トラウマ!!
最初の純水製の水球が、リハルザムの粘体の体へと到達する。
その水球分の、水の純度百パーセントを維持していた魔素の流れを遮断する。
物理法則の世界へと回帰することで、エントロピーの支配下のもと、世界の理が施行される。
圧倒的低さにあった完全なる純水のエントロピー。世界が均衡を求める。もっとも近くにある存在を純水が侵食し、エントロピーの均衡が訪れる。
リハルザムの粘体がごっそりと削り取られ、ただれたような跡を残しながら、液体が流れ落ちていく。
立ち上がる異臭。
床には毒々しい色に染まった液体が水溜まりを作る。プツプツと泡立つそれは、触れたらただでは済まなそうだ。
──このまま完全なる純水で削って行っても、ギリギリ、ここまであの汚水は来ないかな?
私はリハルザムがどう対応してくるか注視する。しかし、どうも何かおかしい、
高笑いをしながら訳のわからないことをわめき続けていたリハルザムが急に大人しくなっている。
いや、何か呟いている。
だんだんとその声のボリュームが大きくなってくる。
「臭い? 臭いのか? いや、おでは臭くない! 臭いわけない! マスターランクの、錬金術、師たる、おでが臭いわけ、ないっ。全部悪いのはあいつだ。るす、とのせいなんだ。くさく、ないっ! くさく、ないっ! くさく、ないぞっー!」
まるで、何かのトラウマでもあったかのようにひたすら臭くないとわめき続けるリハルザム。
私は首をかしげながら、今のうちかと、完全なる純水の水球を追加でぶつけていく。
リハルザムの全身がただれ、削られていく。一層キツくなる悪臭。リハルザムの足元には汚水がなみなみと広がっていく。
全身を削られていくリハルザム。しかし、そんなことなど気にした様子もない。それどころか、粘体の中に無数のキノコで形作られた、鼻が現れる。リハルザムの鼻の形をしたそれが粘体をまとい、分離してくる。
──いや、それは悪手だろ。こっちとしては助かるけど。やはり理性的判断力は既にないのか
?
分離した鼻だけついた粘体も、こちらに襲いかかってくることはない。ただひたすらにそこら辺の臭いを嗅ぐ動作を続けている。
「ほらほらほら! 臭くない! なにも、臭わない! ない! やっぱりだ。おでは、臭くない! ぐふぁ! ぐふぁふぉっ。ぐふぁふぁ!」
満足げな高笑いを始めるリハルザム。
私はその間に、壺から浮かした水球をほぼ撃ち尽くす。
リハルザムの体はほぼ元の人間だった頃の大きさまで縮んできた。巨大な時はスライム然としていたその姿も、大量の粘体を削ぎ落とした後は、人型に近いものになっている。
「ルスト師! 見えた! 魔石は右太もも!」
そしてついにロアから、透視の結果が告げられた。




