91 カマッセの奮闘
「『風よ、刃となりて、敵を切り刻め!【ウィンドカッター】!』」
銀髪の少年冒険者カマッセが詠唱をすると、その指先から透明の刃が放たれ、頭上を旋回する巨鳥トーゴードの内の1匹に向かって飛んでいく。
しかし。
「ホガァァァッ!!」
トーゴードが一鳴きすると、その体を覆うように半透明の空気の膜が発生し、カマッセの放った風の刃を防ぐ。
人間が【エアープロテクト】と呼ぶ、防御魔法である。
トーゴードは1匹1匹が普通乗用車を優に超すサイズを誇る、巨鳥。
その羽毛の内には頑健なる筋肉がつまっており、かなり重い。
その巨体を持ちながら大空を自由に飛び回れるのは、本能的に風魔法の使い方を理解しているからであり、それこそが低い知能しか持たないトーゴードが風属性防御魔法を操ることのできる理由である。
「ホガァッ!ホガァァァッ!!」
刃を打ち込まれた個体は、ダメージこそなかったものの、地べたを這いずる小さな生き物からの思わぬ反撃に激昂し、ドロドロしたよだれをまき散らしながら凄まじい勢いで上空から突進をかける!
あの巨体にこの勢いで体当たりされてしまえば、いくら【身体強化】の魔法を使っているとはいえ、カマッセの体はひとたまりもないだろう。
しかし、カマッセは慌てない。
息を吸って、吐く。
すぐに動けるよう、つま先に重心を移し少し前傾姿勢に。
突っ込んでくるトーゴードから目を離さず、しっかりと睨みつける。
全ては計算の内。
【ウィンドカッター】はただの挑発。
端から効くとは思っていない。
こうしてトーゴードが地上に近づいてくるその瞬間を、カマッセは待ち構えていたのだから。
「『土よ、無数の礫となり、敵を穿て!【ミニソイルバレッツ】!』」
迫るトーゴードにカマッセが放ったのは、広範囲にばらまかれるように弾が射出されるよう改良された、土の初歩魔法。
カマッセの足元から生成された無数の土くれが浮かび上がり、迫りくる巨鳥めがけて飛んでいく。
その土くれはエミーの【無限礫】などとは違い、強化も何もなされていない、ただの脆い土の塊だ。
トーゴードにダメージを与えるには心もとないが、当然そんなことはカマッセだって百も承知だ。
「ホガァッ!?」
カマッセの放った土くれはトーゴードの顔めがけて飛んでいく。
風属性防御魔法に守られてはいるものの、トーゴードは反射的に目をつぶる。隙ができた。
......これこそが、カマッセが作り出そうとしていた好機である。
「魔剣『ブレイズ』起動」
ボボボッ!
カマッセが発動句を唱えると、彼が地面と水平に構えた剣に赤々とした炎が灯る。
そう、カマッセの愛剣『ブレイズ』は、魔法の力が込められた魔剣なのだ!
「剣聖流......【輝閃斬】」
そして駆け出したカマッセは、すれ違いざまにトーゴードを横なぎに斬りつける。
「ホガァァァッ!?」
その痛みに怯み、思わず地上に墜落するトーゴード。
ズガガガッ!!
突進の勢いのまま低草生い茂る地面に体をこすりつけ、いくつかの草地から飛び出した岩を砕きながら転がっていく。
しかしながら、【身体強化】により丈夫になっているトーゴードの頑健なる肉体は、この程度では致命傷にはいたらない。
すぐさま起き上がり、カマッセに反撃を加えようとするトーゴードだが......。
「ホガァッ!?ホガァッ!?」
その目論見は失敗する。
カマッセに付けられた切り傷から、突然炎が激しく燃え上がったのだ!
カマッセの所有する魔剣『ブレイズ』の力......それは、『斬りつけた相手を燃やす』という単純だが恐ろしいものだ。
その炎は斬りつけられた者自身の魔力を吸い上げ燃え上がり、全身に広がる。
対象の魔力が枯渇するまでその炎が消えることは、ない。
「ホ......ガ......」
そして黒焦げになったトーゴードは動かなくなった。
周囲にはそのようにして死んでいる巨鳥たちが、あわせて6体。
いつもなら、すぐにでも町に引き返し、人を呼んで肉を運んでいるところだ。
「......ちっ」
しかし、カマッセの顔に喜びはない。
忌々し気に空を見上げ、舌打ちをする。
なぜならそこには、曇り空を背にして未だ傷一つない数十匹のトーゴードたちが、悠々と羽ばたいているのだから。
(面倒なことになりやがった)
カマッセは内心で毒づく。
彼がこの日受けていた依頼は、『トーゴードの狩猟依頼』。
カマッセはエミーに敗北したあの日以来、討伐系の依頼を中心にこなし、精力的に活動していた。
それもこれも、修行のため。自分が強くなるためだ。
カマッセはまがいなりにも、かつて“天才”とまで呼ばれた才能あふれる戦闘者だ。
エミーと相対したのは一度だけではあるが、それだけで、彼女との圧倒的な実力差を、カマッセは理解してしまった。
......それが彼の、負けず嫌いな性格に火をつけた。
故に、それからは朝から晩まで修行の毎日だ。
基礎的な筋力、魔力を育て、技術を磨き、戦闘勘を養う。
今回『トーゴードの狩猟依頼』を受けたのも、当然修行の一環だ。
もちろん、報酬も目当てではある。
トーゴードの肉はヨシャンカ料理には欠かせないメインディッシュであり、何故か町外からの訪問者が増えている現状ではその報酬額は増額を続けており、修行、報酬、両方の観点から見て、カマッセにとっては魅力的な依頼だったのだ。
その依頼をこなすため、トーゴードの生息する北の崖にやってきていたカマッセ。
そこでトーゴードに襲われる二人組に出会い、彼らを助けたわけだが......。
(しかし、こんな大群を相手取ることになるとは、思わなかった)
トーゴードは、通常は群れない。
近くで同族が戦っていたとしても、基本的に他の個体は無関心だ。
だからカマッセも、1、2匹狩ればヨシャンカの町に帰還する予定だったのだ。
ところがその予定が、群れの一番奥で羽ばたいている、あの赤いトーゴードのせいで崩れた。
(まさか、特殊個体が流れてきているとはな......)
赤いトーゴード。
これまでに数件の目撃情報があり、ギルドの魔物図鑑にはトーゴードコマンドと名付けられ掲載されている、特殊個体。
通常のトーゴードより数倍は大きいその体。
そして、普通はまとまった行動をとらないはずの仲間たちをまとめあげ、まるで手足のように運用する指揮能力。
トーゴードコマンドが現れると、途端にトーゴードたちはその生息域を拡大し、その結果過去にはいくつもの村や町が滅ぼされてきたという。
「ホホホッガァァァーーーーーーーーッ!!」
トーゴードコマンドが不快な絶叫を発する。
すると、それまでは周囲を思い思いに旋回していたトーゴードたちが編隊を組み、規則正しく飛行し始めた。
どうやら、様子見は終わりらしい。
こうなる前に、なるべく数を減らしておきたかったところだが、たった6体討伐した程度では、焼け石に水だ。
そして相手は空を飛ぶ、統率された魔物達。
逃げ切れるとも思わない。
(......はっ!弱気になってんじゃねぇぞカマッセ!オレは未来の特級冒険者だ!こんなところでくたばる器じゃねぇ!!)
カマッセは再度剣を構え、気合を入れなおす。
彼にできることは、時間をかせぎ、少しでも多くのトーゴードを狩っておくこと。
しばらくすれば、あの逃げた二人組が冒険者ギルドに事態を報告し、増援がやってくるはずだ。
「かかってこいや、このクソ鳥共がァァァーーーーーーッ!!!」
「ホホホホホッガァァァーーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
カマッセとトーゴードコマンド、両者が叫んだのはほぼ同時だった。
トーゴードコマンドの指揮のもと、何体ものトーゴードがカマッセに向け突進を開始する!
「せいっ!はっ!」
カマッセは【ミニソイルバレッツ】による目くらましを交えながら、ひらりひらりと攻撃をかわす。
トーゴードはその全ての個体が巨体を誇る。
故に、トーゴード同士の衝突を避けるため突進は一体一体行われるため、カマッセほどの実力者であればその攻撃を避けることは容易い。
しかし、何分数が多い!
数十匹のトーゴードがあらゆる方向から絶え間なく突進してくるのだ!
先程のように、反撃する余裕は全く与えられない!
次第にカマッセの体力、精神力、集中力は削られ、疲労がたまり、動きが鈍ってくる。
「ッ!!」
そして思わず、足元の岩に躓き、カマッセは尻餅をつく。
「ホガァァァッ!!」
当然、トーゴードは彼が起き上がるのを待ってはくれない。
勝ち誇り、雄たけびをあげながら突っ込んでくる。
カマッセの感じる時間の流れが、突如として緩やかになる。
生まれ育った港町、豪快な父、優しい母、泣き虫な妹、旅先で出会ってきた全ての人たち、そしてあの、呪い子エミー。
これまで出会ってきた人たちの顔が、次々に思い浮かぶ。
(ふざけんな!ふざけんなふざけんなふざけんなッ!!)
しかしカマッセはそんな走馬灯を無理やり振り払い、気合で起き上がって剣を構える!
魔剣『ブレイズ』の機構が発動し、刀身から炎が燃え上がる!!
「だりゃあぁぁぁーーーーーーーーーーーーッ!!」
絶叫し、跳躍!
燃え盛る魔剣を頭上に構えたままくるくると縦回転しながら突進を避けたカマッセは、そのままの勢いで回避しつつもトーゴードの翼を斬りつける!
「ホガァッ!?ホガァッ!?」
斬りつけられたトーゴードは自身の魔力を燃料に燃えるブレイズの炎に包まれ、動かなくなる。
しかし、一匹だ。
一匹倒しただけだ。
トーゴードたちの攻撃は、まだ続いている。
「ホガァァァッ!!」
「がはッ!!」
着地の隙を狙い死角からつっこんできた次のトーゴードに突き飛ばされ、カマッセは血を吐きながら地面に転がる。
「ぐ......あぁ......」
なんとか起き上がろうとするカマッセだが、体に力が入らない。
震えながらなんとか上半身を起こした彼の瞳に、真正面から突っ込んでくる巨鳥の姿が映る。
「く......くそ......!」
黒い羽毛に覆われた巨体。
鋭い嘴。
濁った緑色の瞳。
それがこれからカマッセを冥府へと連れていく死神の姿だ。
「くそぉぉぉーーーーーーーーーーーーッ!!」
思わず叫ぶ。
(ちくしょう!ちくしょうちくしょう!こんな所で死ぬのか、オレは!)
涙が流れる。
(悔しい!ちくしょう、こんな情けねぇ最後......絶対にごめんだ!!)
しかし、その思いとは裏腹に、体は動かない。
(......死にたく、ない!!!)
不甲斐ない己の弱さへの絶望、生への渇望。
死にゆく者の、ありふれた悔恨。
......それが、銀髪の少年冒険者、カマッセが心に抱いた、最後の想い。
かくして天才児カマッセ・カイセッツは、無念の内にその命を散らす。
............はずであった。
ドパンッ!!!
しかし、カマッセの命は救われる。
彼の右側面から飛来したこぶし大の何かが、彼に襲いかかる巨鳥の頭を、弾き飛ばしたのだ!
「!?」
仰向けになり地に背をつけたカマッセの上を、頭部を失った巨鳥の体が通り過ぎていく。
「一体何が......」
ドパンッ!ドパンッ!ドパンッ!
連続してそんな音が鳴り、彼のつぶやきはかき消される。
上を見ると、ちょうど数体のトーゴードが頭部を失い、地上に落下を始めているところだった。
「ホホホッホガッ!ホガァッ!!」
トーゴードコマンドが慌てたように叫び、巨鳥たちは一旦攻撃を取りやめて再び上空を旋回し始めた。
カサッ、カササッ。
背の低い秋の枯れ草をかき分けながら、カマッセの方に何者かが近づいてくる。
カマッセは思わずそちらを振り向き、目を見開く。
それは、彼もよく知っている人物。
カマッセよりも幼く、体も小さく、しかしそれでいて彼よりも圧倒的に強い女の子。
黒髪黒目の呪い子、エミーだ。
エミーは、手のひらの上でこぶし大の石を弄びながら、ゆっくりとカマッセに近づく。
そして彼を一瞥し無事を確認すると、彼に背を向けかばうように立ち、トーゴードの群れに向き直り身構える。
【威圧】を発動する。
それを向けられていないはずの、カマッセですら息苦しく感じるほどの殺気が迸る。
思わず不快な鳴き声を止め、息をのむトーゴードたち。
あたりは静まり返り、吹き付ける海風の音が余計に大きく聞こえる。
しかし、そんな風の音すらかき消すような大音量で、彼女は叫ぶのだ。
「鳥共ッ!!!」
更に殺気を高めながら。
普段は心の深いところに秘めた、意思を表出させる。
苛烈で、昏く、そして悍ましい。
殺意にまみれた心の奥底をさらけ出し、それを単純な言葉に乗せ。
宣言する!
「......皆殺しだッ!!!」




