敬虔なる者
「逃げるつもりだ! ロア、アーリ、阻止するぞ。続けっ。リットナー、あっちは任せた!」
丘から下りきったところでカリーンが叫ぶ。
もぞもぞとした動きを見せる妄執の一席へ回り込むようにレッサーヒポポを駆るカリーン。ロアとアーリの乗ったレッサーヒポポもそれに続く。
牽制するように振るわれたカリーンの大剣が、移動しようと動いた妄執の一席の足の一つを跳ね上げる。旋回するようにして距離をとってカリーンに続くロアとアーリ。二人も妄執の一席の動きにあわせてそれぞれの槍を振るう。
変幻自在のロアの錬成獣の槍。
威力抜群のアーリのスキルを加算した槍。
三者三様のそれぞれの攻撃が、妄執の一席の動きをとめ、その表面に生えた人の上半身を模した『妄執』を刈り取っていく。
一方、アドミラル領軍の指揮を一時的に任されたリットナーは、残存する半魚人を押し止めようと、タケノコアーミー達と肩を並べる。レッサーヒポポを操り半魚人を蹴散らしていくアドミラル領軍。
負けじと、押されぎみだったタケノコアーミー達も最後の力を振り絞るようにして、奮戦し始める。
「これはまた、大きいな。魔族になったリハルザムより大きいんじゃないか、あれ。それにしても妄執の一席自体の動きは鈍い、よな」
周囲に『研磨』と『束縛』のスクロールを複数展開させながら、私は間近にみた妄執の一席に偉容とその不思議な行動に、思わず呟く。
カリーン達が徐々に攻勢を強めても目立った反撃すら無いのだ。
しかしその一方で、カリーン達がつけた傷からは、泡のような物が吹き出し、あっという間に妄執の一席は回復しているようだ。
──もしかしたら配下を戦わせることに特化して、自身は高い回復力を持つ魔族なのか。だとすると、決定打には欠ける……
皆の本気の一撃もすぐに回復してしまい、何事もなかったようにうごめく妄執の一席。
「ルストォ──」
その時だった。
背後から聞こえたタウラの声。それは戦場に似つかわしくない、どこか敬虔な響きがした。
私が振り返ってみると、タウラは濃厚な魔素に包まれていた。どうやらその魔素は、タウラの手にした経典から、渦巻くように溢れだしているようだ。
「どうした、タウラ。もしかして……?!」
「『天より放つ一撃』『目に見えぬものを射よ』『火は水に勝つゆえに』」
タウラの口より紡がれたのは、託宣の言葉だった。




