side リハルザム 9
べっとりとしたキノコスムージーの痕跡を大地に点々と残しながら、一目散に逃げるリハルザム。
もう何がなんだかわからないぐらい、その身は汚れていた。王都を出発した時と同一人物だとは到底思えないほど、ずたぼろで、みすぼらしい姿になっていた。
その口からは呪詛のように不満とうっぷんを垂れ流しながら。
「はぁ、はぁ。ルストめ! ルストめ! あの野郎、よくもよくも! この報い、絶対に受けさせてやるからなっ。あいつだけで、済ませて、やるものか。あいつの周りの人間、全てに復讐してやる、ぞ」
逃げながら大声でわめき散らしていたので、息が荒くなってくるリハルザム。
「絶対に、絶対にだ。絶望を味わわせてやる。屈辱づけにしてやる。何がえ、無理です、だ。最初からあいつは気にくわなかったんだ。ちょっとばかしの才能を鼻にかけやがって。お高くとまりやがって──」
妄言を吐きすぎて、徐々に走る速度も落ちていくリハルザム。やがていつの間にか、リハルザムは無意識のうちに左足を引きずるようにし始める。その左足の太股が、大きく腫れはじめていた。モンスターの体の一部が残ってしまっている部分を中心として。
しかし不思議な事に痛みがほとんどないのか、激昂したままのリハルザムはそのことに気がつかない。
わめき散らし過ぎて息が切れ、立ち止まるリハルザム。膝に手を当てはあはあと息を整えている時に、ようやく自分の体の変化に気がつく。
「あっ? なんだこれ?」
左足にもべっとりとついたままのキノコスムージー。それをこそげとる。ようやく現れてきた左足の太股は倍近くまで膨らんでいた。
「おいおいおいおい! なんだ、なんだってんだよ……」
急いで残り少ないストックから、ポーションを取り出すとリハルザムは震える指で一気にあおる。
「なんでだよ、何で効いてないんだよ!」
やけになったかのように残りのポーションも全て取り出し、飲み干してしまうリハルザム。
「おかしい、全然効かないぞ……。どうするどうする──」頭をがしがしとかきむしるリハルザム。髪の毛についたキノコスムージーが飛び散る。
「いやまてよ。協会まで戻れば、最高級のポーションがあったはずだ。あれならきっと治せる! 仕方ない、これは服が汚れるから使いたくなかったのだが。……いまさらか」
自分の体を見下ろしながらそういうと、リハルザムは一本のスクロールを取り出す。
「《異空間接続》《我が肉を這え》《寄生型錬成獣四号 粘菌王》」
再び展開したスクロール。そのスクロールの魔法陣へと腕を突っ込んだリハルザム。
リハルザムが腕を抜く前に、魔法陣と腕の隙間からリハルザムの腕を這うようにして何かが飛び出してくる。
そのままリハルザムの全身を這い回る、それはキノコの実体とも言うべき粘菌だった。
「王都まで俺を運べ」と、リハルザムがその粘菌へと命令する。
粘菌がブワッと広がったかと思うと、リハルザムの体へ、覆い被さる。
すっぽりと飲み込まれたリハルザム。その顔と手だけが巨大粘菌から飛び出すように粘菌が調整している。
その時だった。
粘菌が急加速していく。
それはリハルザムが走る何倍もの速さ。
そして、リハルザムの顔と手だけが出た状態で、粘菌は一路王都を目指して去っていく。リハルザムの腫れた左足の中では、じゅくじゅくとしたものが生まれつつあった。




