責任と覚悟と選択
「お兄さん、だれですか?」
手元で編み物をしながら、アクター・レーゼはこちらを見あげて話しかけてくる。
その手には、棒針編みの木の棒。糸が二本、虚空から現れて、アクター・レーゼの手元で棒針によって、熊のぬいぐるみが次々と編み上げられていく。
アクター・レーゼの周りだけ、虚空から彼女の記憶に基づいた世界が広がっているようだ。
私はそこに踏み込まないように気を付けながらもギリギリまで近づく。
じっと、彼女の様子を観察する。
ぼうっとしたアクター・レーゼの表情と、ものすごい速さで編み上げていくその両手の動きの違和感。
まったく手元もみず、機械のように編み上げていくその姿。
「こんにちは、アクター・レーゼ。私は錬金術師のルストといいます。編み物、お上手ですね」
「アクター? それなに? 私、ただのレーゼです」
きょとんとした顔でそう告げるアクター・レーゼ。
どうやら長い時間ここに囚われている影響があらわれてしまっているようだ。
──なるほど。見つけただけじゃダメ、と。やっぱり経典による呪術の束縛を断ち切るしか無いみたいだけど……
私はそこまで考えて悩む。
呪術師の力を取り戻した私の目には、幸運な事に一目瞭然で、見えるのだ。
虚空から紡ぎ出されている毛糸が呪術の媒介になっていることが。
問題は、この囚われの状態から彼女を解き放つために、その糸を断ち切らないといけない事。
それをするとアクター・レーゼの託宣の力が失われてしまうであろう事も見てとれてしまっていた。
──呪術と託宣の力がより合わさって、アクター・レーゼの手元へと伸びる毛糸が形成されている。随分と嫌らしい呪術の使い方だ。向こう側にいるのは、タウラを連れ去ったであろう人物と同一犯だろうけど、絶対性格悪いよな。
私はふぅ、とため息を一つ吐くと、覚悟を決める。
私の覚悟に反応して現れる、二振りの刃物。
一つはタウラの剣。
もう一つはツインテールホーンのナイフ。
両手に構えたその二振りの刃物を交差するように掲げ持つと、せめて出来るだけアクター・レーゼの近くの側で毛糸を切ろうと、彼女の記憶によって作られた領域へと踏み込む。
彼女の記憶の世界が、私の存在を侵食し始める。
しかし、私の振り下ろした二振りの刃物の勢いは止まらない。
両手による、一閃が二つ。
それは自分でも惚れ惚れするよう見事に、二本の毛糸を切り裂いた。




