94 暴虐鉄砲玉系女児エミー
高さとは、力である。
高位の者は、下位の者を従える。
家臣は王に逆らえない。
高さとは、力である。
それは物理的な側面においても、ある意味において真理である。
高所に陣取る者に、低所の者は手出しができない。
そんな考えが、トーゴードたちの思考の根幹に根付いている。
飛んでいる方が強い。
飛んでいる方が偉い。
飛んでいる方が凄い。
これまではそれが、間違いなく真実だった。
たまに油断して昼寝をしていた個体が地を這う卵泥棒共に狩られることもあったが、その数は総数からみれば微々たるもの。
大きくて強くて空を飛べる我々は強くて凄いので、地を這う何者よりも強くて偉い。
そう思っていた。
しかし。
しかし!!
なんなんだ、あの人間は!!
トーゴードコマンドは先ほどの光景を思い出し、その不快さに思わず唸る。
アレは地を這う不快な黒虫でありながら、大空を舞う王者たるトーゴードに牙をむいた。
あまつさえ、彼の手駒を何匹も殺し、その体を大地へと引きずりおろした。
許されざる行為である。
不遜極まりない。
看過できない。
大空の支配者たるトーゴードを地を這う黒虫が狩り殺すなど、この世の理にすら背く悍ましい行為だ。
すぐにでもアレを断罪し、乱れてしまったこの世の摂理を正常に戻さなくてはいけない。
いや、それだけでは足りない。
アレの罪は重い。
アレの同族共も連座で処刑しなくてはな。
だが、しかし。
アレをどうやって誅すかと問われれば、それはなかなかの難題だ。
いつものように突進をかけても、容易く避けられ、逆にとりつかれて殺される未来しか見えない。
正直怖いので、近づきたくない。
............。
いや、違う。
そうではないのだ。
あの黒虫は不浄だ。
この世の理に背く存在だ。
あんな不快なものには、天空の支配者たる高貴なトーゴードが近づくべきではない。
近づくだけで魂が穢れてしまう。
故に今、己は先ほどよりも高所を飛んでいるのだ。
穢れからは距離をとらなくてはいけない。
アレがいかに高く跳躍できると言っても限度がある。
これほど高所にいれば、アレもこちらに手出しはできまい。
安心だ。
やはり高さとは、力である。
飛んでいる方が凄くて偉い。
「「「ホガッ!ホガァッ!」」」
思わず思考に没入していたコマンドの意識を、手駒共の警戒音が現実に引き戻す。
地上で動きがあった。
あの黒虫が、再びこちらに向けて跳躍を行ったのだ。
ヤ、ヤバイ!
怖い!!
「ホッホホホホッホホッホガッガァァァッ!!」
コマンドは慌てて指示をだす。
「「「「「ホガァァァッ!!」」」」」
それを受けて、手駒共は一斉に【エアープロテクト】を発動。
ただし、一匹一匹を覆うように結界をはった先ほどとは異なり、今回はあの黒虫の勢いを止めるべく、アレの進行方向にいくつもの風の壁を作る。
黒虫は風の壁にぶつかるたびに、その推進力を無くし、勢いがどんどん削がれていく。
この調子では、アレの牙が己に届くことは、ない。
コマンドは、心底安堵した。
............。
いや、違う。
そうではないのだ。
高貴な存在である己に対して、あんな不浄な黒虫の牙が届くはずもないのだ。
安心すること自体がおかしい。
そもそもがありえない話なのだから、不安に思う必要などないのだ。
再びあれやこれやと考え始めるコマンドだが、その余裕は長くは続かなかった。
「『炎よ、爆発せよ!全てを吹き飛ばせ!【エクスプロージョン】!』」
海風にかき消されながらも、地上からそんな詠唱が聞こえてきた。
次の瞬間。
ドォォォォォォン!!!
そんな轟音を響かせながら、突如として空中で爆発が生じた!
攻撃魔法だ!
地上に残ったあの黒虫の仲間が放ったものだ!
通常であればあの程度の魔法は、トーゴードたちが警戒するほどのものではない。
トーゴードは風に守られており、頑健な肉体を持ち、タフなのだ。
だが、しかし。
その魔法、そもそもトーゴードたちを傷つける目的で放たれたものではなかった。
その爆発が生じたのは、黒虫の、ちょうど背中。
黒虫はその爆発によって再び推進力を獲得し、コマンドに向けて勢いよく突き進み始めたのだ!!
「ホ、ホガァァァァーーーーーーーッ!!?」
予想外の事態に驚愕し気が動転するトーゴードコマンド!
あらかじめ手駒どうしに距離をとるよう命じていたことが災いし、あの黒虫とトーゴードコマンドの二体の間を、遮るものは何もない!!
「ホガァァァッ!!ホガァァァッ!!」
もはや手駒に指示を出す余裕すらない!
自前でいくつもの【エアープロテクト】を発動し、黒虫の勢いを削ごうとするも、その努力は全てが無駄に終わった。
何故ならば!
「『風よ、吹き飛ばせ!【ストーム】!』、『風よ、吹き飛ばせ!【ストーム】!』」
黒虫の勢いがなくなるとすぐに、地上に残った奴の仲間が魔法で援助を行い、推進力を生みだしてしまうのだ!
本来であれば攻撃のために用いられる魔法を、人間一人を疑似的に飛行させるために調整して用いる。
極度の集中状態にある天才、カマッセだからこそできる曲芸じみた芸当である!
始めはゴマ粒のように小さかった黒虫の姿が、あっという間に近づいてくる。
その深く黒い瞳に殺意の炎を燃やし、トーゴードコマンドに向かって突き進んでくる!
「ホガァァァーーーーーッ!!」
コマンドは恐怖のあまり悲鳴をあげた。
彼らはその巨体故小回りがきかない。
もはやコマンドは逃げることも攻めることもできない。
そしてついに黒虫は、トーゴードコマンドの体にたどり着く。
羽毛をしっかりと握りしめ、何やら人間の言葉でつぶやく。
「ツカマエタ」
「ホガァァァッ!!ホガァァァッ!!」
もはや半狂乱となったコマンドは黒虫を振り払おうと無茶苦茶に飛行するが、どういうからくりか、ぴったりと彼の体に張り付いたそれはまるで離れる気配がない。
カサカサと体の上を這いまわられる感覚。
死を運ぶ黒虫の恐怖!!
「ホホッホガァァァーーーーーッ!!」
助けろ!オレを助けろ!!
トーゴードコマンドは悲鳴をあげ続けるが、手駒たちは手を出すことができない。
そもそも手がないので、空飛ぶ仲間の体から黒虫だけを引きはがすような器用な真似はできないのだ。
できることと言えば、先ほどコマンドが指示したような、自爆特攻のみ。
そしてそんな攻撃を、自分たちの群れの統率者に行うわけにはいかない。
彼らはただただ困惑し、恐怖し、暴れまわるトーゴードコマンドを遠巻きに眺めることしかできない!
そうこうしている間に黒虫はコマンドの首筋までたどり着き、その右腕をまるで剣のように振り下ろし......。
ガキンッ!!
「ム」
しかしながらその手刀は、トーゴードコマンドの首の筋肉により弾かれる。
彼の肉体は手駒たちのそれよりも頑強である。
さらに魔力量も豊富であることから、【身体強化】をかければその強さは跳ねあがるのだ。
「ホ、ホガ......?ホホホッホガァァァーーーッ!!」
黒虫の手刀が、己には通じない。
その事実に気づいたコマンドは一瞬呆けた後我に返り、俄然調子を取り戻す。
なんだ!驚かせおって黒虫め!
しかししょせんは地を這う黒虫!
王者の中の王者たるこのオレを、倒せると思うてか!?
途端に黒虫を嘲り笑いだすコマンドだが、調子に乗るにはまだ早い。
ドゴンッ!!
「!?」
次の瞬間、コマンドの頭部に襲い来る強烈な衝撃!
一瞬意識を失いかけるコマンド。
何が起こった!?
答えは簡単。
黒虫は首筋への手刀が有効ではないと見るや、すぐさま攻撃手段を頭部への殴打に切り替えたのだ。
この黒虫、以前にも手刀があまりきかない大きな魔物を狩り殺したことがある。
斬撃がきかないのならば、打撃。
その時の経験の応用だ。
ドゴンッ!!
ドゴンッ!!
ドゴンッ!!
黒虫がコマンドの頭部を殴りつけるたび、その小さな拳から発せられる音とは思えない轟音が周囲に鳴り響く!
「ホ、ホガァァッ......!」
朦朧とする意識の中、黒虫を振り落とそうと必死で飛び回るコマンドだが、それは叶わない。
黒虫の二本の脚は、まるで吸いついているかの如くコマンドの首筋にはり付いており、まったくはがれないのだ。
この事実により驚愕していたのは、必死で暴れるコマンドではなく、周囲で見守る手駒たちだっただろう。
何しろ、コマンドが上下逆さまになって飛行しても、黒虫の足はコマンドから離れることなく、ぴったりとはり付いたままだったのだから。
物理法則を無視した、訳のわからない挙動である。
どうする!?
どうすればオレは助かる!?
コマンドは必死で薄れゆく意識の手綱を握り、考える。
手駒たちは遠巻きにこちらを眺めるだけで、全く助けに入る様子はない。
黒虫の足はぴったりとコマンドに貼りついており、振り払うこともできない。
そして体にとりつかれてしまった以上、自分が黒虫を攻撃することはできない。
......あ。
手がない。
オレ、詰んでる。
ようやく認めたくないその事実にたどり着いた瞬間、コマンドの心はぽっきりと折れた。
ドゴンッ!!
またしても襲い来る黒虫の殴打。
頭部への、強い衝撃。
ついにコマンドは耐えきれず、その意識を手放し。
その体から、力が抜ける。
体中に漲っていた魔力が、弱まる。
【身体強化】が解除される。
隙が生まれる。
そして次の瞬間には、コマンドの首は宙を舞い、地上に向かって落下していった。
対トーゴードコマンド戦、決着です。
飛んでいるから厄介だけど、身体能力的にはポイズントポポロッククイーンの方が強かったです。




