88 エミーの考えとヨシャンカブーム
<ねぇ、エミー......どうしてあの条件、文句も言わずにのんだんですか?>
ギルド出張所でのやり取りを終え、一旦現在の拠点としている茂みに戻ろうと荒野を進む私に、オマケ様はそう切り出した。
<どう考えても、ありえないでしょう?サイーシュ草を3株でたった5,000エーンですよ?ギルドじゃなくて、自宅に持って来いというあたり、色々ごまかして搾取する気満々じゃないですか>
オマケ様はプンプン怒っている。
......まぁ、その怒りはごもっとも。
さすがに私も、こんな事態になるとは思っていなかったよね!
呪い子だから差別されてる、ただそれだけだと思っていたら、あの受付はそれ以上に腐っていた。
あの腐れ受付、いくら呪い子相手だからといっても、あそこまで堂々と不正を始めるとはね。
<あの受付嬢を不正で訴えましょう、エミー。あんな馬鹿馬鹿しい戯言に、付き合ってやる義理はないでしょう?>
......不正を訴える?誰に?
衛兵にでも告げ口する?
......オマケ様、呪い子がそんなことをしたって、話を聞いてくれる人がいると思う?
<......う>
いないよね?
......まぁ、カマッセなら話を聞くくらいはするかもしれないけど、あいつもまだまだガキンチョだしさ。
騒ぐ子どもが一人から二人に増えたところで、世の中動いてはくれないでしょ?
それに、カマッセを巻き込んで迷惑をかけたくないし。
あいつ良い奴だから。
焼き鳥くれたし。
<......だとしても、ですよ?なら、あんな受付嬢のことは、無視すれば良いではありませんか?わざわざ不正に搾取されてやる必要はないでしょう?>
でもさ、オマケ様。
例えば私が、他の冒険者ギルド出張所に行ったとしてさ、そこではヨシャンカとは違ってちゃんと受け入れてもらえる保障は、あるかな?
<............>
ないよね。
男爵様の推薦状もなくなってしまったし、私は呪い子だしで、門前払いされちゃう可能性が高いんじゃないかな。
というか、そもそも町に入れないかもしれないし......まぁ、それは正門を通らなければ良い話なんだけど。
とにかく、それなら一月我慢して搾取されてさ、冒険者証作ってもらった方がましなのかも、って私は思ったわけですよ。
お金のことにしたってさ、確かに5,000エーンは少額かもしれないけど、そもそも私、お金の使い道がないじゃない?
お店を利用しようとしても、追い出されちゃうんだもん。
だから実質的には、低すぎる報酬は私にはあまりデメリットにはならない。
<うーん......いやいや、やはり聞き分けが良すぎますよ。もし一月頑張って、約束を破られたらどうするんですか?あの受付嬢ならやりかねませんよ?>
それはその時考えるよ。
<八つ裂きにして、魔物のエサにしますか?それとも崖から突き落として海の藻屑にしますか?>
え、待って怖い怖い。
なに?今、私の身の振り方じゃなくて、あの腐れ受付の処分方法の相談されてたの?
<エミーなら、キレたらそれくらいは普通にやるかと思いまして>
私のことなんだと思ってるの?
◇ ◇ ◇
さてさて。
こうしてエミーがピリッツァという堕落不正腐敗受付嬢の悪事につきあってやり始めてから、2週間が経った。
ピリッツァがこの不正により稼いだ金は既に2,500,000エーンを超えており、彼女は日々上機嫌に仕事をしていた。
自然と冒険者たちに接する態度も明るく余裕を持ったものになり、ピリッツァへの冒険者たちの心象も良くなり始める。
サイーシュ草の売り上げにより、ピリッツァの、そしてヨシャンカ出張所の営業成績は目に見えて上昇した。
出張所副所長は『匿名の冒険者が提出してくれる』サイーシュ草の出所について、はじめのころは訝しんでいたのだが、出張所への利益もかなりあることから、とりたててピリッツァを問いただすような真似はしなかった。
というか、彼自身も以前帳簿の改ざんをやらかしており、その弱みを同類の臭いを嗅ぎとったピリッツァに握られている。
副所長という立場にありながら、ただの受付嬢にそもそも逆らえないのだ。
そして、エミーの薬草採取の恩恵を賜ったのは、ヨシャンカ出張所だけではない。
出張所から素材を買い取る業者も、多大な利益を生み出していた。
なにせ、採取が難しくあまり市場に出回らないサイーシュ草を、毎日、同じ量だけ仕入れることができるのだ。
儲からないわけがない。
始めのうちは、ヨシャンカ出張所と既に付き合いのあったドロッグ商会がその利益を独占していたが、鼻の利く商人たちはすぐにこの蜜に群がり始める。
サコッチ商会、ラーシャーン商会......そしてテーニディース薬師ギルドもこのチャンスを逃すわけにはいかないと、迅速な行動を開始した。
ヨシャンカ出張所には素材卸しの入札に参加するため大勢の商人たちが集まり始めたのだ。
そして商人たちに少し遅れ、流れの冒険者たちにも噂が広がり始める。
「ヨシャンカの近くで、サイーシュ草が採取できるらしい」
「一日薬草採取するだけで、簡単に大儲けできる」
「一攫千金のチャンス」
採取者を増やし、サイーシュ草の供給量を増やそうとした商人たちが流した噂である。
フットワークの軽い冒険者たちは、すぐにこの噂に飛びつきヨシャンカへの移動を開始した。
実際のところ、魔境であるカイセの森に挑むためには、毒蛇ヤサゴをはじめとした魔物たちに対処するための準備が必要であり、また外周部とはいえ森は広大であることから、エミーが見つけた群生地までたどり着いた冒険者は現れなかった。
商人たちの目論見は実を結ぶことはなかったわけだが、それでも単発的に別の地点における少数のサイーシュ草の発見事例は報告され、そのたびに冒険者たちは大いに沸いた。
また、ヨシャンカに来てみたものの、カイセの森に挑むほどの実力がなく尻込みしてしまった低等級冒険者たちが仕事にあぶれることはなかった。
商人や冒険者たちが増えたことで、食糧調達のための狩猟依頼が増えたためだ。
ヨシャンカ周囲の荒野には食肉となり得る魔物たちが多く生息しており、また町の北部に存在する断崖絶壁では、巨鳥トーゴードたちが日々新たな卵を生産している。
そういった狩猟や卵の採取を低等級の冒険者たちがこなすことになったわけだ。
そんなわけで、商人、薬師、冒険者など、様々な人間がヨシャンカに集い始める。
寂れつつあった町には活気が戻り始め、例えばエミーを追い払った焼き鳥の屋台などは連日売り上げが最高額を更新し続け、嬉しい悲鳴を上げていた。
ヨシャンカで一番人気の宿屋“海風亭”は宿の改修工事、そして増築を開始した。
ヨシャンカ商工会に加盟するそのほかの商売人たちも、この突然訪れた好景気に乗じて、事業の拡大を模索し始めたのだ。
しかしながら、この好景気の立役者は誰なのか?
ピリッツァを除き、それを知る者は誰もいなかった。
ピリッツァは自分の不正を隠すため、エミーの存在を極力隠匿した。
先程記載した通り、毎日提出されるサイーシュ草は『匿名の冒険者が』持ってきたことになっている。
採取者の名前を隠すことは、他の冒険者からの妬み、妨害を避けるためたびたび行われることではあるので、特にその点を疑問視する声は上がらなかった。
故に、ヨシャンカ商工会は、町外からやってきた商人たちは、冒険者たちは、誰がこのヨシャンカブームを引き起こしたのか、誰一人として理解していなかった。
そしてピリッツァも、自分の懐に入ってくるお金を数えることに夢中で、ヨシャンカの現状に興味を向けることはなかった。
さらに言えばエミー自身も、基本的に荒野や森の中で活動しているため、ヨシャンカの好景気に対しては無頓着である。
誰一人として、この好景気、ヨシャンカブームのことを、理解できていない。
理解されていないまま、事態は日々進行していく。
......なんか、おかしなことになってきましたね?




