貪欲なるもの。その微笑みは妖艶
ポイントにより劇的に変化したセイルーク。私との絆を通して伝わってくる意思からも、人間の成人並みか、それ以上の知能を持つに至った可能性を示していた。
そのセイルークの放ったドラゴンブレスが、妄執の一席の後方、海面へと突き刺さる。
大量の海水が一気に沸点を突破する。
生じたのは、水蒸気爆発だ。
「きゃっ」「うおっ!」
ドラゴンブレスの閃光のあまりの輝かしさと、その結果に、歴戦の強者揃いのアドミラル領軍の兵達の数名からすら、悲鳴のような声が上がった。
そしてその場に居合わせた命あるものは皆、姿勢を低くする。
それは、本能の囁き。
このあと襲いくるであろう衝撃と熱に、身構えるために。
しかし不思議なことに、どちらも、海岸にいた私たちには届かなかった。
よくよくみると、ドラゴンブレスの着地点を中心に、海底から何かが円柱状に天高くまで起立していた。
セイルークの羽ばたく翼からあふれだした魔素が形作る、円柱状の障壁。
「──あれは、セイルークの盾、でしょうか?」
起立する円柱をみた、タウラの呟き。
「ああ、そうだね。ポイントを得て知能が向上したことで魔素の盾を、ああいう形で使えるようになったのかな。まるで煙突みたいだよね……いや、上が閉じてるか。どちらかと言えば、焼却炉? 熱を遮断して、あの爆発の膨張した空気を完全に閉じ込めているとしたら、たぶん内部の熱量は──」
その円柱の内部が何度になっているのか想像もしたくないぐらいだ。ブレスの効果を何倍にも高めているのは間違いない。セイルークの本気ぶりが伝わってくる。
──しかし、また、何であんな場所にブレスを? 託宣の解釈を任せろとは伝わってきていたけど……。
私がそんな疑問を抱いた時だった。
私たちが妄執の一席だと思っていた巨大なタコの姿をしたものが、力を失ったかのように地に伏し、動かなくなる。
同じタイミングで、海底から起立する円柱の上の部分が開く。そして徐々に、円柱の内部が見えてくる。
海の底の部分が、あまりの熱量ゆえにか、真っ赤に輝き、どろどろになっている。まるでマグマのようなそこに、一つの人影があった。
「『あれが』『妄執の一席の』『本体』」
先程まで普通に私と話していたはずのタウラがいつの間にか、再び『託宣』を告げる状態に変わっていた。しかも、その託宣はあまりにも内容が即物的だった。
その託宣を信じるのであれば、円柱の中央にいる真っ黒に焦げた人影こそが、妄執の一席の本体なのだろう。よく見ると、目の前の動かなくなったタコ状の体から何か細長いものがその人影のある海の方へと、途中まで伸びていた。
そしてその焦げた人影は、未だ生きている様子だった。
それどころか、徐々に回復していくのが見える。
焦げた皮膚らしき物が剥がれ落ち、その下からはタコのような皮膚の色が見え始めていた。
──とどめをさす。いいかな、ルスト?
──セイルークか。うん、回復しかけているのは、こちらからも見えた。手心を考えるのは危険だろうから、よろしく頼む。しかしタウラのあの託宣で、よく妄執の一席の本体の場所がわかったね。
──あそこまでヒントがあれば海のなかにいると推測するのは容易いこと。試しに魔素の盾で海中をさらうように索敵しただけさ。さて、放つぞ。
どこか自慢げなセイルークの意志が絆を通して伝わってくる。
そして、セイルークのドラゴンブレスが再び放たれた。
辺りを照らし尽くす、閃光。
今度こそ妄執の一席の本体は、跡形もなく焼き尽くされたのだろう。
私の目の前に半透明のプレートが強制的に現れると、ワールドクエストの完遂が表示された。
と同時に、妄執の一席がいた海底から、直接白い光が立ち上り、最後のポイントらしき物が直接、天に浮かぶセイルークへと注ぎ込まれ始める。セイルークの体がなぜか黒く染まり始める。
──ワールドクエスト:運命の車輪を支える七つの輻──
達成7/7
空に眠る太古の意志
契約者の×%℃¥
契約者の献身
迷宮の知恵
理を超えし者への祝福
運命の完遂
管理されし暗黒
古き血の支配者
そして音声が、世界に響き渡り始める。
これまで一部の存在にしか聞くことが出来なかったワールドアナウンスが、すべての知性ある存在へとその内容を告知し始める。
──『ワールドアナウンス』──
『おめでとうございます。ワールドクエストが達成へと至りました。
邪神の祝福を受けし者セイルークが勇者へと至ります。
すべてのプレーヤーの死亡を確認。
全システムが一時停止されます。
コンティニューの実行の可否を、勇者セイルークに問います。
──確認中。
──確認。
コンティニューの実行が勇者セイルークにより選択されました。
コンティニュー実行のため、召喚フェイズへと入ります。
新たな魔族候補たるプレーヤーの召喚のため、世界の閉鎖が、解除されます』
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その時だった。『世界』が、歪んだ。
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それはまるで目眩。空間が、捻れていくようなそんな感覚に私は襲われる。
あまりの気持ち悪さに私はヒポポの上に座ったまま、頭を両手でおさえる。
体が、ぐらぐらとふらつく。
誰もが、歪む世界に絶句し、苦悶の表情を浮かべるなか、声が唐突に聞こえる。
「──防げなかった。世界が終わってしまう。やつに、食いつくされてしまう──」
歪む世界のなか響くのは、ツヴァイの絶望に染まった声だった。
妄執の一席の偽物の体の一部。頭部のない人間の上半身の一つから、その腹を突き破るようにして、ツヴァイが現れる。
その姿は、手のひらサイズにまで縮んでいた。
「ツヴァイ…… そんな、ところに──いたのか。これは、いったい、どういう……ことだ?」
一番近くにいたカリーンが、砂浜に突き刺した大剣に寄りかかりながら、ツヴァイへと問う。この状況でも、途切れ途切れではあれ、声を出すことができるカリーン。私はひそかに感嘆する。
「巨人の末裔か。言葉通りさ。アレイスラだよ」
「女神アレイスラ、のこと、か?」
「邪神アレイスラ、だよ、巨人の末裔。世界を包む障壁が解除されてしまっただろ。世界の外からここを貪ろうと狙っていたんだよ、邪神アレイスラはずっとな。虎視眈々と。障壁がなくなったから、その邪悪な女神が、加護を与えた信徒に受肉して顕現してくる──」
その時だった。
ツヴァイの体が急に、弾かれたように宙を移動し始める。それはツヴァイにとっても想定外の事態だったのだろう。言葉は途切れ、驚きに目が見開かれている。
その驚き顔のまま、私の横を掠めるようにして飛んでくるツヴァイ。
そこにぬっと、私の顔の横から突きだされた腕が、ツヴァイを掴む。
『おしゃべりなホムンクルスですね。さっさと消えていただきましょう』
それは託宣のときと同じ声。
ツヴァイをつかんだのは、妖艶に、そして貪欲そうに微笑む、タウラだった。




