顎に生えている髭は綺麗に短く切りそろえられている。着ている服もいつも手入れされているのがしっかりと分かる服だった。細めの目は不思議と、子供のようにキラキラと輝いていた。


「アナベル。紹介するわ、夫のショーンよ」


 メラニアの言葉で私はハッとした。アボット商会のトップであるメラニアの夫。名前は私も聞いた事があったのに、どうして先ほどメラニアが呼んでいる時には気が付かなかったのか。慌てて私は立ち上がり、礼をしようとしたが、それよりも先に男性は胸元に片手を持っていき頭を下げてきた。


「お会い出来て光栄です、ライダー若夫人。メラニアの夫でアボット商会の商会長を務めております、ショーン・アボットと申します。妻がいつもお世話になっております」

「こちらこそ、お会い出来て嬉しいですわ、アボット様」

「是非ショーンとお呼びください。メラニアからお聞きしましたが、話術について学びたいというお話で……」

「ええ。私ではなく、弟なのですが」

「なるほど。パーティの日取りを伺っても?」


 母から聞いていた日付を伝えると、ショーンは右手の中指と親指を何度もつけて放して、という事をしている。

 その指の動きが収まると、今度は横のメラニアに視線を向けた。


「グーバとの商談はデイヴィスに任せよう。布の買い付けはアーロンに、ベルローズとの詰めはユーイン一人だと不安があるが……」

「私が行くわ」


 メラニアの言葉と笑顔には自信が満ち溢れていた。


「助かるよ。じゃあユーインには話しておくから、張り切ってくれ。……よし、それならなんとか」


 それから、口角をキュッと上げた笑顔になり、私へと顔を向けた。


「お任せ下さい。ブリンドル伯爵家のパーティが成功できるよう、最善を尽くさせていただきます」

「アナベル、夫は従業員へ話し方を教える事もあるし、貴族とも仕事をしているからマナー的にも大丈夫よ!」

「っえ? …………えっ!?」


 ショーン様の言葉では一瞬何を言われたか分からず、次いでメラニアの言葉で提案された事を理解して、私は扇を広げるのも忘れて声を上げてしまった。

 慌てて、ショーン様の横にいるメラニアを引っ張ってきて顔を近づけて小声で話す。


「待ってメラニア、ショーン様は商会長でしょう? そんなお忙しい方に無理に時間を割いてもらうだなんて、申し訳ないわ。大切な商談を後回しにしてまで…………。ブリンドル家はアボット商会と懇意な訳でもないのだし……」

「大丈夫よ。確かに頼んだのは私だけれど、本人が受けると決めたのだし、仕事だって別に無理に割いてる訳じゃないわ。どれも大事な商談ではあるけれど、別に無理にショーンが参加しなければならない訳ではないのよ。うちは人手のない小さな商会ではないもの。ただショーンが仕事をしてるのが好きだから、あれこれと足を運んでいるだけなのよ。デイヴィスもアーロンもユーインも、全員それぞれの業務の責任者だし、一人でやれるわ。あ、ユーインの場合は私も参加する事になったけれどね。気にしなくていいわ」

「き、気にするわよ……」


 私がメラニアと会話をしている間に、ショーン様の周りには数人の商会の人間が短い会話をしては指示を貰って去っていく。説明を聞いてはすぐにどうしろこうしろと指示を出すショーン様はどう見ても、どう考えても、私とは違い、本気で、激務の人だ。いつもする事がなくて美術館やら劇場やらに通い詰めている私のような暇人とは全然違う。


 勿論メラニアの夫なら、信頼は出来る。

 前から少しだが話には聞いていたし、直接会っても思うけれど、良さそうな人だなあとなんとなく思う。

 いやだが、でも、迷惑をかけて……。そう言葉を漏らす私に、メラニアが眉を寄せた。


「アナベル。私、迷惑なら迷惑とすぐ言うわ。貴女の頼みは、私にとって迷惑でもなんでもないの」

「メラ、ニア……」

「確かにブリンドル伯爵家はアボット商会と懇意な訳ではないわね。でもどんな所から良い伝手が出来るかなんて分からないわ。……そういう事にしておけばいいのよ」


 メラニアはパチンと片目を閉じた。


 突然出てきた茶目っ気に少しだけ呆気にとられたものの、彼女の言わんとしている事を理解して、私は唇を噛みしめる。それから、また口から出てきそうな後ろ向きの言葉をなんとか呑み込んだ。


「…………ありがとう、メラニア」

「ふふ、どういたしまして!」

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