87 搾取
「サイーシュ草、いっぱい採った」
どんどん受付カウンターに積まれていく高級薬草。
受付嬢ピリッツァはその様に思わず固まってしまう。
「これ、盗んだものじゃない。こんなに盗まれたら、その人、気づくはず。でしょ?」
たどたどしく、そんなことを喋りながら大量の薬草を積み終えたのは、昨日ピリッツァが邪険に扱い出張所から追い出した、黒髪黒目の呪い子エミーだ。
エミーは考えた。
証人となる同行者なしで、自分がサイーシュ草を採取したと証明する方法はないか。
結果的にそんな都合の良い方法はなかったのだが、代わりに思いついたのが、『盗んだと言いがかりをつけるのがアホらしくなるほどの実力を示す』ことだ。
この受付は、エミーのことを食うに困ったただの浮浪児だと考えている。
......いや、その認識は特に間違ってはいないかもしれないが、とにかく、彼女はエミーの実力を軽んじている。
だから、ぞんざいに扱う。
この呪い子は強いし、有能だ。
そう思ってもらえれば、適当にあしらって冒険者ギルドから追い出すのではなく、ちゃんと冒険者にして働いてもらった方が、ギルドにとっても得になる。
そのような判断を下してもらえるだろうと、エミーは考えたのだ。
「だからこれ、私が採ったもの。私、冒険者なれる?」
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ちなさい!」
今、この出張所にいるのはピリッツァと、カウンター向かいにいる呪い子だけ。
もう一人いる職員、副所長は昼休憩中だ。
ピリッツァは提出されたサイーシュ草を人目につかないところに隠し、カウンターには『休憩中』の立て札を置く。
「あなた、ちょっとこっちに来なさい」
そういって呪い子を招き入れたのは、冒険者との面談や業者との商談に使われる小さな会議室だ。
本来であれば、狭い部屋に呪い子と二人っきりになるなど絶対にお断りなピリッツァであるが、今回は事情が事情だ。
体の震えを呪い子に気取られないよう、慎重に案内する。
その震えは、恐怖、嫌悪、どちらから来るものでもない。
歓喜。
ピリッツァは、喜びに震えているのだ。
(こんな田舎の生活に耐えてきた甲斐があったわ!ついに私にも運が向いてきたのね~!)
......エミーの作戦は、普通なら、間違いなく成功していただろう。
相手がこの、堕落受付嬢ピリッツァでなければ。
エミーは優秀である。
本当に、高級薬草を大量に採取するだけの能力がある。
その事実は、間違いなくピリッツァに伝わった。
しかしピリッツァが一番大切なのは、いつだって自分のことだ。
能力がある子どもを、冒険者として育成する。
なるほど、確かにそれをすることで、自分はギルドに大きく貢献することができるだろう。
しかし、それによってピリッツァが得られるメリットは何か?
せいぜい、少しばかりのボーナスを貰えるだけだ。
馬鹿らしい。
そんなことよりも。
うまくこの呪い子をだまくらかして。
絞り取る。
搾取するだけ搾取する。
ピリッツァには、そんなビジョン以外は浮かんでいなかった。
どうせ相手は呪い子だ。
不正な搾取を行ったところで、誰も助けようとはしないだろう。
なお、ピリッツァはエミーの強さを未だによく理解していなかったので、エミーから報復される可能性などは全く考えていなかった。
罪悪感など微塵も感じていない。
ピリッツァはヨシャンカに左遷されてからしばらくは不正も行わず大人しくしていたものだが、それは反省していたからではなく、警戒していたからだ。
そしてどうやら自分に対するチェックが思っていたよりも緩いことを確信すると、そのあとは以前王都にいた時と同じように(いや、手口自体は以前よりも巧妙化していたが)不正を働き始めた。
報酬のピンハネ、依頼の不正処理、経費や旅費の水増し請求......。
ばれないことを良いことに、かなり好き勝手にやってきたのだ。
そんな人間が、今更罪悪感など感じるわけもなかった。
とにかく、ピリッツァの嗅覚が、小悪党として培われてきた直感が、彼女に訴えかけているのだ。
これは、金儲けのチャンスだと。
ピリッツァはその直感に従い、行動することにした。
◇ ◇ ◇
「では、あなたはカイセの森でサイーシュ草の群生地を発見した、と。そういうことですね?」
「そう」
最近では、男爵家での生活もあり少しは喋れるようになってきたが、エミーはあまり会話が上手ではない。
ピリッツァはなかなか進まない聞き取りにイラつきながら、ようやく上記の事実にたどり着くことができた。
面談シートにペンを走らせながら、ピリッツァは質問を続ける。
「カイセの森外周部のサイーシュ草の群生地......そういうものがある、確かに、そういう報告がギルドにも上がってきたことはあります。しかし、そこはラブリーバニーの生息地となっていたはずですが......」
「倒した」
「ふむ、なるほどですね......」
重ねて言うが、ピリッツァはエミーの強さを理解していない。
『倒した』という発言も、見栄をはるための嘘だと判断した。
(おそらく、ラブリーバニーの群れのリーダーが代替わりした。それに伴って生息場所を変えたのね。空白地帯になったその場所を、運よくこいつが見つけた、と。幸運ね~、こいつも私も)
何故『私も』幸運なのかと言えば、もしその安全なサイーシュ草の群生地を見つけたのが他の冒険者だったら、ピリッツァはその冒険者に正当な対価を支払う必要があるためだ。
相手がまだ幼い呪い子であれば、いくらでも騙して搾取することができる。
「それと森の中には、ヤサゴと呼ばれる毒蛇が多数生息していますが、あなたはそれにどう対処したのですか?」
「倒した」
「ふむ、なるほどですね......」
事実として、この呪い子はカイセの森に出向き、そして生還している。
であれば、何らかの毒蛇への対処は確実に行っているはずだ。
その対処方法は、浮浪児として生きてきて身に着けた生活の知恵なのだろう。
情報としてできれば仕入れておきたかったが、会話が苦手なこの呪い子とこれ以上喋るのも面倒くさくなってきたピリッツァは、この話題については深入りはしないことにした。
「......ねぇ、冒険者なれる?私」
「うーん、そうですねえ......」
そもそも冒険者になるための『課題』としてピリッツァはサイーシュ草の採取を命じたので、その『課題』をこなしてきた以上、エミーを冒険者にしないのはおかしい(冒険者になるために本来は『課題』をこなす必要はないので始めからおかしな話ではあるのだが、それは置いておく)。
しかし、エミーを冒険者にしてしまうと、途端にエミーは“冒険者規則”に守られてしまう。
“冒険者規則”とは、冒険者ギルドが定めた種々のルールだ。
その中には、冒険者が不正に搾取をされないよう定められた条文も存在している。
故にピリッツァは、エミーを冒険者にするわけにはいかない。
ピリッツァがエミーに好き勝手できるのは、彼女が社会的に蔑視される“呪い子”であり、なおかつ未だに冒険者ではない、この二つの条件が重なっているからなのだ。
「......あなたが、サイーシュ草を採取し、『課題』をこなしてきたことは事実です」
「......なら」
「ですが、大変残念なことに、これだけではあなたを冒険者として認めてあげることは、できないのです」
「............」
眉を下げ、申し訳なさそうな表情を作り、ピリッツァはそう告げる。
対するエミーは、無表情のままだ。
何を考えているのかわからない。
本当に不気味なガキだ。
だが、悔しがっている、がっかりしている。
それは間違いないだろうとピリッツァは思った。
「理由を説明します。まず、あなたが採ってきたあの薬草ですが、9割はサイーシュ草ではなく、“サイーシュモドキ”と呼ばれる別種の薬草です。薬草であることは間違いありませんが、その価値は大きく下がります」
「そんなはずは」
「事実です。私はギルドの受付として、素材鑑定の実力には自信と誇りを持っています。間違いありません」
真っ赤な嘘である。
エミーが持ち込んだものは、全てが間違いなくサイーシュ草である。
「本来、偽物を依頼の品として持ち込んだ時点で、偽証の罪に問われることもあります。あなたにはその意思はなかったのでしょうが、ギルドに対して偽証報告を行いました。これが実際の依頼であったのなら、あなたは罰則を受けていたところなのですよ?当然これでは、『課題』を達成したとは言えない。ご理解いただけますか?」
「............」
ピリッツァはペラペラと、思いつくままに嘘を並べていく。
どうせ相手は浮浪児の、呪い子だ。
学もない、教養もない存在だ。
ピリッツァの嘘に気づくはずもない。
「......ですが、たった1割とはいえ、あなたが本物のサイーシュ草を採ってきたのは事実。そんなあなたを、このまま放逐してしまうのは、あまりにも惜しい。私はそう思います」
「............」
「そこで、私はあなたに、チャンスを与えようかと思います」
「......チャンス?」
ピリッツァは畳みかける。
「そうです。新たな『課題』です。これから一月の間、毎日サイーシュ草を最低3株、私に提出してください。これはギルドの依頼とは関係ありませんので......そうですね、夜8時頃、私の家に届けてもらいましょうか。私が住んでいるのは、大通り裏にある三角屋根の家の1階です。そこで私はそれが本物か偽物か、判別して結果をあなたに伝えます。そうすることであなたは薬草の見分けについても学習できますし、悪い話でもないでしょう?」
「............」
「あぁ、もちろんただでやれとは言いません。正式な依頼ではない以上、ギルドから報酬を出すことはできませんが......私からお小遣いを渡すことにしましょう。これが、今回分ですよ」
そういってピリッツァは、5,000エーンを懐から取り出し、エミーに渡した。
エミーはその金を見つめ、無表情のまましばらく黙って何かを考え込んでから、ピリッツァを再び見つめる。
「その『課題』すれば、冒険者なれる?」
「えぇ、一月も頑張ってくれれば、上とかけあって、私がなんとかしてみせましょう!」
嘘である。
あと一月もすれば、このギルド出張所の所長であるダッカンテがヨシャンカに帰ってくる。
彼は、例え呪い子が相手だとしても、このようなギルド職員による搾取行為を認めないだろう。
そしてさらに鋭いところもあるし、エミーの存在を隠しながら搾取を続けるのは難しい。
普段ピリッツァが行っている不正な帳簿の書き換えと、それに伴う金の横領だって、気づかれそうになったことが何度もあるのだ。
ピリッツァはダッカンテ所長が帰ってくる前に、エミーのことは始末してしまうつもりだった。
「さ、わかりましたか?これ以上あなたに時間を使って、カウンターを空けるわけにはいきません。お話は以上です」
そういって話を切り上げ、ピリッツァはエミーを会議室から追い出した。
◇ ◇ ◇
「......頑張ったら、私、冒険者にしてね?」
「はいはい。もちろんですよー」
ピリッツァを振り返り、そう言ってもう一度念押しをしてから、呪い子はギルドから去っていった。
ピリッツァは上の空で返事をしつつ、呪い子が持ってきた薬草をにやにやしながら見つめていた。
(昨日のサイーシュ草は1株50,000エーンで売れたのだから......わお!本日の売り上げ、サイーシュ草が10株で、500,000エーン!?)
実に、ピリッツァの給料2か月分である。
ちなみに昨日エミーから提出されたサイーシュ草も、とっくに売り払い、得た金は自分の懐にいれている。
もちろん全額をピリッツァが受け取るわけではない。
ギルドへの手数料分はきちんと納め、本来冒険者に報酬として支払う額を、ピリッツァがいただくというわけだ。
これで帳簿上のつじつまはあう。
「うふふ......うふふふふ......!」
笑いが止まらなかった。
思えば、このヨシャンカの町に飛ばされてから、苦節5年。
冷たい海風に耐えながら、ピリッツァは我慢して好きでもない田舎暮らしを続けてきた。
これはきっと、頑張ったピリッツァへの、神様からのご褒美なのだ。
思わず小躍りしてしまいそうになる体を抑え、ピリッツァは机に戻り執務を再開した。




