99 帰ってきた男
今日も曇り空のヨシャンカの町を、大柄の男が歩いていく。
正門を抜け、大通りを通り、目的地である冒険者ギルド出張所に向かっていく。
「ったく、余計な時間がかかっちまったなぁ」
ポリポリと頬をかくその男の顔は傷だらけであり、一般人は間違っても自分から話しかけないであろう程の強面だ。
「ん、ん、ん?そうおっしゃらないでください。我々とて、できる限りの努力はしたつもりですよ?」
「何事も、丁寧な仕事をするには時間がかかるもの。ご容赦を」
強面の大男の後ろを歩く男女が、間髪入れずに反論する。
男の方は細身で清潔な身なりをしている。
女は小柄で地味な顔立ち。常時にやにやと笑っているその表情からは、どことなく底意地の悪さを感じる。
「わぁーってる、わぁーってる!お前らを責めてんじゃないっつーの。何か言う度にネチネチ言い返してくんの、ほんとやめてくれよなー......」
辟易とした様子で両手をあげ、降参のポーズを示す大男。
後ろの二人は体も小さく強そうには見えないが、大男は二人に全く頭が上がらないらしい。
「しっかし、オレがいない間に、ヨシャンカはどうしちまったんだ?なんだこの活気?」
歩きながら大男はあたりをきょろきょろと見回して首をひねる。
彼が知るヨシャンカは、人通りも閑散とした過疎の町だったはずだ。
それがどうだ。
大通りには大勢の冒険者が歩き、そこらの公園では薬師が休みながら雑談している。
「は、は、は、良いことじゃないですか?何があったかは知りませんが」
「そんなことより、もう出張所に着きましたよ。ここからが最後の仕上げです。気合いれてください」
「はいはい」
大男は大きく深呼吸、そして冒険者ギルド出張所の扉を開けようと取っ手に手を伸ばした。
しかし、ちょうどその時、玄関扉が勢いよく外に向かって開く。
「っと!おい、扉は丁寧に開けぇ!壊したら弁償させんぞコラァ!」
「............」
出張所の中から肩をいからせながら出てきたのは、銀髪の少年冒険者だ。
その顔は真っ赤で、眉間に皺を寄せ、口を一文字に引いている。
その瞳には涙すら溜まっており、よほど腹に据えかねる出来事があったらしいことは想像に難くない。
怒りのため視野が狭まっているのか、少年冒険者は文句を言う強面の大男に気づく素振りすら見せず、大通りの人ごみに紛れて消えてしまった。
「............ありゃあ、カマッセじゃねぇか......?」
強面の大男には、その少年冒険者に心当たりがあった。
最近この町にやってきてヨシャンカ出張所で活躍していた、将来有望な少年だ。
口が悪く子どもっぽいところもあるが根は素直で真面目。
あのような態度をとる人間であるとは、思わなかったが......?
「ほら、よそ見しない。とっとと中に入ってください」
「......はいはい、わかりましたよ」
しかし、強面の大男の思考はすぐに後ろの男に横やりを入れられて途切れる。
そして今度こそ大男は扉を開き、背中を押されながら出張所の中に入っていった。
◇ ◇ ◇
(いや~~~、こっちに話ふられた時はどうしようかと思っていたけど......無事何事もなく終わって、良かったわ~!)
さてさて、強面の大男が出張所内に入室する少し前。
受付嬢ピリッツァは安堵のため息をついていた。
トーゴードコマンドの緊急討伐騒ぎからの、呪い子追放騒動。
状況がめまぐるしく変わり何が何やらわからぬまま流された感はあったが、それでも彼女は自分にとって最善の選択を採れたことを確信していた。
コマンドは討伐されて面倒な事務仕事はなかったことになったし、呪い子は町から出て行ったみたいだし、商工会のジジババ共もそれで納得して帰っていった。
万々歳だ。
呪い子がいなくなったことで臨時収入はなくなってしまうが、それはしょうがない。
もともと降ってわいた金のようなものなので、ここで欲をかいては失敗する。
どうせどこかで斬り捨てようと思っていたところなので、別に良いと割り切るしかないのだ。
十分稼いだ。もうこれで十分だ。
ただ一人、あのカマッセとかいうガキが妙に呪い子の肩を持ち、こちらに抗議してきたことだけは予想外だったが。
あのガキは出ていった呪い子を追って外に飛び出していったが、見失ったのか割とすぐに戻ってきて、そこからずっとピリッツァに抗議の声をあげていたのだ。
まあ、かなり口が回るようだが、しょせんは子どもである。
百戦錬磨の老獪悪徳受付嬢であるピリッツァには敵わず言い負かされて、たった今涙目で外に飛び出していった。
「んん~~~っ!ふふふ!」
緊張から解放され、思いっきり伸びをする。
とにかく、これで元通り。
刺激は少ないが、平穏な日常がまたやってくる。
ちょこちょこと帳簿に細工をして、小銭を稼ぐ日々が戻ってくる。
あぁ、これで全て終わった。
これ以上部屋に積んでいる金が増えないことを考えると、一抹の寂しさも感じるが。
「なんか、ずいぶんと楽しそうじゃねぇか。あ?」
「ひゃっ!?」
と、その時だ。
突然声をかけられピリッツァは驚き、小さく椅子から跳びはねる。
この、ドスの効いた声......彼女はよく聞き覚えがある。
恐る恐る、声の主を、カウンターの前に立つ人物を見遣る。
巨大な体躯故、見上げる形になる。
傷だらけの強面。
その体躯と顔面から醸し出される、威圧感......。
「あ......お、お帰りになってたんですか!?所長!」
そう、彼こそは長期出張でこのヨシャンカの町を離れていた出張所所長、ダッカンテその人であった!
(や、やば!所長が帰ってくるのって、もっと先の話じゃなかったっけ!?)
そう思い、ピリッツァは油断していた!
ちらりと、思わず自分の事務机の方に目線を送ってしまう。
机の上には、150,000エーンが入った封筒。
今晩のサイーシュ草の分の儲けとして懐にいれるべく、用意しておいた金だ。
そしてその一瞬の目の動きを、見逃さない人物がいた!
「ん、ん、ん?なんですかねこの封筒?や、や、や?ひー、ふー、みー......大金ですね?」
ダッカンテ所長の後ろについて歩いてきた細身の男性である。
彼はピリッツァの妙な視線の動きを感じ取るや否や、ひらりとカウンターを飛び越え、あっという間にピリッツァの事務机の物色を開始していた。
「あ、ちょ、何するんですか!勝手に、事務所の中に入らないで!!」
大慌てで抗議するピリッツァだが、細身の男はどこ吹く風だ。
「さて、さて、さて、ピリッツァさん?このお金はなんですか?お答えください」
「はぁ!?なんでそんなこと、あなたに......ってか、あんた誰よ!?個人情報がたくさんあるの!部外者は早く、事務所内から出ていきなさい!」
「おや、これは失敬。申し訳ない」
そう言いつつも、男は全く出ていく素振りをみせない。
胸ポケットの中に手を伸ばし、そこからカードを取り出して、ピリッツァに見せつけた。
それは冒険者ギルドの職員証である。
ピリッツァも持っている。
しかし、そこに書かれている内容が問題であった。
その職員証を見て、またそれに続く細身の男の名乗りを聞いて、ピリッツァは顔をひきつらせた。
「わたくし、冒険者ギルド本部に所属する捜査官、サイノンと申します。わたくしには規則により、職員からの情報の聞き取りや物理的な捜査が認められており、職員はその捜査を受け入れるという義務がございます。おわかりですね?新人職員研修で、聞いたことありますよね?」
「あ、え、そそそ、捜査官?」
口をぱくぱくさせながら、ピリッツァは震えた声でそう問い返すことしかできない。
「そ、そ、そ。捜査官です。で?ピリッツァさん、このお金は一体なんですか?」
「そ、それは!ぼ、ぼ、冒険者の方にお支払いする報酬ですよ!すぐにお支払いできるよう、他から分けておいただけです!」
「その方のお名前は?」
「し、守秘義務が」
「大丈夫。あなたから聞いた話は当然私もみだりに口外することはございません。というか、あなたには私の質問に答える義務がございますので。で、で、で?その冒険者の方の、お名前は?」
「......ガリセン、さん、です」
ピリッツァは体の震えを抑えながら、なんとかその名前を答えた。
ガリセンとは、ピリッツァが帳簿に記載するために作り出した架空の冒険者だ。
エミーが採ってきたサイーシュ草はみなそのガリセンが採ってきたことになっており、当然ピリッツァが横領してきた報酬はガリセンに支払われたことになっている。
「帳簿を確認してください。特にやましいことなど、何もありませんから」
平常を装いながら、サイノンに関係書類を手渡すピリッツァ。
大胆な行動であるが、帳簿上はつじつまがあうようにこれまでやってきたのだ。
この書類を調べられても特に問題はない。
ガリセンという人物について詳しく調査されると困ってしまうが、ひとまずの時間稼ぎはできるだろう。
この捜査官が帳簿に夢中になっている間に、何か他の言い逃れの手段を探して......。
「えぇっ!?ガリセンさんってあの、さすらいの薬草採取名人のガリセンさんですか?金髪で額に大きな傷のある、3級冒険者の?」
状況を打開するために頭脳をフル回転させていたピリッツァの耳に、そんな女性の声が聞こえてきた。
声の主は、所長の後ろに立っている、サイノンと共に入ってきたもう一人の地味な女性だ。
「お、お、お?知っているのですか?タイチェさん」
「はい。私はギルドに所属する冒険者の情報は、一言一句全てを暗記しておりますので。その方以外に“ガリセン”という名前の冒険者は存在しません」
女性はサイノン捜査官と親し気に会話する。
きっとあれは、サイノン捜査官の部下とか同僚とか、とにかくそういうやつだ。仲間なのだろう。
これはチャンスだ。
適当に作った架空の人物だが、まさか同名の冒険者が実在したとは!
ピリッツァはタイチェが発した言葉に便乗することにした。
「そう!そうなんですよ~!そのガリセンさんなんです!なんだか事情があるみたいで、自分の名前は隠しておいてくれ、なんて言うから!捜査官さんと言えども、ちょっと情報の提供にためらっちゃって!申し訳ありません!」
自分が当初情報を出し渋ったのは、当の冒険者との約束があったから。
よし、不自然さはない。
「なるほど。しかし、それはおかしな話なんですよ、ピリッツァさん」
「お、おかしい?何がですか?確かにあの冒険者の方はガリセンさんでしたよ?おかしなことなど、どこにも......」
「ガリセンさんはね、5年前にお亡くなりになっていますから」
「......は?」
「ですから、ガリセンさんは、既にお亡くなりになられています。......そんなガリセンさんが、このヨシャンカに現れた、と?はてさて、これはどうしたことでしょうねぇ?幽霊でも出たんでしょうか?」
ニヤニヤ笑いながらそんなことを言うタイチェ。
(は、はめられた~~~!!!)
もはやピリッツァの顔面は蒼白。唇は紫色だ。
膝が震え、めまいがする。
動機が激しい。
「あぁ、ちなみに何者かがガリセンさんの名を騙っているとか、それはありえませんよ。ガリセンさんは確かに薬草採取名人として一部では有名な方でしたが、残念なことに流れの窃盗犯という裏の顔も持っていました。5年前に死亡されたのも、獄中でのことなのです。普通、そんな犯罪者の名前を騙るなんてこと、しないですよね?そのあたりの設定は考えてますか?今、考えます?少し待ってあげましょうか?」
「............」
もはやピリッツァには、何か反論する気力は残されていなかった。
立っていられず思わず床に腰をつく。
今、何が起こっているの?
どうして、こうなった?
混乱するピリッツァの頭の中には次々に疑問が湧き出ては、解決されることなくぐるぐると思考をかき乱し続ける。
くらくらする。目が回る。
それでも今の彼女にも理解できること。
それは何か、とてつもなく自分にとって良くないことが起こっている。
その事実であった。
「......はぁ。ピリッツァをおちょくるのもその辺にしといてくれ、サイノン捜査官、タイチェ特務事務官。話が全然進まねぇじゃねぇか」
ため息をつきながらそうやって話に割り込んできたのは、ダッカンテ所長である。
「は、は、は!いやぁ、すみませんね。目の付くところに、いきなり余罪を発見してしまったものですからね。ついついつつきたくなってしまって。」
口では謝罪しているものの、サイノンは全く悪びれる様子もなく、楽しそうに笑う。
「ったく。......おいピリッツァ、その封筒の金のことは後回しだ。とりあえず、本来はギルド本部でお勤めのこのお二人に、わざわざこのヨシャンカくんだりまでお越しいただいた、その理由を説明させてもらう。ちなみに、心当たりはあるか?」
心当たり?
そう言われても、ピリッツァには見当もつかなかった。
報酬のぴんはね?
実績偽造のための、貢献点の水増し?
塩漬け依頼の不正処理?
心当たりはあるのだ。
ありすぎたのだ。
「......どれ?」
思わず口をついて出てしまったその言葉を聞いて、ダッカンテは肩を落とし大きくため息をついた。
「おそらく、お前さんが思い浮かべた罪状全部、だな。お前さんはばれねぇと思ってたんだろうが、本部の調査能力をなめちゃいけねぇや。なんかのきっかけでお前さんの不正に気付き、余罪を調べたら出るわ出るわ......。んで、オレは本部に呼びつけられて大目玉よ。......まぁ、オレのことはどうでも良いか。とにかくな、最終的に、こんな命令書が出た」
そう言いながら、ダッカンテは胸元からごそごそと、一枚の紙を取り出す。
ただの紙ではない。
その縁には金色の華美な装飾が施されており、何よりその最下部にある署名。
そこに書かれた名前は『ライリーン・ルーン』。
“不変”の二つ名を冠する、最強の特級冒険者。
そして、現冒険者ギルドの総帥。組織のトップ。
つまりこの紙は、冒険者ギルド総帥の名前で発行された、命令書である!
「あー......『種々の罪状を理由とし、冒険者ギルド、テーニディース支部ヨシャンカ出張所勤務、受付係ピリッツァの拘禁を命ずる。』っちゅーわけでな。ピリッツァ、ここらが年貢の納め時だ」
ピリッツァの末路でした。




