役職を拝命しよう!!
翌朝、私は眠い目を擦りながら中央広場へと来ていた。
「うひゃあっ。まさか本当に一晩でこの量を錬成したってか」とザーレの驚きの声が聞こえてくる。
「いやはや、信じらんねぇがそんなこといってる場合でないか。おい、おめえらっ! さっさとラバに積み込んでくぞー!」と声をあげるザーレ。
「おはようございます」と私はザーレ達一行に挨拶する。
「お! やっぱりすげえなぁ、あんた。うちの村長が、あんたの事、ものすげぇ錬金術師様だぁって言ってたが、それ以上だぜ。おお、そうだ! お偉いさん呼んでくるんで待っててくれや」とザーレが去っていく。
ザーレに連れられ現れたのはお仕着せを着た青年とタウラだった。
ザーレの紹介で青年と挨拶をかわす。どうも隣の領地の領主に仕える事務方の人で、メメルスというらしい。彼が今回の取引の責任者になるようだ。
メメルスもタウラも、一夜でカゲロの実の山が魔晶石に変わった様子に、あんぐりと口をあけ、とても驚いていた。
そのまま皆でカリーンの天幕へ。今回の魔晶石分の支払いをしてくれるらしい。
どうもトマ村の村長から、隣の領主へ進言してくれていたようだ。支払いの準備をしておいた方がいい、と。相変わらずの用意周到さだと感心する。
メメルスの部下の人が金属製の小箱を持ってくる。
中から金箔で意匠の施された羊皮紙と、魔道具のペンを取り出すと、メメルスが羊皮紙にさらさらと金額を記入していく。
次に、拳大の大きさがある印章を手渡されたメメルス。こちらも魔導具だ。
錬金術師である私には、メメルスが魔素を印章に込める流れが見てとれる。
ふんっと力を込めて、羊皮紙に押し付けられる印章。インクではなく、魔素が羊皮紙に焼き付けられていく。
捺印が終わったあとには、黒く押し付けられた印章の柄がくっきりとついていた。それもすぐに、透けるように変わっていき、見えなくなる。
ちらりと見えた羊皮紙に書かれた金額は、もといた基礎錬金課の、最後の年の年間予算の倍以上あった。
「騎士カリーン。こちら、魔素印済み小切手です。お納めください」とメメルスが恭しく、羊皮紙を差し出す。
「確かに受領した」と受けとったカリーンが、羊皮紙を部下の事務官らしき男性に渡す。
「契約に基づいて、ルスト師へ取り分の支払いを頼む。そして、当領地における領主直轄の錬金術研究部門の設立を、ここに宣言する。部門長にはルスト師を据える」
と、立ち上がり宣言するカリーン。内示も無かったので、思わず瞬きが増えてしまう。
とはいえ、私はカリーンのこの手の突飛な行動に慣れていたので、苦笑しつつも片膝をつく。
天幕にいる、他のカリーンの部下達も同様の姿勢を取る。
「これは領主たるカリーン=アドミラルとしての正式な布告とする。当該部門の予算は現状においては、魔晶石の販売金額からルスト師の取り分を引いたものを充てる事とする」
さらさらとカリーンの布告を書き付けていく事務官の男性。彼がこれからこなさなければならない事務作業の量を思って、内心、祈りを捧げておく。
カリーンがメメルスの方を向いて口を開く。
「それではメメルス殿。卸し先と貴殿の領内での割り振りについては、事前の打ち合わせ通りに」
「かしこまりました、騎士カリーン。委細、つつがなくこなしてみせましょう。これほどの戦略物資の山、腕がなりますよ」と良い笑顔を見せるメメルスとカリーン。
──ふむ、悪巧みをしている時のカリーンが、一番生き生きしているよな。まあ細かい所はお任せで良いのは楽だわー。
「うむ。ではメメルス殿も出立の準備があろう。この場は解散とする。ルスト師は残ってくれ」
私は具体的な説明があるのかなと期待して、その場で待機していると、タウラが去り際に話しかけてくる。
「ルスト、就任めでたいな。私は教えて頂いた情報を元に、再び呪術師の足取りを追うことにする。取り敢えずは辺境を出るまでは彼らの護衛をしていくことにする。しばしの別れとなろう。そなたが息災であらんことを」と祈りの仕種をするタウラ。
「ああ、タウラも復讐が果たされんことを」
私はその決意に満ちた背中を見送った。




