89 賑わいをみせ始めた町の門番
「ようこそヨシャンカへ。ここは『風は寒いが、人の心は温かい』町だ。ゆっくりしていってくれ。ようこそヨシャンカへ。ここは『風は寒いが、人の心は温かい』町だ。ゆっくりしていってくれ。ようこそヨシャンカへ。ここは『風は寒いが、人の心は温かい』町だ。ゆっくりしていってくれ......」
ヨシャンカの衛兵サイドロックは早口で町のキャッチコピーをぞんざいに唱え続けながら、次々にやってくる商人や冒険者たちを町の中へと誘導していく。
「身分証をお持ちの方は、こちらの列へどうぞ!お持ちでない方は、そちらです!......え!?冒険者証を無くした!?知りませんよ!だめです、横入りしない!まずは列に並んで、並んで!」
サイドロックの後輩であるヨザ(公園で寝ていたエミーを町の外につまみ出した、年若い衛兵だ)も、てんてこ舞いになりながら押し寄せる旅人を捌いている。
突然訪れた謎のヨシャンカブーム。
町全体でみれば喜ばしいこのムーブメントも、人口減少に伴い人員を削減され続けていた衛兵たちにとっては寝耳に水の緊急事態だ。
少ない人数で配置をなんとかやりくりしながら、必死で対応を続けていた。
鼻をほじる暇さえない。
こんなに忙しく働くのは、サイドロックにとって初めての経験だった。
「先輩!そろそろ代わってくださいよ、キャッチコピー係!オレも休憩させてほしいっす!!」
「ようこそヨシャンカへ。ここは『風は寒いが、人の心は温かい』町だ。ゆっくりしていってくれ。ようこそヨシャンカへ。ここは『風は寒いが、人の心は温かい』町だ。ゆっくりしていってくれ。ようこそヨシャンカへ。ここは『風は寒いが、人の心は温かい』町だ。ゆっくりしていってくれ......」
ヨザが何やら泣き言を言っているが、無視だ。
町を訪れた旅人たちに対し、このキャッチコピーを唱える。
これは町の活性化を目指したピーアール活動の一環で、数年前に条例で定められたルールである。
このキャッチコピーは衛兵にとっての聖句と同じだ。
軽んじるわけにはいかない。
(ヨザ......この重要な役目を果たすには、お前にはまだ経験が足りない......!)
「先輩!先輩!......あぁ~~、もう無視すんじゃねぇ~~っ!あっ、はい、ごめんなさい、すみません!身分証をお持ちの方はこちら、こちらですよ!......こらそこ!横入りしない!!」
(これは、試練だヨザ!この試練を見事乗り越えて、衛兵として一皮むけた姿を、このオレに見せてみろ......!)
とかなんとか心の中で言い訳しながら、サイドロックはキャッチコピー係を譲る気はさらさらなかった。
正直、もう自分は良い歳なのだ。
ヨザみたいにちょこちょこ身軽に動けないのだ。
腰が痛いのだ。
しょうがないのだ。
ヨザ、頑張るのだ。
◇ ◇ ◇
「はぁ~~......疲れた~~......」
正午を迎えると、ひとまず人の出入りは落ち着く。
サイドロックとヨザは衛兵詰め所で休憩をとっていた。
ヨザはだらしなく机に突っ伏し、昼寝の体勢だ。
サイドロックはと言うと、鼻をほじりながら報告書に目を通していた。
入町した中に危険人物はいないか、マークしておくべき者はいないか素早く確認する。
ドンドン!
と、そこに響く力強いノックの音。
海風が強いヨシャンカの町の住民は、その音に負けないよう殴りつけるようにドアをノックする。
これは“ヨシャンカノック”と呼ばれており、町を出ていった若者たちがまず初めに直面する他の町村との文化の違いであると言われている。
それはさておき。
「......どうぞ」
来客である。
体を休めたいサイドロックはうんざりとしながらもその感情を抑え、無表情を装う。
ドアをきしませながら入室してきたのは、恰幅の良い女性、“海風亭”の女将ハリンナであった。
「邪魔するよ、サッちゃん」
「邪魔するなら来ないでほしいな、ハッちゃん」
気やすく挨拶するサイドロックとハリンナ。
二人は幼馴染である。
「なんだなんだ?差し入れか?トーゴードのエッグサンドでも作って持ってきてくれたのか?」
「すまないねぇ、今日はなんも持ってないわ。気が効かなくてごめんねぇ」
「なら、一体なんの用だい?」
「商工会のお使いさ」
ハリンナの“海風亭”はヨシャンカ商工会に加盟している。
よっこいしょ、と詰め所の椅子に腰かけ、ハリンナは勝手に自分の茶を淹れはじめた。
「苦情、というか要望というか、商工会からお願いがあるのさ」
「は?苦情?」
予想外の言葉に、思わず眉間に皺を寄せるサイドロック。
ハリンナも苦々しい顔をしている。
「最近、この町に黒髪黒目の呪い子がやってきた。知ってるだろう?」
「......そりゃ、な」
(なんせ、アレを町に入れたのはオレだしな)
なんだか面倒くさいことを言われそうな予感に、サイドロックは思わずため息をつく。
余計なことは言わないよう、気を付けなくては。
「アレが町中をたまにうろちょろしていてさ、迷惑なんだよ!見るだけで不快だし、アレが寄ってくると客が逃げちまう!なぁ、なんとかしてアレをこの町から、追い出しちまうことはできないかい?」
ほら来た、厄介ごとだ。
サイドロックは額に手を当てる。
呪い子は不吉だ。
町にいてもらいたくない。
しかし、呪い子だからといって、衛兵がアレを町から追い出すわけにはいかないのだ。
だって、そんな法などないのだから。
ハリンナを始めとして、町の連中は何か厄介なことがあれば、それをみんな衛兵に丸投げする。
しかし、衛兵には衛兵のルールがあるのだ。
勘弁してほしい。
「え?それはおかしいっすよ、おばちゃん。あの呪い子が、まだ町の中にいるだって?そんなはずない」
と、ここで、これまで机に突っ伏していたヨザがむくりと起き上がり、会話に参加する。
昼寝しているものだと思っていたが、聞き耳を立てていたらしい。
「だって、アレが公園で寝ているのを見つけて、オレ、アレを町の外に放りだしましたもん」
「は!?おま......!」
お前!何を根拠にそんなことしているんだ!
法に従うべき衛兵が何をしているんだ!?
......と思わず突っ込みそうになったが、その無法を働いたのはヨザだ。
ならば、もし責を負うとしたら、それはヨザである。
自分には関係ない。
なら、別に良いかとサイドロックは思った。
「いや、それでもアレはまだ、町中をうろついてんだよ!あんたらは最近門に張り付いているから、気づいていないかもしれないけどねぇ」
「えー?おかしいなぁ......?」
言い合うハリンナとヨザを無視して、サイドロックは入町者管理簿をパラパラとめくる。
たしかにこの記録によれば、ヨザが追い出した後、記録上呪い子はこの町に入ってきていないことになる。
この町に出入りできる門は一つ。
ここで記録されていないなら、アレは町には入ってきていないはず。
いない、はずなのに?
......一体、どういうことだ?
「......とりあえず、調べてみるな」
ひとまずそう言って、サイドロックはハリンナを帰した。
お茶菓子が大分減っていた。




