SS 槍舞とパフェ《第四世界》
「ロアっ! 来たよ!」
「ん。レニー、いらっしゃい」
私はロアの広げた腕の中に飛び込む。
「──ちゃんと?」
「うん。ロアのとこに行ってくるって、もちろん言ってあるよー。大丈夫だって。ねえねえ、それよりいっぱい練習してきたんだよ」
私は背中の練習用の槍を示しながら力強く伝える。
「ん、レニー偉い。じゃあ、ロアに槍舞、見せてくれる?」
「もちろん!」
ロアの腕のなかを抜け出すと、私は早速、背中から槍を引き抜き、構える。
大切なのは、呼吸。
半目になり、自らの呼吸に全神経を集中させ、意図的に世界からの情報を遮断する。
ママとパパが言うに、私は見えすぎてしまっているらしい。
──パパもママも、心配しすぎだよね。こうすれば、ちゃんと見えなくなるのに。
穏やかな呼吸に、意識と体がピタリと調和する。
その瞬間、世界が私と手の中の槍だけになる。
そうと意識することなく、自然と体が流れるように動き出す。
私はこの瞬間がとても好きだ。
ロアから習ったこの槍舞はとても古いものらしい。こんなにも体が自然に動くものを、私は他に知らなかった。
組み込まれたいくつもの型。
時には、流れる水のように。
次の瞬間には、聳えたつ巌のように。
端からみたら、変幻自在にしか見えないであろう槍舞。私はそれを、水を得た魚のように舞っていく。
大地を踏みしめる両足から生まれたエネルギーが、腰を中心として全身を駆け巡る。
一体となったかのように槍と腕を振るうたび、空気が鋭く切り裂かれていく。
気がつけばもう、終わりだ。
残身を解くと、ゆっくりと直立し、ロアの方を向き直る。
どっと汗が吹き出す。
全身のエネルギーを極限まで振り絞ったかのような、心地よい疲労感。
「どうかな、ロア?」
「──レニーは今、十一歳?」
「そうだけど?」
じっと目をつぶり腕を組むロア。なにやら、ただなら無い様子だ。
──あれ? 動き、ほんの僅かなズレもなかったはずだし、呼吸も完璧だったよね。どこか失敗したかな?
急いで先程の槍舞を思い返すが、心当たりが無い。
「はあ、早すぎるけど。……レニー、合格」
「えっ、それって」
「免許皆伝」
一瞬、浮き立つ気分。しかし私はすぐさま冷静さを取り戻すと、槍を掲げてロアに礼の姿勢をとる。
ロアのまとう雰囲気が一気に厳粛なものに変わる
「槍舞は基礎にして全て。変わらぬ精進を」
「はい。ロア」
それだけを告げると、すっかりいつものロアだ。
じわじわと沸き上がってくる喜び。思わず再びロアに抱きついてしまう。
ロアからの優しい抱擁のお返し。
そうしてようやく落ち着いた私は、たわいもない話をロアと楽しむ。
楽しい時間はあっという間だ。私たちの所に、軍服をまとった大人が一人、とても自然な様子で近づいてくる。
──あの人の身のこなし、なかなか。
「フォース元帥。そろそろアドミラル陛下との打ち合わせのお時間です」
「──あと少し」
軍服の人から顔を反らして答えるロア。
「ロア、私はもう大丈夫だから行って。カリーン様によろしくね」
「……はぁ。わかった」
「私もこのあと一度帰ったら、新しくお友だちになった子とお出かけなの」
「ん。どこに?」
「ほら、新作のパフェが話題になっているとこ」
「ああ……。ロアもそちらに行きたい……」
うなだれた様子で、引きずられていくロア。私はせめてもと、大きく手を振って見送るのだった。
◇◆
「あ、ヒルダちゃん! ごめんね、待った?」
「ううん、いま来たところ」
待ち合わせの時計の広場に先についていたヒルダのもとへ、私は急いで駆け寄る。
豊かな黒髪を綺麗に編み上げ、品のいい服をまとったヒルダが、お付きの人を従えて大時計の前に佇む姿は、まるで一幅の絵画のようだった。
私と同い年とは、とても思えない。
私のあげた両手のひらに、同じように手のひらを合わせて、指を軽く絡ませるようにして挨拶を返してくれるヒルダ。その動作に、二人してクスクスと笑いをもらす。
ヒルダのお付きの人は気配を消すようにして控えている。
──この人もなかなか出来そう。制圧するとして、全力で三秒はかかるかも。
ちらりとそんなことを考えるも、待ちきれない様子のヒルダを連れて一緒にお店へと向かう。
「レニーちゃん、そのお店ってすごい混んでるんでしょ? いま、王都プタレスクでも一番人気のお店なんだよね?」
「あ、大丈夫だよヒルダちゃん。じゃーん。これ、パパから借りてきたの」
「それ、なに? お手紙?」
「まあ、見てて」
ちょうど到着した件のお店。長蛇の列を避けて裏に回る。裏口近くで作業していたお店の関係者らしき女性に、私はパパから借りた手紙を見せる。
最初、怪訝な顔をして私たちを見ていたその女性。しかし、私の差し出した手紙を見て、すぐに笑みを浮かべると、お店の中へと招いてくれる。
ヒルダちゃんと案内された先は、最上階のテラス席だった。
「すごいね、レニーちゃん。その手紙なに?」
「なんかね、パパがこのお店を建てた時にお手伝いをしたんだって」
注文したパフェを待つ間に、私はヒルダに説明する。
「いいなー。レニーちゃんのパパ、すごいのね。うちのパパなんて、この前、家に保存してた食料全部にキノコを生やしちゃって。めちゃくちゃママに怒られてたんだよ」
「──ぶふぅ」
背後に立つ、お付きの人から漏れ出た吐息。笑いがこらえきれなかったらしい。
意外とおちゃめな人なのかと、私はそのお付きの女性の様子を見るも、すぐにヒルダに返事をする。
「うちのパパも、よくママに怒られてるよ。特にご飯なのに全然食べに来なかったり、来ても上の空で──」
「──ねえ、レニーちゃん。あれっ!」
ヒルダの指差す方向。私はそれを追って、隣の建物の屋根に視線を向ける。
そこにいたのは、王都では滅多に見かけない存在。
モンスターだ。
ギロリとこちらを睨むように見てきたそれは、猿とライオンの混じったような姿をしている。
「お嬢様! 避難をっ」
小声で鋭く叫ぶ、ヒルダのお付きの女性。そこでようやく周囲の他のお客さんも事態に気がついたのか、出口に向かって人が殺到していく。
「逃げるのは無理そうよ」
「──私が、囮になります。お嬢様方は──」
ヒルダとお付きの女性のやり取り。お付きの女性はどこから取り出したのか、いつの間にか両手に、ひどく歪曲したナイフを手にしている。
私はヒルダ達二人のやり取りから視線を外すと、周囲を素早く見回す。
──ライオンの顔をした猿、か。とりあえず猿ライオンと呼ぼう。猿ライオンから逃げるだけなら、二人を連れてもなんとかなりそう。でも、そうすると他の人たちから被害が出る。あっ、あれは跳躍の体勢……きたっ!
猿ライオンが、屋根を跳びはねるようにして宙を舞う。獰猛な顔が、こちらへと近づいてくる。
私は懐から取り出したスクロールを指先で軽く弾く。くるくると回転するスクロール。
「『展開』」「『顕現』ヒポタ」
ピタリと空中で停止するとするすると広がり、錬成獣が顕現する。
パパから譲り受けたこの子は、とても賢い。
一瞬で状況判断を済ませたヒポタへと、私は軽く助走して飛び乗る。
その鞍に固定していた予備の槍を引き抜く。
私をのせたヒポタが、その複数の足を使って力強く跳躍する。
猿ライオンと交差するようにすれ違う軌道にのる私達。
──初めての実戦だけど、不思議と緊張しない。槍舞を舞うときと変わらないわ。
迫りくるライオン顔。どんどんと近づくその姿に、私は怖がることもおごることもなく、ただただ冷静に観察をする。
自然に体が動く。
すれ違いざまに振るった槍の刃先が、すうっと吸い込まれるようにして猿ライオンの首筋へと潜り込んでいく。
そのまま、主要な首の血管をすべて切り裂き、槍を振り抜く。
そのまま猿ライオンがもともといた屋根の上に着地するヒポタ。
振り向くと勢いのついた猿ライオンがテラスの縁に激突するところだった。四肢から力が抜けた猿ライオンが、建物に沿うようにして落下していく。
「ぶもっ」
ヒポタの鳴き声。
新手だ。同じような猿ライオンが新たに何体も、周辺の建物の屋根に現れる。
「……不思議、ヒポタ。こんな街中に、こんなにもたくさん」
私が首を傾げていると、突然、一体の猿ライオンがばたりと横倒しに倒れる。
その周囲を粉のようなものが取り巻いている。
その粉の元をたどって視線を向ける。するとそこにいたのは私が先程までいたテラスに立つ、ヒルダちゃん。三本のスクロールがその周囲に展開され浮遊している。
そのヒルダちゃんの手の中から、粉が生まれ出で、大気中へと放出されていた。
「ヒルダちゃんの錬成獣。ということは、あれは胞子ね」
私は軽く槍を掲げてヒルダに合図をすると、次にヒポタへと跳躍を指示する。当然、近くの猿ライオンに向かってだ。
「さあ、手早く片付けなきゃ。パフェを食べ損ねちゃう」
空を行くヒポタの上で槍を構えながらそう呟くと、私は順序よく猿ライオン達を屠り始める。
そう、槍舞を舞うように。
本日はコミカライズ16話①の更新に、コミックス三巻の発売日となります!
どちらもよろしくお願いいたします!




