side リハルザム 1
「まったく、何でこんな事に俺が時間を割かねばならないんだ。臭くてたまらん……」とぶつぶつと呟くリハルザムの声。
「これも全てルストの奴が勝手に協会を辞めたのが悪い。奴は錬金術協会への感謝と献身の気持ちが足りんのだ」
リハルザムがいるのは錬金術協会にある備品保管庫。そのなかでも特に取り扱いに注意のいるものが納められている特別保管庫だ。
今現在、そこはスカベンジャースライムというモンスターの、体液まみれになっていた。
リハルザムは床に這いつくばり、吸引装置の先端をスカベンジャースライムの体液へと向ける。
ずずずっと、鼻水のような音を立てて吸引装置へとスカベンジャースライムの体液の一部が吸い込まれていく。
最近何故か頻発する錬金術協会関係のトラブルに、マスターランクの錬金術師が皆、協会を離れて対応におわれているせいで、リハルザムにまで仕事が回って来たのだ。
特別保管庫に納められている物の中には、定期的なメンテナンスが必要な危険物も多い。放って置くと爆発したり、暴れだすようなモンスターの素材もある。そういう意味では、特別保管庫の管理はかなり重要性の高い仕事といえる。
元々は専用の管理官が居たのだが、現協会長に変わった際に予算の削減ということで管理官はクビに。そして雑用の一つとして、担当業務外にも関わらず基礎研究課がこれまでは、処理をしていた。
基礎研究課が解体された後、誰もメンテナンスをしなかったせいで、先日ついにトラブルが発生してしまった。スカベンジャースライムの濃縮体液の爆発という、トラブルが。
「くそ。扱いにマスターランクが必要な一級危険物があるからと、入場制限なんてかけやがって! こんな規定さえ無ければ、うちのしたっぱどもにやらせるのに。ああ、臭い。鼻が曲がる」
スカベンジャースライム特有の腐乱臭と胃液が混じったような臭いがマスク越しにリハルザムの鼻腔を刺激する。
「リハルザム師! リハルザム師! 大変ですっ!」
そこへ保管庫の外からリハルザムを呼ぶ声。リハルザムがしたっぱ達とよんでいた武具錬成課の新人の一人だ。
「何だっ! トルテーク! 今忙しいんだ!」と怒鳴り返すリハルザム。
「し、しかし、大変なんです。武具協会の副協会長が怒鳴り込んできて……。リハルザム師を出せと──」
「なにっ! それを早く言え! 仕方ない、誰でも良いからマスタークラスの奴が帰ってきたらここの続きをやるように言っとけ! 俺は応対にでるっ」
保管庫を飛び出すリハルザム。
「そ、そんなぁ。無理ですよ……うっぷ」と通りすぎるリハルザムと一緒に流れ出てくる臭いに、鼻をおさえながら訴えかけるトルテークの声は、リハルザムには届かず。
「ど、どうしよう。僕からそんな事言えないし。だいたい、いつ誰が帰ってくるかわからないよ……」とリハルザムが開けっぱなしにした保管庫の扉を眺めながら呟くトルテーク。内開きの扉を閉めようと、そっと入り口に伸ばした彼の手は、保管庫にかけられた斥力場によって阻まれる。
マスターランクのメダリオンに反応して一時的に解除されるそれは、通常時は空気より大きな物を弾くように設定されているのだ。
入り口から覗きこむと、天井や壁はまだスカベンジャースライムの体液がこびりついたままだ。
「はあ、とりあえず協会の入り口で、誰か帰ってくるのを待ってよ……」と扉を開けっぱなしのまま、とぼとぼとトルテークはその場を離れていく。
誰も居なくなった保管庫。開けっぱなしの扉からゆっくりと空気が入り込み、循環する。
その空気は当然、魔素を含んでいる。流れ込む空気とそれに内包された魔素。
誰も来ないまま、時間だけが過ぎる。
壁にこびりついたままのスカベンジャースライムの体液は空気と共に魔素に触れ続ける。やがて、小さな小さな結晶のような物がその体液だった物の中に現れる。
単なる体液だったはずのそれが、ピクリと動いた。




