SS 選ばれなかった者《第三世界:第52話から第53話/狭間の時》
ページの下部にコミック三巻の画像とリンクを貼った記念にSS更新です。
試し読みもできるみたいです!
※こちらのSS、ちょっと残酷な描写あります※
「きょ、協会長! 大変です! 外に何かがっ。たぶんモンスターです」
「なんだなんだ、騒々しいぞ。──お前はたしかリハルザムのとこの……見習いだったか。この王都にモンスターなんて出るわけないだろう。ふん」
ふんぞり返ってパイプをふかし続ける錬金術協会の協会長。駆け込んできたトルテールをちらりとみると、めんどくさそうに返事をする。
「いや、でも。その、あれを──」
「リハルザムもリハルザムなら、その下もこれか。都合のいいことをいって、結局、口だけ。武具錬成課はみんなそうなのか? おい、見習い。私は忙しいのだ、さっさと……」
「あの、その──」
モゴモゴと口を動かしながら、震える手で窓の外を指差すトルテーク。
やれやれとしたしぐさで、後ろを振り返る協会長。
「……なんだあれはっ! おい、どうなってる!」
窓の外の空、そのうちの一角。そこに無数の黒いものが集まっている。
スカイサーモンだ。その数はルスト達のいる野営地を襲った数と、ほぼ同じぐらい。
そしてそのほとんどが、錬金術協会を目指しているような動きをみせる。
まるでここに何か、スカイサーモンたちが求める物が在ることを本能的に知っているかのように。彼らに空をおよぐための翼を与え、新たなる種へと生まれ変わらせた、何かが。
その源流へと遡上するかのようにどんどんと近づいてくる、スカイサーモン達。その姿がだんだんと細部まではっきりと視認できるようになる。
「魚に、羽が生えてるだと! あんなモンスター見たこともないぞ」
「あ、アーマーサーモンの変異種ではないかって、サバサが。彼の実家、川漁師で……」
「マスターランクの錬金術師たちは、何をしているっ!? なぜ誰も私を守りに来ていないんだっ」
「みなさん、トラブル対応で出払ってます。見習いしか、今はいません。それでその……どうしたらいいですか、協会長?」
焦ったように早口になっていた協会長がそこでピタリと口を閉じる。
「よし、お前に指示を与える。お前は他の見習いたちに、ありったけの武器をわたせ。武具錬成課なら、何かあるだろう? それで錬金術協会を、この建物を守るのだ!」
「そ、そんな……」
「錬金術協会の武器だぞ! モンスターなんて何てことはないっ!」
「──わかりました。えっと、武具は、どれを使ってもいいんですか?」
「かまわん」
「それであの協会長は? 出来たら現場で指示を……」
「私は忙しい。ことは協会の存亡に関わることだ。いいから、さっさといけっ!」
「わ、わかりました!」
協会長の怒鳴り声に急ぎ足で部屋をあとにするトルテール。
その姿が見えなくなったのを確認すると、協会長は素早く部屋の鍵をかける。
「不味い、不味いぞ。これまで順調だった私のキャリアが。せっかくハルハマーの野郎を、政変を利用して追放して得た地位がっ! いや、もう十分だ。最近はリハルザムの野郎のせいで大して旨味もなくなった」
神経質な様子でドアの前を行ったり来たりする協会長。
「そうさ、もうこんな所にいる必要はない。どうせ見習いどもだけじゃ、時間稼ぎにしかならん。それならもういっそ……」
急いで自分の机に戻ると鍵を取り出す。そのまま、机の背後に設置された金庫を開けると、中身を手持ちの鞄へと乱雑に詰め始める。
「少し早いが、まあいい。引退だ。私は引退する! そう、これは引退だ、引退。退職金をもって、と」
誰もいない空間に向かって宣言するように告げると、パンパンに膨らんだ手提げ鞄を引きずるようにして歩き出す協会長。
そのときだった。錬金術協会の建物が激しく何度も揺れる。
何かとても堅いものが高速で衝突したかのような振動だ。それが何度も何度も。
「くそっ、見習いどもは何をやっている!」
悪態をつきながら、鞄の重さでふらふらとした足取りで進む協会長。
そうして建物から出た瞬間だった。
黒い影が過る。
次の瞬間、抱えるように持っていた鞄ごと、協会長の片腕が消える。
体当たりしてきたスカイサーモンだ。その口から生えた、切れ味の悪い刃物のような牙。それが無理やり協会長の肩の部分から、腕を引きちぎられるようにして持っていってしまった。
唯一、幸運なことに腕をくわえたスカイサーモンはそのまま建物の壁に突っ込んでいった。たまたま、スカベンジャースライムの騒動で脆くなっていた壁を突き破るようにして、その姿が見えなくなる。
一方、スカイサーモンとの衝突の衝撃で、協会長は近くの路地まではね飛ばされていく。
ポカンとした表情をさらしたまま宙を舞う。そしてすぐさま地面に落下すると、その身はくるくると石畳の上を転がっていく。肩の傷口を何度、何度も石畳にするようにして。
泣きわめくような悲鳴が、その口からもれるも、すぐさま力尽きたかのように静かになる。
ズタボロになりながら体の回転が止まった時には、路地裏のかなり奥までその体は転がり込んでいた。
そこに佇む人影が、一つあった。
フード付きローブを目深にかぶった、一人の男。
「おやおや、様子を見にきてみれば、これは死にかけの素材が一つ転がり込んできましたな。どれどれ」
男は、蜘蛛のような指を広げて協会長の頭をわしづかみにすると、体ごと持ち上げる。
「──なんともまあ、ひどいですな。ここまで無価値なのも、珍しい。本当に薄っぺらな人格だ。虚栄心と、自己欺瞞。ほかはまるで空っぽ。これで錬金術協会のトップとはね。やれやれ。調べるだけ無駄な労力を費やしましたな」
残念そうに首を振ると、無造作に手を離す男。
石畳へとその体が落下していくときにはもう、そこには命の火種は消えた後だった。




