辺境を観察しよう!!
「まさか、ここまでとは……」私はヒポポの上から広がる荒れ地を眺めながら呟く。
一般的に辺境と呼ばれる地に入って数分だが、そこは話に聞いていた通りの場所だった。
生きている動植物が、ほとんどモンスターだけなのだ。てっきり誇張された噂かと思っていたのだが。
まあ、実のところ目の前の荒れ地には見たことのない生き物や、植物も沢山あり、それらが本当にモンスターなのかは明確にはわからない。ただ、今のところ動物も植物も近づくと、もれなく襲いかかって来るのだ。
今も、足元に這い寄ってくる陰が一つ。にょろにょろ動くそれをヒポポの足の一つが素早く踏みつける。
どんっ。
舞い上がる砂ぼこり。
「ありがとう、ヒポポ。ヒポポは敵意に敏感だから助かるよ」とヒポポをいたわる。
耳と尻尾をフリフリさせるヒポポ。ヒポポが足をどけるとそこには、ぺちょんと潰れた先程の陰。
蛇のような蔦のような、どちらとも言えない姿。にょろにょろした体の片方の端には歯っぽいものが放射状に生えていたようだ。
「なんだろね、これ。取り敢えず回収しとくか。何かの素材になるかもしれないしね」と私はそれをリュックサックへとしまう。素手は怖いので、採取用の手袋をして。少し表面はヌメヌメしているので小分けの防水布袋に入れて。
「ふう、やれやれ。しかしこんな荒れ地になっているのは普通の生き物がモンスターに負けちゃうから、だったっけ。ふーむ。まあ、こんな感じで見たことのないモンスターが沢山いるなら、研究は楽しそうだ。地図によるとそろそろ水場が見えてくる頃かな。そこを過ぎればカリーン達のいる場所まであと少し、だってさ」私はヒポポの上で、もらった簡易的な地図を眺めながらヒポポに向かって呟く。
そうですね、という感じで軽く頭を振って返してくれるヒポポの首筋をとんとんする。
「お、あれだ。少し休憩しよう。さてさて、水場は違うタイプのモンスターがいるのかな」とちょっとワクワクしながら私はヒポポから降りる。
片手を後ろに回してリュックサックに突っ込みながら池ぐらいの大きさの水場に近づいていく。
「ぶもっ!」とそこへヒポポからの警戒の呼びかけ。
目の前の池の表面を割って、何かが飛び出してくる。
私はひょいっと首を傾ける。その私の顔の横を通り過ぎていく、それ。
日の光を反射し、私の目に白い残像を残して。
──トカゲの子供っ?
私がよく見ようと振り返ろうとした時に、再びヒポポからの警戒の鳴き声が。
私はそれを聞き、今度はその場でしゃがみこむ。
再び池の表面を割って、今度は触手の様なものが一直線に突き出されてくる。
池から飛び出した触手は私の頭上を通過、まだ空中にいた白いトカゲへと巻き付く。
「ぴぎゃっ!」小さく悲鳴が聞こえる。
見ると、触手に脚をからめとられ、白いトカゲが荒野の大地へと叩きつけられていた。
ずるずると池に向かって引きずりこまれていく、白いトカゲ。必死に抵抗する様子の白いトカゲ。
私がパッと見でそのトカゲを子供だと思ったのは、体のパーツ一つ一つがまるっこいのと、顔に比べてつぶらで大きな瞳のせいだ。
白いトカゲは力尽きた様子で私の横を引きずられ、通りすぎていく。そのタイミングで、そのつぶらな瞳と目が合う。
じっと私の目を見つめてくる瞳。
それを見ていると、まるで助けて、と言われているように錯覚させられてしまう。
──いくら子供に見えるからって、明らかにモンスターだぞ。しかも見た目が子供っぽいからって本当にそうとも限らない。いや敵を油断させるためにあえてのあの見た目だってこともある! だいたい、モンスター同士の争いなら弱肉強食が自然の摂理だ。……ああっ、もう! 可哀想に見えちゃうんだよっ!
と、私は揺れる心のままに、叫ぶ。
「ヒポポ、頼む!」
「ぶもっ!」ヒポポが高速で私の横を通りすぎていく。
繰り出される踏みつけ攻撃が、大地を揺らす。
その先にあったのは今にも池に引きずり込まれそうになっていた白いトカゲ、ではなく、その足に巻きついていた触手。
ヒポポの一撃で千切れた触手。紫色の液体を撒き散らし、池へと引っ込んでいく。
あとにはぐったりした様子の白いトカゲが残されていた。




