今さら
女性の形をしたサーバーの姿が消えたかと思えば、次には、周囲の機械類が一つ、また一つと金色の光と変化していく。
その光が、ローズが巻き付いた古時計へとふわふわと近づき、吸い込まれていく。
古時計の針が、ゆっくりと左回りに回転を始める。
それは不思議な体験だった。
サーバーからもらったスタミナポーションもどきの効果なのだろうか。私は目の前の柱時計と二重写しで、私たちの世界の時が巻き戻っていく映像が見えていた。
その映像が、押し寄せてくる。巻き戻りを続ける世界が、まるで自分自身であるかのようにすら、感じられる。
──ああ。一つ目は、ここか。
世界に埋め込まれた異物感。
アレイスラの痕跡の一つだ。
感覚として近いのは、手のひらに刺さったトゲ。ただ、時が確実に巻き戻りを続けるなかで、それに素早く対処しなければいけないようだ。
刺さったトゲが、とても抜きにくい。
そこにそっと差し出されたのは、ローズの蔓。蔓先には、金色のトゲ抜きが、一つ。
「ありがとう、ローズ」
私はこんなときですら完璧なフォローをしてくれるローズに、感謝を告げる。手渡されたトゲ抜きで、素早くアレイスラの痕跡を抜いていく。
巻き戻しが、進む。
たびたび現れるトゲを、その度その度、抜いていく。
時間の流れる速さは変わらぬままに、その向きだけが反転して、巻き戻りを続ける世界。
いつ現れるかわからない痕跡に、一瞬たりとも気を抜くことが許されない。長い長い無為な時間。そして私は時たま現れるトゲを、ただただ抜き続けていく。
何日も。
何ヵ月も。
何年も。
一瞬も休まるときのない、張りつめた緊張が続く。
──このためのスタミナポーション風味だったのか……
そして気がつけば周囲にあれほどあった機械類が消え、残りは最後の一つとなっていた。
──ようやく、終わる。……ああ、懐かしいな。
巻き戻りを続けた世界は、ちょうど私が学院を卒業する間際まで、戻っていた。
柱時計とすっかり一体化したローズが告げる。今ではすっかりサーバーとなりかわり、真に、神となってしまったローズ。
『ルスト、お疲れ様です。そろそろお別れです』
「ローズもお疲れ様。すまないが、あとは頼む」
『はい、ここまでしてくだされば世界は存続できます。残されたアレイスラの痕跡の対処はお任せを』
そして時の潮流が反転する。
ゆっくりと通常の向きに、時が流れ始める。
「──ちなみに、私はどうなるのかな?」
うっすらと消え始めた自分の体を見下ろしながらローズに軽くたずねてみる。
『再び始まる世界に取り込まれ、その住人の一人として生き、死ぬことになりますよ、ルスト』
「そうか……」
私はまだある、自分の手を見つめる。
私の手に残っていたのは、使い続けてぼろぼろになったトゲ抜きだけ。それも、今にも壊れて消えてしまいそうだ。
『最後に、それを使っては? 少しだけなら運命に干渉できますよ』
ローズの示した先には、錬金術協会の内定を受けている、現世の時の流れに浮かぶ自分自身の姿。
「それは……そんなことに使っていいのかな」
『良いのでは?』
ローズの優しい肯定。
「まあ、たしかに今更予算ゼロの職場に戻るとかもう無理、だよなぁ」
私は最後に、消え行く手にしたトゲ抜きで、運命に軽く干渉した。




