着任の挨拶をしよう!!
野営地へと入った私達は、規則正しく立ち並ぶ天幕の間を進む。中央には水の保管用だろう。浄水機能つきの大きな水瓶が見える。
すれ違う人たちは皆、せわしなく立ち働いている。パッと見、軍人あがりが多そう。みな、眼光鋭く、ちらりとこちらを確認してくる。
「ここです」とロアの指し示したのは、他より二回りほど大きな天幕。
私はヒポポに待機していてと、とんとんと首筋を叩いて伝える。そのまま天幕の中へ。
まず眼に入ってきたのは、中央のテーブルの上にドンッと置かれた最新式の大型の通信装置。数人が、それにつきっきりで忙しそうに羊皮紙のやり取りをしている。
「失礼します」と声をかける。
「ルスト! 来たか!」と通信装置の向こうから聞き覚えのある女性の声。
ガタッと椅子から立ち上がる音がして、カリーンが回り込むようにしてこちらへと現れる。
女性としても小柄な体。同い年と知っていなければ一見子供かと見間違うだろう。短く切られた真っ赤な髪が相変わらず燃えるようだ。
かつかつと歩幅も大きく一気に近づいて来ると、がっと力強く握手をしてくる。
「いやいや、久しいな、ルスト! なんだ、老けたか?」ブンブンと握手したまま手をふり、人の顔を見あげて失礼な事を言ってくる。
「ごほんっ。余計なお世話だ。カリーン……様」と一応カリーンが上司になる手前、様付けだけしておく。
「ふっ」と面白そうに唇を歪めるカリーン。それに私も苦笑で答える。
「ルストのことだ、辺境とは言えここまで来るのは楽勝だったろう。出迎えに行ったそっちの二人とは問題なかったかな?」と続けてアーリとロアの方を見ながらカリーンは瞳をきらめかせ、きいてくる。
──あれ、出迎えだったのか?
アーリとロアの、プイッと顔を背ける様子が目の端に見える。
──ふむ、そういうことか。この野営地のメンバーで私と問題が起きるならこの二人、とカリーンは思っているって事ね。こいつ、昔からこういう事するよなー。あえて真っ先に衝突させて、そこから関係性を築かせよう、的な。まあ、素直にカリーンの思惑に乗るつもりはないけど。
「……ああ、ないよ」と素っ気なく答える。ただ、思わずしかめっ面になってしまい、カリーンに笑われてしまう。
「そうか、ならいいんだ。さあ、立ち話もなんだ、こっちへ。皆、いったん休憩にしよう」と通信装置の周りに群がる人々に声をかけるカリーン。
そして、大人の男、数人分の大きさはありそうな通信装置をカリーンは、ひょいっと片手で持ち上げる。
それを見て、慌てて場所をあける周りの人たち。一人が地面に急いで布を敷く。その上にカリーンはどすんと通信装置を置く。
「さあ、座った座った!」と、空いたテーブルの片側に座りながら、反対側の空いた椅子を指し示すカリーン。その耳元にアーリがささやく。
小さく頷き、軽く手をふってカリーンはアーリを下がらす。
「ロア、お茶お願い!」
そして天幕の入り口を開けたままにして、皆が退出していく。
「わざわざ皆を退席させたってことは、もしかして厄介ごとかな?」私はやれやれと思ってたずねる。
「お、さすがルスト。話がはやくて助かる。まあでもお茶を飲みながら思い出話の一つでも話してからでも、いいぞ?」とカリーン。
「はあ。本当に厄介事か。気楽な開拓生活かと思ってたんだけど。土地の魔素抜きで日が暮れるようなのんびりした生活、とかね」どうやら本当に厄介事らしい。気心を知れた仲にかこつけて軽く愚痴ってみる。
「そりゃ魔素抜きは大事だ。作物が育たないからな。しかしそんな簡単な仕事で、ルストに助けを求めるわけないだろ。『教授泣かせ』とまで言われていた学園の英俊さん?」と学生時代の恥ずかしい渾名をわざわざ持ち出してくるカリーン。
「……それはやめてくれ。で、結局厄介事はなんなんだ、カリーン様」
カリーンはようやくからかうような表情を止める。指を組みこちらをじっと見つめる。
「ルスト師には、まず、この野営地で流行っている風土病の治療と原因究明をお願いしたい」と語るカリーンの顔は、すっかり為政者の物だった。




