side リハルザム 2
「いつまで待たせる気だ! 納期はとっくに過ぎているのだぞっ」
応接間の外まで響く、どら声。武具協会の副協会長たるガーンの怒声だ。日頃から荒くれ者の多い武具職人達とやりあって鍛えられたその声はよく響く。
「何度もご説明させて頂きましたように、錬成のための基礎素材の調達が遅れておりまして──」とガーンに答える声。
「そんな事は何度も聞いた! それはそちらの事情だ! だいたい契約で明確に納期は規定されておるのだ。今回の防具はきたる次の戦争用に軍に納品するものだぞ。一体いつになるのだ! これ以上遅れるのなら違約金だけで済むと思うなよ、こわっぱ」
「そ、それは私では何とも……」
「はっ! お前では話にならんっ。リハルザムをさっさと呼び出せ! 奴はまだかっ」
そこへリハルザムが到着する。着替えをしている余裕もなく、心ばかりの消臭剤だけ服にかけてきたのだろう。少しはましになったとはいえ、いまだにその体からは周囲を圧倒する程の悪臭を放っていた。そして残念なことに保管庫でそれ以上の悪臭にさらされてきたリハルザムの鼻は、だいぶ臭いに鈍感になっていた。
「ガーン様、大変お待たせ致しました。リハルザム、参りました」と応接間のドアを開けるリハルザム。
臭気を身にまとい、さっそうと部屋に入る。
パッとこちらを振り向いたのは、ガーンの相手をしていた武具錬成課の新米錬金術師の一人である、サバサ。彼は見習い達の中では最年長ということもあって、今回のガーンの相手を押し付けられたのだろう。
リハルザムの顔を見て安堵に緩むサバサの顔が、すぐに歪む。
顔をそむけ、下を向くサバサ。しかしすぐにその顔は真っ赤になってしまう。どうやら息を止めようと頑張ったようだ。
しかしすぐにその無駄な努力は潰える。呼吸をせざるをえなくなるサバサ。一気に鼻腔へと襲いかかってくる臭気に、サバサは悶絶する。
当然、上座に座るガーンにも、その臭気は容赦なく襲いかかっていた。
一瞬、ポカンとした表情をさらすガーン。まさか地位も名誉もあるマスターランクの錬金術師ともあろう者が、重要な取引を行っている相手にそんな臭い姿で現れた事が信じられなかったのだろう。
しかし臭気はそんなガーンの固定観念なんてお構い無しに、彼の鼻腔を通して脳へ、激臭を届ける。
「リハルザム、お前、めちゃくちゃ臭いぞっ」と叫ぶガーン。
「なんだその臭いは! 鼻が曲がる! お前は俺を馬鹿にしているのか!」と叫びだしたガーンは止まらない。そこから始まる罵詈雑言を矢継ぎ早にリハルザムへと浴びせ続ける。
リハルザムは、はっとした様子でじぶんの服の臭いをかぐ。
蒼白になる顔。
しかしその後は羞恥とガーンの罵詈雑言に対する怒りで顔が真っ赤に染まる。
「こ、これは誠に申し訳ありません。ガーン副協会長様。すぐに着替えて参ります」と怒りを抑え、やっとのことで言葉を絞り出すリハルザム。
「いい、もうこれ以上は待てん! 例の品の納品は一体いつになるのだ!」とリハルザムの退出を許さないガーン。
部屋に充満していく臭気。
サバサは我慢するのを放棄したのか、リハルザムの視線にはばかる事なく自らの鼻をつまみ、口で呼吸している。
激臭が目に来たのか目をしばしばさせて。
そんなサバサに納期について目配せをするリハルザム。
それどころではないサバサは、リハルザムの目配せに気づく事なく、一度天井を仰ぎ涙を抑えようとするも失敗。うつむき、目をぬぐう。
その一連の動きを、リハルザムは自分の目配せに対する首肯だと勘違いし、ガーンへと伝える。
「明日までにはご用意してみせます」と顔を真っ赤にしたまま、言い放つリハルザム。
「よし、確かに聞いたぞ。その言葉、忘れるなよ!」と吐き捨てるように言い残し、ほうほうのていで臭気漂う応接室から逃げ出すようにガーンは帰っていった。
ようやくそこで、サバサが一連のやり取りに気がつく。
「明日っ……。明日なんて無理ですよ。もう終わりだ……」




