95 町に帰ろう
「......ハハ、あいつ、マジでやりやがった!」
彼の遥か上空、曇天を背景に宙を舞ったトーゴードコマンドの首を見て、カマッセは歓声をあげた。
『魔法でお前をトーゴードコマンドまで吹き飛ばしてやる。だからお前がそいつの首を刈れ』
直前に行った、ごく短い作戦会議。
その時、彼がエミーに伝えたのが、この言葉だ。
もう、アホかと。
自分で自分につっこみたくなるような作戦。
攻撃魔法で人を目的の場所まで吹き飛ばす。
そんな無茶苦茶な話、聞いたことが無い。
そんな精密な魔法操作が、自分にできるのか?
それにトーゴードコマンドは強靭な個体だ。
それの首を、自分より小さな女の子に刈れという。
馬鹿じゃないのか?
しかし、冷静に考えるとただの無茶としか考えられないこの作戦に、エミーは一つの文句も言うことなく、従ってくれた。
そしてカマッセは見事トーゴードコマンドの元までエミーを魔法で運んだし、エミーはその意味の分からない力でコマンドの首を刈った。
(......英雄ってのは、きっとお前のようなヤツのことを言うんだろうな、エミー)
空から降ってくる黒髪黒目の少女を眺めながら、カマッセは幼いころ祖父から何度も聞いた昔話を思い出す。
それは、彼の祖父が若いころ遭遇した、実話。
カマッセの家、カイセッツ家は代々続くそれなりに大きな商家だ。
祖父は若いころ修行のため各地を行商して回っていた。
そんな中、運悪く遭遇してしまった、魔物のスタンピード。
目の前には、雪崩のようにこちらに迫る魔物の群れ。
絶体絶命。
死を覚悟したその時、突然祖父の目の前に現れた金髪の女性。
その女性が腕をただ一振りすると、それだけで目の前に迫っていたほぼ全ての魔物達が吹き飛び、祖父は命を救われたのだという。
規格外。
人智を超えた、その力。
まさに、英雄。そう呼ばざるを得ない。
そんな祖父の昔話に登場する英雄の姿に、カマッセは憧れた。
その憧れが高じて、冒険者になって家を飛び出すことになろうとは、祖父も予想だにしなかっただろうが。
ともかく、カマッセはその英雄の姿をエミーに重ねていた。
腕の一振りでスタンピードを吹き飛ばすほどの力はまだないのだろうが、既にその力は常軌を逸している。
あれこそが、英雄の器。
未来の英雄。
カマッセはそう確信していた。
(......負けてられないな!)
そして彼の心は燃えていた。
彼は、自他ともに認める天才である。
その天才が、己のことなど歯牙にもかけぬほどの器に出会った。
しかし、カマッセはくじけない。
いつかきっと、その隣に並び立つ。
絶対に!
彼の心は燃えていた。
カマッセは、負けず嫌いなのだ!
......しかし、今は。
自分のちっぽけなライバル心など、どうでも良い。
今はあの小さな未来の英雄を、笑顔でもって迎え入れよう。
「『風よ、包みこめ。彼の者を守れ!【エアープロテクト】!」
エミーの体を風が包み込み、彼女はふわりと地上に着地する。
きょとんとしている。
特に動じていないあたり、きっと彼女は放っておいても無傷で着地はできたのだろう。
あんな高度から落下して?
なんで?意味がわからん。
ただ、だからといって、何の迎えの用意もしないのでは男が廃るのだ。
「ふん。まぁ、良く頑張ったな。誉めてやろう!」
戦いが終わり安心して、ついつい、いつもの偉そうな口調が出てしまう。
照れ隠しだろうか?自分でもよくわからない。
なんだか、顔が熱い。
「......お疲れ様。お帰り、エミー」
ようやく、ねぎらいの言葉を言えた。
我ながらいつの間にか酷くひねくれた性格になってしまったものだと、カマッセは苦笑する。
その言葉を受けて、黒髪黒目の少女は。
無表情のまま言葉少なく返答する。
「ただいま」
しかしその声は、どこかいつもより弾んでいた。
そんな風に、カマッセには聞こえた。
◇ ◇ ◇
ドスンッ......!
私から少し遅れて、赤クソ鳥の体が降ってくる。
こんなに大きいのに、なんで先に落ちずにゆっくりふってくるのか?
謎だ。
<トーゴードは魔法の力で空を飛んでいますからね。魔法が切れるまでは本体が死んでもゆっくり下降しますので、後から降ってくることになります>
謎じゃなかった。
ともかく、これにて本当に万事解決、一件落着だ。
クソ鳥共のリーダーはこうして殺したし、それにびびって他のクソ鳥共はどこかに逃げ去っていった。
今空を見上げても、そこにあるのはただ灰色の曇り空。
不快な鳴き声も聞こえず、ただびゅうびゅうと海風だけが吹いている。
カマッセの心配していたクソ鳥共のヨシャンカ襲撃も起こらないだろうし、なんの問題もないだろう。
と、いうことで。
ぐぅぅぅ......。
お腹がすいたので、目の前の赤クソ鳥、いただきます。
ぶちぶちっ。ごくごく、むしゃむしゃ......。
「だからぁーーーーーッ!!生肉を食うな!血を啜るなぁーーーーーーッ!!」
またしても邪魔をしてくるカマッセ。
やめろ、肩をゆするな。もぐもぐ。
「危険だぞ!?特にこういう強い魔物はきちんと処理をしねぇと、“魔力中り”する可能性が高ぇんだ!」
“魔力中り”?何それ?もぐもぐ。
<......エミーには無関係な話です。あなたが気にする必要は、ありません>
?
そうなの?オマケ様。もぐもぐ。
「それにな、エミー。冒険者の仕事は魔物を討伐して終了、ってわけじゃねぇ!」
そうなの?カマッセ。もぐもぐ。
「討伐したなら、そのことを冒険者ギルドに伝えて、報奨金をもらって、それで仕事が終了だ。宿に帰るまでが冒険!仕事は最後まで気を抜かず、しっかりこなすのが冒険者の心得よ!」
はぁ。やっぱり真面目だなぁ、カマッセは。もぐもぐ。
胸をはり私にお説教するカマッセの左手には、私が刈った赤クソ鳥の生首がある。
いつの間にか拾っていたらしい。
「脳みそ食べるの?」
「違う、討伐証明だ。今回は、おそらくオレが一人でトーゴードコマンドと戦っていると、既にギルドに連絡がいってるだろう。で、あるならば、そろそろオレの救助隊およびトーゴードコマンドの討伐隊が結成されていてもおかしくないからな。わざわざ装備を整えこの北の崖まで来てもらって、既に戦闘は終了していましたでは他の冒険者たちに申し訳ないだろう。早めにギルドに戻って今回の顛末を報告する必要があるのだ」
......なるほど。もぐもぐ。
じゃあ、報告頑張ってねカマッセ。もぐもぐ。
「............」
なにさ?こっちをじっと見つめて。もぐもぐ。
小首をかしげる。もぐもぐ。
「『自分には関係ないな』って顔してんじゃねぇよ!お前も当事者の一人だ!当然お前も報告に行くんだよ!お前だって冒険者だろうが!というか!今回の討伐の!一番の!功労者だろうが!」
唾を飛ばし私を指さしながら、顔を近づけ大声で喚くカマッセ。
でもそんなこと言われてもなぁ。もぐもぐ。
私、実のところまだ冒険者じゃないし。もぐもぐ。
そして何より......。
「私が報告しても、無駄」
「む?」
「私、呪い子。私の言うこと、多分誰も信じない」
とにかくこの世界、黒髪黒目に対するあたりが強い!
討伐報告に私がついていくだけで、なんか余計なもめ事が起こりそうな気がするんだよね。
それなら今回のことは、カマッセ一人の戦果にしておいた方が色々と楽なんじゃないかと思うんだよね。
「............」
カマッセは私の言葉を聞き、あごに手を当て何やら考え込みはじめる。
しかし、すぐに顔をあげ私の瞳をまっすぐに見つめ言った。
「いや、お前には、絶対に報告についてきてもらう。オレにまかせておけ!お前にも損はさせないさ!」
そして自信満々の笑みを浮かべると、カマッセは私の襟首を掴んで無理やり引きずって町まで歩き始めた。
あ、あぁ~......!
な、何をする!
肉!肉!肉!お肉ぅ~......!
「じたばたすんな!肉ぐらい後でオレがおごってやる!」
しょうがない、ついていってやるか。
◇ ◇ ◇
ちなみに、以下は町への帰り道の話である。
私たちはヨシャンカに向けて、岩の転がる崖際の草原を二人で歩いていた。
「ってか、そういえばお前はどうしてこの崖まで来ていたんだ?なんかの依頼か?」
「カマッセが危ないって、話を聞いたから。町で」
「......助けにきて、くれたのか?」
「そう」
「なんで......」
「好きだから助けた」
「え?」
「私、カマッセのこと好きだから」
人間としてね?
「......」
あ、真っ赤になってる。
ちょ、まて、勘違いすんなよ?
「好きなの、人間として、ね?」
「あ、あぁ......あ?......あぁ」
まだ赤いまんまだ。
話聞いてんのか、おい。
というか、幼女にそんなこと言われても照れてんじゃねぇ!
どんだけ初心なんだカマッセは。
<......エミー、あなたいつも自分でも言っているでしょう?あなたは美少女なんですよ。ただ、黒髪黒目が忌み嫌われているだけで、それ以外の部分はこの世界の住民から見ても相当美しいんです。現在カマッセの黒髪黒目への抵抗は大分薄れているみたいですからね。『好き』って言われたら、そりゃ照れますよ。殺しましょう>
オマケ様、なんなの最後の殺意は!?
「............」
「............」
あぁぁぁぁ~~~っ!
もう!何!?この沈黙!!
気まずい!なんだか妙に気まずいんだけど!!
もうね、あまりにも気まずいしカマッセも疲れていて歩みが遅いもんだからね、途中から私が彼をおぶって走りましたよ。
【飛蝗】走法ですよ。あっという間に町に着きましたよ。
町の外壁?
もちろん【紙魚】で乗り越えましたよ。
ちなみに、これまで基本的に野山にて生活を続けてきたエミーちゃんですが、なんでも食べるので栄養状態は良いです(第6話で本人もそう独白していましたね)。
歳相応に小さいけど、同年齢の子と比べると背も高いです。




