side リハルザム 3
武具錬成課の広々とした研究室。隣りにあった基礎研究課の部屋を接収して壁をぶち抜いたそこは普通の課の部屋の倍の広さはあった。その部屋に、武具錬成課の面々が勢揃いしていた。
まるで王座のように立派な革張りの椅子に腰かける、着替えて身を清めたリハルザム。腐卵臭はほんのり香る程度まで落ちていた。
その前に整列しているのは武具錬成課に所属している見習いの錬金術師達だった。休みの者も容赦なく呼び出され、リハルザムの言葉を待っている。
リハルザムは少し悩む様子を見せるが、結局サバサに話を振る。どうやらガーンに臭いと辱しめられた様子を見ていたサバサに、どこか思うところがある様子だ。
「サバサ、武具協会への納品は、属性変化用の魔導回路だよな」
「はい、リハルザム師。今回の注文は魔素を火属性に変化させる為の魔導回路です。どうやら軍部から火属性の武器の注文が武具協会にあったようでして……」
「それで何でこんなに納期が遅れているのだ。繊細な調整は必要だが、何回も錬成した事があっただろう?」
「それが、蒸留水が足りないのです。特に基板に回路を書き込む際に使う、溶液用の高品質な物が無くて」
「は、蒸留水だとっ! 何を言っているのだ。蒸留水など基本も基本。錬金術を習い始めてすぐに作るものではないか。学園の生徒でも作れるぞ」とリハルザム。
顔を見合わせる見習いの錬金術師達。
トルテークがおずおずと一枚の魔導回路と、剣の持ち手だけの器具を差し出してくる。
「自分たちで錬成した蒸留水を使って作成した魔導回路です」
リハルザムは引ったくるようにそれらを受けとると、剣の持ち手だけの器具の末端にあるスリットに魔導回路の基板を差し込む。
握り手につけられた魔晶石の魔素の残量を確認すると、器具を起動させる。
それは魔導回路の動作確認用の器具だった。正常な魔導回路であれば魔素が炎に変換された剣の刃として出てくるはずが、プスプスと音を立てるばかり。
リハルザムは剣の持ち手につけられた、測定用の目盛りを覗き込む。
「出力が足りない。それに放出魔素が安定していないぞ」とリハルザム。
「そうなんです。やはり最低限、溶液用の蒸留水に、出来れば洗浄用にもルスト師の錬成した蒸留水があれば──」と見習いの一人。
「おいっ! 胸くそ悪い、その名前を出すな!」と突然、怒り出すリハルザム。
自分よりも優秀だったルストの事をリハルザムが猛烈に嫉妬していた事を知る見習い達は、すぐさま口を閉じる。
なにせリハルザムは、嫉妬の果てに協会長に働きかけてルストを陥れるようにしていたのだ。それを手伝わされていた彼らは、リハルザムの確執を一番間近で見ていたといえる。
そんな微妙な空気をリハルザムの言葉がさえぎる。
「俺が奴よりも素晴らしい蒸留水を作ってやる。お前達は急いで魔導回路を完成させろ」と宣言するリハルザムだった。
◆◇
数時間後。
「どうだね、俺の蒸留水は?」と自信満々のリハルザム。
その手にはルストの作る数倍の時間をかけて作られた蒸留水の小瓶がいくつもあった。
サバサ達がリハルザムの錬成した蒸留水を使って錬成した魔導回路がいくつも並んでいる。それぞれの動作確認を終えたサバサが、そんなリハルザムに非常に言いにくそうに伝える。
「これが確認装置で測定した数値一覧です」
「──基準はクリアしているのだろう」とリハルザム。
測定した器具の目盛りの数値はどれも必要ギリギリの出力と安定性を指し示していた。
明らかにルストの作った蒸留水より劣った出来のリハルザムの蒸留水。魔導回路の出来としては安全性に一抹の不安が残る物ばかりなのだ。特に安定性が基準ギリギリなのは、安全マージンが全くない事を示していた。
普通であればこのレベルの品を錬金術協会が提供することはあり得ない。事故が起きた際の信頼の低下というリスクが高い。
見習い達は皆、下を向き顔を上げない。
「測定した数値は、基準は満たしております」とリハルザムに配慮して答えるサバサ。
「ふん、ならさっさと魔導回路を納品数、作れ! 急げ急げ」
追加で蒸留水を作っていくリハルザム。
見習い達はリハルザムの作った蒸留水を使い、魔導回路を次々に作成していく。
すっかり時間がかかり、いよいよ深夜になる。
その時だった。
武具錬成課の扉が突然、溶け始める。
ばたんと音をたて、倒れ込む扉。
音に驚いた錬金術師達が振り向くと、溶けた扉の向こうの廊下ではスカベンジャースライムが大量に動き回っていた。




