side リハルザム 13
ぴちゃっ。
真っ暗な下水の中、うごめく影。
脇道から飛び出して来たネズミに、その影が飛びかかる。
べちゃっ。
一見、スライムのようなその姿。その体内にネズミが取り込まれる。一瞬だけ、もがき苦しむネズミ。しかし、その口から侵入した粘液で気道を塞がれ、あっという間にその命を絶たれてしまう。
「ねず、み。少なくなってきた、か」
粘体だけに見えていた部分からにゅっと人型が生えてきたかと思うと、そんな事を呟く。
人型についている顔には、色濃くリハルザムの面影が残っていた。
キノコで出来た舌の使い方にも慣れたのか、声も前に比べて聞き取りやすいものへと変わっていた。
「ルストの、野郎、に送り込んだモグラモドキは全滅、した。いまいま、しい」
リハルザムの体内に取り込まれたネズミの肉が急速に溶けていく。
ネズミはあっという間に骨だけになり、その骨すらもぼろぼろと溶け出していく。
食事を終えたリハルザムは、寝床にしている地下の大広間へと向かう。
ここは王都の地下に広がる下水道だった。魔族として、地上から追いたてられたリハルザムはこの地下の下水道に巣くっていた。時には虫やネズミを先程のように食べ、時にはその体から菌糸を放出し分身体を作り出すと、身近な生き物へと寄生させていた。
自らの分身たるキノコを寄生させた生物は、リハルザムの手駒となり、特に相性の良い個体とは感覚の一部を共有することすら可能となる。
また、他の生物をその手駒に吸収、合体させられることに気がついたリハルザムは、積極的にキノコを他の生き物へ寄生させる事に腐心していた。
そうして出来上がったモグラモドキの軍団を先日、ルストへとけしかけたのだ。結果は、見事に玉砕してしまったが。
何ら実りのない行動だったが、そのルストへの妄執こそが、リハルザムが人間だった時の自我を維持するための唯一のよすがとなっていた。
「もぐ、らや、ねずみじゃ、だめ、だ。もっと強力な、もっとつかえるやつが、いる」
ぶつぶつと途切れ途切れに呟きながら、自らの巣へと戻ってきたリハルザム。
そこは壁一面が菌糸に覆われ、頭からキノコを生やしたモグラモドキが主人たるリハルザムのためにバタバタと動き回っていた。
ゆらゆらと人型の部分を揺らしていたリハルザムの元へと、そんなモグラモドキのうちの一匹が報告に向かう。
「なんだ、いま、いそがし、い。──しんにゅうしゃ、だと? わかった、案内しろ」
リハルザムは粘菌部分を大きく広げると、モグラモドキへと飛びかかる。そのまま、その記憶ごと、モグラモドキを取り込んでしまう。
取り込まれたモグラモドキは虫を吸収していた個体だった。その虫の複眼に写った映像をリハルザムは追体験する。
複眼の視界の中、下水道に現れた人影が三つ。装備から見て、人影は調査に来ていた冒険者だった。
しかもそれはリハルザムと顔馴染みのデデンとその仲間の三人だった。
「デ、デンか。懐かしいじゃ、ないか。俺を、置い、て無事に逃げのびたのか。これは歓待して、やらんとな。ぐふっ、ふは、はは」
ひとしきり笑い声を響かせると、リハルザムは粘菌形態に変化し、地面を這いずりながら移動していった。




