92 北の崖上空の戦い!
「......ミナゴロシダッ!!!」
トーゴードたちは人間の言葉を理解できない。
当然、突然現れた小さな人間が何を言ったのか、わかるはずもない。
しかし、アレは、危険だ。
得体が知れない。
それは、【投石】......そう、石を投げた、ただそれだけで、あっという間に仲間を数匹を屠ったその光景を見るだけで、十分に理解できた。
「ホホホホッホホッホガッガァァァッ!!」
トーゴードコマンドはすぐさま仲間に指示を出す。
防御を固めよ!と。
「「「「「ホガァァァッ!!」」」」」
トーゴードたちは一斉に叫び、【エアープロテクト】を発動。
これまでよりも魔力を込めて、より強固な風の防御結界を形成する。
ビュンッ!!
次の瞬間、再び飛来する石礫!
標的にされたトーゴードは思わず目をつぶるが、その石礫は【エアープロテクト】に阻まれその勢いを削がれ、トーゴードの顔をゴツンと叩くのみの結果に終わった。
間一髪!
思わず冷や汗をかいたトーゴードだが、しかし防御結界による己の優位を確信し、すぐに余裕を取り戻した。
地を這う不快な黒虫め。
大空の覇者たる我々に、貴様のような下等生物が反逆するなど、全くもって不遜!不遜!!不遜である!!!
嬲り殺しにしてくれる!!!
......トーゴードは元来その巨体故、敵の少ない生物。
あまり警戒心というものを持たず、すぐに調子に乗る。
しかし今回の相手は、例え一瞬でも気を抜けば、それが命取りになる。
そんな相手なのだ。
「!?」
トーゴードは地面を改めて睨みつけ、驚く。
そこには、先ほど嬲っていた銀色の毛が生えた人間しかいない。
新たに現れた小さな人間の姿が消えている。
それが立っていた場所に残っているのは、地面のヒビ、それと土煙。
土煙は海風に吹かれて、すぐに消えた。
「ホガッ!ホガァッ!」
周囲で旋回する仲間たちが、己に向かって警戒音を発する。
そのことに気づくと同時に感じる、違和感。
体表を小さな虫が這いまわるかのような不快感を、初めて自覚する。
しかし、気づいた時にはもう、遅かった。
次の瞬間彼の視界は突然くるくると回転を始め、地面に向けて落下を始める。
な、なんだ!?
何があった!?
体が、体が動かない!?
混乱し、己の境遇を理解することもできないまま彼の頭部は地面に転がる岩にぶつかり、ぐしゃりと音を立てて潰れた。
◇ ◇ ◇
周囲を旋回していた彼の仲間たちは、戦慄していた。
彼らはたった今死んでいった仲間に一体何が起きたのか、しっかりと観察していた。
まず始めに、あり得ないことが起こった。
突然現れた小さな人間。
そいつは少し屈んだかと思うと、足に力を込め、飛び跳ねた。
......自分たちが旋回する、この空の上まで!
そして仲間の内の一匹の体にしがみついたかと思うと、虫のようにその体の上を這いまわり、首元に向けて移動を開始したのだ!
「!?」
「ホガッ!ホガァッ!」
「ホガッ!ホガァッ!」
慌てて警戒を促すも、もはや手遅れ。
仲間の首元にたどり着いた小さな人間は、ピンと指先を伸ばした右腕を頭上に掲げてから、円を描くように、その腕を仲間の首に向けて振り下ろした。
......そしてまたしても、あり得ないことが起きる。
我々トーゴードの、太い首が。
あの小さな人間の細い腕によって。
切断されていた。
それはもう、すっぱりと。
切り落とされた首は地面に落ち、潰れた。
残された体は徐々に魔力による飛行補助の力を失い、大量の血をまき散らしながら地面に向けて下降を開始する。
「!?」
と、ここでこのトーゴードは異常に気づく。
たった今、仲間を殺したあの小さな人間の姿がない!
「ホガァッ!ホガァァァッ!!」
その人間が、どこに消えたか。
それは存外、あっという間に判明した。
仲間があげる、悲鳴によって。
あの小さな人間は仲間の首をはねた後、そこからまた飛び跳ねて別の仲間にとりついていたのだ!
「ホガァァァッ!!」
とりつかれた仲間は悲鳴をあげ、人間を振り落とそうとめちゃくちゃな姿勢で飛び回るが、その人間は全く意に介さない。
まるで、ノミだ。
人間は体表を這いずり周り、またしても仲間の首をはねた。
そして、人間は。
......こちらに、顔を向けた。
目が、あった。
思わず、まじまじと見てしまった。
頭に巻いていた布が強風に煽られどこかに飛んでいく。
なびく、美しい黒髪。
そして同じように黒い、深く深く黒い、瞳。
そこに宿るは、殺意。
敵意。
憎悪。
悍ましいほどの、暴虐の意志。
え。
やめて。
こないで。
やだ。
やだやだやだ。
やだやだやだやだ!
あ、あああ、あああああああああああああああッ!!
慌てて体を翻し、逃げようとするももう遅い。
仲間の死骸を踏み台にして、小さな人間は跳ねる。
己の体に向かって。
そして羽毛を握りしめ、体にしがみつく。
かさかさと這いまわり、体表を移動。
そして首元へ。
そして、そして。
......ここで、このトーゴードの意識は途切れた。
首をはねられる前に、恐怖のあまり気絶したのだ。
そして、それ以上は恐怖も痛みも感じることなく、死んだ。
◇ ◇ ◇
小さな人間......エミーは次々にトーゴードの首をはねていく。
短い時間の間に、既に10匹を超すトーゴードがその犠牲となっており、このまま無策でいれば群れの壊滅もあり得る。
当然、群れのリーダーたるトーゴードコマンドは、その事態を良しとはしない。
これ以上己の手駒が減ってしまっては、かなわない。
各地を放浪し、ようやく見つけたリーダーのいない群れなのだ。
トーゴードの大集落を築き、大空の王となる。
己の夢を、これ以上邪魔されてなるものか!
「ホホホッガァァッ!ホホホッガァァッ!」
仲間同士、距離を取るようにと出していた指示が、ようやく手駒共に伝わり始めた。
手駒たちがそれぞれ離れ始めたおかげで、あの人間の蹂躙が止まる。
地面とは違い、不安定な手駒たちが足場では、それほどの距離を跳躍できないようだった。
......愚図共が混乱し慌てたせいで避難行動が遅れ、余計な被害が出てしまった。
全く、忌々しい。
しかし、連中は支配されるべくしてこの世に生を受けた輩だ。
生まれながらの支配者たる己と比べると、体の大きさ、知能、魔力量、全てが劣っているのだ。
致し方あるまい。
「ホホホホホッガァッ!」
「ホガッ!?」
そしてトーゴードコマンドは、近くを飛んでいた個体に冷酷な指示をだす。
その手駒は驚き抗議の声をあげるも、トーゴードコマンドに一睨みされると、それ以上文句を言うことはなかった。
知能の低いトーゴードは、上位存在たるトーゴードコマンドに逆らうことができない。
そのようにできている。
「ホ......ホガァァァッ!!」
手駒は絶叫をあげながら、突進を開始する。
狙いはもちろん、あの小さな人間。
もっと言うなら、あの人間にとりつかれた個体だ。
トーゴードコマンドの命令、それは端的に言うならば自爆特攻せよというもの。
とりつかれた駒、そして突進する捨て駒ごと、あの人間を海に叩き落としてやるのだ。
ドゴッ!!!
トーゴード同士がぶつかる、鈍い音が空中に響き渡る。
衝突したトーゴードたちは、それぞれが血をまき散らしながら、落ち始める。
その体は衝撃で骨でも折れたか、あらぬ方向にねじ曲がり見るに堪えないが、そんなことで心が揺れるトーゴードコマンドではない。
手駒共を好き勝手殺しまくったあの人間は、近くに足場がない以上さすがに為す術がないらしく、死んだトーゴードたちと一緒に海に向かって落ちていく。
ざまぁ見ろ、人間め!黒虫め!
そのまま、海の藻屑となってしまえ!!
「ホホホホホッホホホホホッ!」
嘲り笑うトーゴードコマンド。
人間は死んだ手駒を蹴り、崖に向かって飛び移ろうとするが、飛距離が足りない。
そのまま海に向かって真っ逆さまだ。
「「「ホホホッ!ホホホホッ!」」」
手駒共も勝ち誇り、笑い声をあげる。
しょせんは地を這う下賤な虫よ!
我らに歯向かうなど、笑止千万!
そのまま海面に叩きつけられて死ね!
既に先ほど感じた恐怖などすっかり忘れ......いや、忘れたふりをして、忘れるためにも、彼らは嘲り笑うのだ。
しかしながら。
彼らの高笑いは、そう長くは続かなかった。
「『風よ、吹き飛ばせ!【ストーム】!』」
海風に遮られながらも、トーゴードたちの耳にそんな詠唱が届いた。
それを唱えたのは、さっきまで自分たちが好きなように嬲っていた、銀色の髪をした人間だ。
その風の魔法......本来であれば敵を攻撃することに使われるはずのその魔法は、海に落ちていく小さな人間を崖に向かって吹き飛ばした。
重ねて言うが、本来であれば攻撃魔法である。
吹き飛ばされた小さな人間は崖の上の地面に叩きつけられ、二度三度転がり、うつぶせになって動きを止める。
銀色の髪の人間が、慌てて駆け寄っていく。
あの勢いで地面に叩きつけられ、生きているわけがない!
助けようとしたが、逆にとどめをさす結果になったか!
再び嘲り笑おうとするトーゴードコマンドだが、それは叶わなかった。
あの小さな人間。
あれだけの勢いで地面に叩きつけられたにも関わらず。
すぐに立ち上がった。
むくりと。
......割と普通に。
現在のエミーはそもそもの肉体がかなり頑健な上に、魔力変換で衝撃を殺せますので。
高いところから落ちたり、叩きつけられたりでは、死にません。
物理的ダメージにはかなりの耐性を誇る女児です。
でも、例えばカマッセの魔剣に斬りつけられたら、多分現状ではなすすべなく燃え上がって死ぬ。
弱点が無いわけでは無いです。




