side リハルザム 10
粘菌によって運ばれるという、みっともない格好をさらしながら、王都へと帰って来たリハルザム。
なけなしの自負が残っていたのか、王都へと入る直前で粘菌を停止させると、その中から泳ぐようにして這いずり出る。辺りに菌を撒き散らしながら。
ようやく全身が抜けると、スクロールを取りだし、粘菌を送還するリハルザム。
頭の先から爪先まで、べとべとだ。
その左足はさらに腫れて、もとの太さの三倍近くまで大きくなっていた。
通常時であれば不審人物として衛兵に呼び止められ詰め所に連行されても全くおかしくないぐらいの風体だが、なぜかすんなりと王都へと入ることに成功するリハルザム。破けた服の隙間から覗く、錬金術師のメダリオンにもべったりと砂ぼこりとキノコスムージーと粘菌の粘液がこびりついて、判別しづらくなっているにも関わらず。
しかし、当の本人の頭のなかにあるのはルストに対する激情と自らの膨らみきった左足、錬金術協会にあるポーションのことばかり。
王都に漂うピリッとした雰囲気に、リハルザムは全く気がついていなかった。
道行く人自体が少なく、そこかしこには怪我をしてうずくまる人の姿すらある。皆、大なり小なりその身は汚れている。まるで大規模なモンスターの襲撃でもあったかのような街の様子だ。
そんな中を、リハルザムは、とぼとぼと足を引きずり錬金術協会へと歩いていく。相変わらず痛がる様子はない。まるで感覚を麻痺させる何かが膨らんだ左足の中から分泌されているかのように。ただただ、ふらふらと虚ろな顔をして、歩きにくそうに進むリハルザム。
そして、ようやく錬金術協会の建物のあった場所へと、到着する。
リハルザムの目の前に広がるのは、瓦礫の山だった。
ぼーとその瓦礫の山を見つめるリハルザム。
どうやら現実を、リハルザムの脳みそは認識するのを拒んでいるのだろう。
首を振り、左右を見るリハルザム。
左右の建物は損壊している箇所がみられるが、いつもとあまり変わらない、錬金術協会に通う人間にとっては見慣れた風景。
しかし一転、錬金術協会の建物へと視線を移すと、そこは完全に倒壊し、破壊され、瓦礫とごみだけがその目にうつる。
ペタンと尻餅をつくリハルザム。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……。こんな……。こんなことが、あるはずがない。俺の人生をかけていた職場が──」
と虚ろに呟くリハルザム。
そこに声がかかる。
「おや、リハルザム師ではないですか。お帰りですかな。ふむ、だいぶ侵食されてますな」と男の声が静寂の中、響く。いつの間にか人通りが絶えている。
男はフード付きローブを身に着け、深々とフードを下ろしている。その風貌はよくわからない。
「ああ、これですか」とリハルザムの視線を追って瓦礫の山を指差しながら男は続ける。
「いやはや壮観でしたな。あんなにたくさんのアーマーサーモンが、まさか空から襲ってくるとは。しかも明らかに錬金術協会が狙われていたみたいでしたよ。まるで何かアーマーサーモン達が好む品物がそこにあったかのようですな。ただねえ、めんどくさい女剣士が居ましてな。たまたまアーマーサーモンが大量に襲ってきて、よしきたっと思っていたらその女が大活躍、ですよ。この場所以外は程々にしか被害も出なくてねえ。本当にやってられませんよね」
「あ、あなたは?」と虚ろな表情をしたリハルザムがその男の方を向く。
「いやはや、ただのしがない一人の男に過ぎません。ただねえ、リハルザム師にはお礼をしなければと思っていたのですよ。あんな欠陥品の魔導回路を作って納品するとはね。お陰でね、計画はおじゃんですよ。おじゃん。これはたっぷりお礼をせねば、とね」
と、片手の指を広げる男。まるで蜘蛛の足のようなその手で、リハルザムの顔を正面からがっしりと掴む。うっすらと黒いもやが指にまとわりついている。
「うがぉっ」と奇妙な声をあげるリハルザム。
その顔に、アザが浮かび上がってくる。それは神官騎士タウラの顔に刻まれていたものと良く似ていた。
「お、これはこれは。ふむ。ふむふむ。素晴らしい拾い物かもしれませんね。体内の魔の成長は非常に順調。魔法適性は菌類への親和性が抜群。そして、何より負の感情に満ちている。これはひょっとしますよ」と急に嬉しそうに話す男。
リハルザムはその間、尻餅をついたままびくびくとけいれんするばかり。
「リハルザム師、あなたには素晴らしい物をプレゼントしますよ。なーに。お礼ですので感謝なんて不要です」
リハルザムの頭をつかむ男の手から、大量の黒いもやが溢れ出す。それがリハルザムの目に、鼻に、そして、口へと入り込んでいく。
すると、リハルザムの顔面に刻まれたアザがぐにぐにと書き換わり始める。
「まるで生まれ変わったかのように新しい人生が待っているはずです。いやはや良かった良かった。無理してここに残っていたかいがありましたよ。それではこれで失礼しますよ。あの女がいつくるかわかりませんでな。それでは良き魔族ライフを!」
そういい残し、男が去る。通りに、喧騒が戻った。




