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【書籍化】お飾り妻アナベルの趣味三昧な日常 ~初夜の前に愛することはないって言われた? “前”なだけマシじゃない!~  作者: 重原水鳥
第一章 ライダー夫人アナベルの日常

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【19】事態の進展

 次の日も実家に行こうかと思った私だったが、母から連絡があった事で止めた。


 母からの手紙には、昨日私が急いで駆け付けた事への感謝と、あまり連日私が出入りしては目立ってしまうかもしれず、ライダー侯爵家に大きな迷惑をかけてしまうかもしれないから、来なくて大丈夫だと書かれていたのだ。


 しかしそれでは私の方が不安に苛まれてしまう……どうしようかと頭を抱えていた私に、ギブソンがこう提案した。


「若奥様ご本人の代わりには到底なりませんが、愚息をブリンドル伯爵家に向かわせるというのはいかがでしょうか」

「ぐそく……?」

「私の事ですね」


 ギブソンの後ろから、ひょこりとジェロームが顔を出す。

 私は自分の目が点のようになったのを感じた。


 私の反応を見たギブソンは、すぐに後ろのジェロームを睨む。


「挨拶もまともにしていなかったのか」


 いつも冷静で落ち着いているギブソンの、そんな責めるような口調など初めて聞いたので、私の体は更に硬直してしまった。


 その後、ジェロームのフルネームはジェローム・ギブソン・ジュニアであり、ギブソンの長男であったとこの日初めて私は知った。

 ジュニアと呼ばれている所は何度か見かけていたのだからその時に誰かの息子だと気が付いてしかるべきだったし、確実に使用人の関係性も把握していない私が悪いのだけれど、結局ギブソンにジェロームが絞られてしまった。ジェロームに本当に申し訳ない。


 ギブソンの提案は採用されて、私がブリンドル伯爵家に行けない分、暫くの間ジェロームが伯爵家にいてくれる事になった。普段ジェロームが付いてきてくれている分、代理の従者が選ばれたものの、このような状況で美術館だ劇場だと回る元気はない。結局屋敷の外に出掛ける事は無かったので、決めてもらった代理は無駄になってしまった。



 ■



 事が動いたのは、警吏が偽物の『小麦畑』を持ち去ってから四日も後の事。

 ジェロームが寄越した連絡で私は再びブリンドル伯爵家に向かった。事前にギブソンが夫にも連絡をしてくれていたらしく、この問題が解決するまでの間、私が実家に帰る事や家族と会話をする事は問題ないらしい。私の悩みに対して手を回してくれるギブソンには、本当に感謝してもしきれない。


 そうして実家に赴いた私は家族ではなく、ジェロームから説明を受けた。

 殆ど警吏と会話をしたのはジェロームだったそうだ。


 ……家族たちのジェロームに向ける視線が大分縋るというか、キラキラしているというか、救い主に向けるような感じの目で、こう、何が起こったのかをなんとなく察してしまった。恐らく弱気でなめられていた我が家の人間をフォローして、警吏たちと話してくれたのだろうと思う。


「まず若奥様が一番不安に思われていた点からご説明いたしますが、今回警吏たちが絵画を持って行ったのは犯罪の証拠品であったからで、ブリンドル伯爵家がその犯罪に加害者として関わっていると考えている訳ではございませんでした」


 その一言にホッとする。

 加害者として関わっている訳ではない…………つまりは、まあ、被害者としては関係者という事なのだがそんな事は贋作を買わされているのだからそれは当然だ。そこはいい。


「押し入るようにして屋敷に入り、説明もなく絵画を持って行った事については謝罪して頂きました。加害者ならばともかく、被害者にする対応ではありませんでしたからね」

「……ありがとう、ジェローム」


 やはりジェロームが間に立って謝罪を要求してくれたようだ。

 犯罪者でもないのに、もしここで警吏たちに謝罪の一つもしてもらえなければ、ブリンドル伯爵家は警吏からそれほど軽んじられている家という事になる。噂は必ずどこかで回る。そうして、警吏に軽んじられたとなれば、嗤い話になる。

 我が家の汚名は既にいくらでもあるけれど、これまでの汚名はどうしようもなくても、これから先の汚名は少しでも少なくしたい。


「犯罪というのは……やっぱり、絵を売った所が?」

「ええ。表向きは個人で絵を買う人間を探すように装っていたようですが、実際には組織化されていたようです。その大本が、名前はまだ明かせないそうですが、王都の画廊だったとのことです。ブリンドル家だけでなく数多くの貴族相手に贋作を売りつけていた事が発覚し、摘発されたという事でした。前々から詐欺で調べられていたようで、たまたまこのタイミングで発覚し、販売してからそれほど時間が経っていなかった事からブリンドル家ならまだ絵画を処分したりしていないだろうと取りに来た、という事でした」

「そうだったの……」


 どの程度の範囲の貴族相手にあくどい事をしていたかは分からないが、我が家はただ被害者でしかない。しかない、が……。


「ジェローム。その事は世間にいつ公表されるのかしら」

「そこまでは……ただもう摘発は終わっているようでしたから、恐らく噂が回るのは近日中の事と思います」


 画廊が大本だったのなら、そちらへの捜査は目立ったはずだ。周りもその建物が画廊だと分かっているだろうし、説明が無くても「何かあったのだ」と人々の口から口へと噂は回る。

 どうしたものかと頭を抱えたくなる。

 とはいえ出来る事は殆ど決まっている。

 ここで被害者であることを隠しても、我が家から絵画が持っていかれた事は、もしかすればどこからか漏れているかもしれない。漏れなくても、後からバレる方が悪い印象になりかねないから、出来ない。


 頭を押さえながら、両親の方を見る。


「お父様。お母様。今すぐ、来月のパーティに参加してくださると言われた方々に、手紙を送りましょう。こうなった以上、例の絵が贋作であったと先んじて認めるしかないと思います」

「そうするしかないだろうな……」


 偽物すら手元にないのだ、ここまできたらどうしようもない。今のところ『小麦畑』を超える絵画も思いつかないし手に入れられていない。もう、諦めて、騙された事も贋作を買った事も公表するしかないだろう。

 また笑われるだろうし、パーティに参加する人も少なくなるかもしれないが、仕方ない。

 お手上げだ。


 流石にこうなれば、父もどうしようもないと肩を落として私の言葉を肯定した。


 肩を落としているブリンドル家の人間を見た後、ジェロームが私を見つめた。その視線に、何か言いたい事があるのだろうと察して彼に促すと、彼はこう提案した。


「その手紙の内容に、この事件についての情報を含ませてはどうでしょうか。貴族は噂を人より早く知りたがります。事件の概要について他者より一足早く知れる事に喜ぶ者もいるでしょう。詳細については手紙では話せないので、等と付け加えれば、パーティに参加する家も、想定よりは減らないかもしれません」

「でも、パーティまでに公式に事件の内容が発表されればわざわざお父様たちから聞く必要もなくなってしまうわ」

「そんな事はありません。警吏から発表されたことが、そのまま真実とどのぐらいの人が思うでしょうか。貴族が関わっている事であれば猶更、何かを隠したり誤魔化したりしていると思う事でしょう。当事者しか知らない情報を聞き出せるかもしれない……そう思う人も多いと思いますよ」


 ジェロームの考えに確かに……と思った。

 大分下世話な事を好む人たちが来る事にはなってしまうだろうが、お父様の手紙で参加を決めたような人たちなら――つまり、お父様が贋作をつかまされたのだろうと想像した上で来ようとしていた人たち――元々“下世話”だろうし、そこは今更だ。


 絵画の件を誤魔化す事はもう出来ない。

 代わりに来月のパーティを少しでもよく出来るように考えるべきだ。そのパーティの出来次第で、今後のフレディやジェイド、レイラたちの苦労具合が変わるかもしれない。


 私だけでなく、母もそう思ったのだろう。背筋を正し、頷いた。


「……分かりました。では手紙は私が書きます」

「それがいいと思うわ」

「賛成」


 母の言葉に即座に私とフレディが頷く。

 母の横に座っていた父も、母の方を見て、弱弱しい声で「すまない……」と呟いた。母はそんな父の手を握り「お任せください」と微笑んだ。

 これだけ見るとお互いに想い合い微笑ましい夫婦なのだが……この情けない姿が良いのだろうか? 男女の仲は摩訶不思議だ。


「ギブソン様。申し訳ないのですが、よろしければ手紙の内容についていくらかご相談させて頂いてもよろしいでしょうか?」

「勿論です。私でお力になれる事でしたら」


 母のお願いにジェロームは気持ちよく頷いた。


 ……これで悩みが解決、とはならないのが難しい所。


 手紙を送った後の反応はある程度「こうでは?」と予想は出来ても、それがその通り現実になる訳ではないから、そもそもお客さんが全然集まらない可能性もある。

 下世話な噂話で人を釣れたとしても、これから先もそういう噂話だけを求める人たちが集まる場を作る訳にはいかない。だからそのパーティの中で出来る限り、相手に良い印象を持ってもらったり、関係を築くしかない。


 だがそこに入ると、もう私が出来る事は殆どない。その場に居合わせて助ける事なんて出来ないからだ。

 パーティに参加すれば家族以外の貴族とも関わらなくてはならなくなる。家族と関わる事は許しても、不特定多数の貴族と私が関わる事を夫は許さないだろう。

 実際に対応するのは、父母やフレディたち。皆が上手く対応できるかどうか……。


「姉さん」

「……どうかしたのフレディ」


 少し考え込んでしまっていた私だったけれど、フレディに声をかけられたので考えを止める。


「頼みがあるんだけどさ」

「何かしら?」

「姉さんの知り合いで、人付き合いが得意な人っている? パーティの前に少しでもそういうの、出来るようにした方がいいと思って。……姉さんは、パーティには参加できないんだろう? 準備は姉さんたちに助けて貰えても、パーティは俺たちだけで乗り越えなくちゃいけない。多分、今の俺の話術……って言うの? それじゃあ駄目だと思うんだ。でも俺の知り合いで、教えてもらえるような人っていないし……ジェロームさんにお願いしようかと思ったけど、母さんの手伝いをするなら、そこまで頼めないし……。……助けてもらってばっかりだけど、姉さんの知り合いで、そういうの、出来る人がいたら助けて欲しい」


 人付き合いが得意……そう言われて浮かぶのは、メラニアだ。直接お客様と対応することはそう多くないみたいだけれど、旦那さんと一緒に色々な集まりに顔を出したりしているそうだから、極端に出来ないという事はないのではないかと思う。

 というか、紹介……出来る人、メラニアぐらいしか思いつかない。他の人間の伝手がない。私が。

 メラニア自身が出来なくても、メラニアなら他に対人の助言が出来る人を教えてもらえるかもしれない。


「分かったわ。でもフレディ、教えてもらうというのも勿論、無償でというのは難しいわ。大丈夫?」

「大丈夫。…………だと、思う。多分。そういうのって、いくらぐらいが一般的なのか、知らないんだけど……」


 私も知らない。そこも含めてメラニアに聞くべきだろう。

 月として見ればパーティは来月の事だが、日数としてはもう半月もない。早い方がいいだろう。


「分かったわ。出来る限り早くお願いしてみる。……でも、断られたりしたらごめんね」

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― 新着の感想 ―
[一言] 短編も面白かったのですが、連載で色々事件も起こっていたのかとさらに楽しく読んでます。 お仕事もありますし、何より暑すぎますし、無理せずお過ごしください。
[良い点] 続きを楽しみにしています! 問題解決に向けて周りのひとたちが集まってきて協力していく雰囲気がすきです。
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