79 寂れゆく町の門番
「ようこそヨシャンカへ。ここは『風は寒いが、人の心は温かい』町だ。ゆっくりしていってくれ」
ぞんざいに町のキャッチコピーを伝えて行商人を門の内に入れてから、衛兵であるサイドロックは鼻をほじった。
暇である。
田舎町の門番という仕事は。
ここヨシャンカは北はアセト湾、南はカイセの森に接している。
アセト湾の縁は通称“巨竜の爪痕”と呼ばれる切り立った断崖絶壁が続いており、カイセの森は言わずと知れた魔境である。
かつてはデーメス国とテーニディース国の行き来はここヨシャンカを必ず経由せねばならず、その当時ここはそれなりに賑わいのある町であった。
......と、サイドロックは自分と同じく町の衛兵を務めていた父親から聞いている。
しかしながら別の行商ルートが開拓されてしまった現在、ヨシャンカを訪れる人間はめっきり減っている。
わざわざこの町にやってくるのは、生活用品を売りに来てくれる先ほど通したような行商人や、冒険者ギルド出張所に素材を買い取りに来るドロッグ商会の人間くらいだ。
断崖絶壁に住まう巨鳥トーゴードの卵やカイセの森の魔物素材を狙った冒険者がぼちぼちとやってくるが、年々町は寂れていく。
(まぁ......しょうがねぇよな。ここは風も強いし、天気はいつも曇りだ。あんまり住んでいて楽しい町ではない)
寂れ行く町の未来を思うと、胸の内にまで冷たい風が吹き込んでくる気がする。
とは言えサイドロックはしがない一衛兵。
町を救うための手段など、何も思いつかない。
(竜より怖いリュウって、な~んだ?それはね、“時流”)
そんな下らないことを考えながら、サイドロックはもう片方の鼻の穴もほじった。
「おじさん」
そんな時であった。
サイドロックは後ろから、つまり町の側から声をかけられた。
かわいらしい、女の子の声だ。
「ん?あぁ、さっき通ってったガキか。どうだ、冒険者になれたか?」
振り向くと、そこに立っていたのは頭を布でぐるぐると巻いた無表情な子どもだ。
「まだ。『課題』しなきゃ、冒険者なれない」
「......ん?......んん?まぁ、そういうこともある、のか?」
冒険者になるために『課題』をこなさなきゃならないなど、聞いたことがない。
サイドロックは首をかしげたが、子どもが頭に巻いた布から零れ落ちる黒髪を見て、事情を理解した。
「んで、『課題』のために外に出たいと。あいあい、了解。行方不明になっても探さないから、死ぬなら勝手に死ね」
「大丈夫。死なない」
体をずらし道をあけたサイドロックの横を、子どもはとことこと抜けていく。
「ちなみに、行先は?」
「カイセの森」
「......そうかい」
子どもは門を抜けると南に向かって走り出し、あっという間に見えなくなった。
「......しょうがねぇよなぁ、あいつ呪い子だもんな」
やはり鼻をほじりながら、サイドロックは独り言をこぼす。
彼はあの子どもが呪い子であると気づいていた。
子どもがヨシャンカにやってきた、その時から。
しかし、あれは男爵の推薦状なんてものを持っていた。
そんな人間を、呪い子だと言って追い返してしまって、後々責任を追及されても面倒だ。
でもだからと言って、呪い子だと知って町の中に入れたことがばれても、それはそれで町の連中から文句を言われるだろう。
だから、布からこぼれる黒髪には気づかないふりをした。
見て見ぬふりをしたのだ。
そんなサイドロックであるので、あの子どもが無謀にも魔境であるカイセの森に挑みその命を散らすというのは、悪くない筋書きのように思えた。
むしろ望ましい。
だから、止めようとも思わなかった。
あれは、きっと呪い子を冒険者にしたくないギルドに無理難題を言い渡されたのだろう。
カイセの森に行く『課題』なんて、あんな子どもにこなせるわけがないのだ。
その『課題』がどれほど無茶なものなのか、あれはわかってすらいまい。
(でも、冒険者ギルドと言えば、黒髪黒目の有名な冒険者、いなかったっけか?呪い子だろうと、冒険者登録自体はしてやるもんだと思っていたが)
しかし、結果はそうならなかった。
冒険者登録を断る、ではなく、無茶な『課題』を与え、呪い子を殺しにかかっている。
(......ま、ギルドの方針でも、変わったんだろう)
時は流れて、物事はうつろう。
ヨシャンカは寂れるし、冒険者ギルドの方針も変わる。
サイドロックは面倒くさくなり、深く考えることをやめた。
しょせんは呪い子のことなので、どうでも良いのだ。
あれがどうなろうと、サイドロックには関わり合いのないことだ。
「......おい!おい、門番!もうここに呪い子は来たか!?」
そんなことをぼんやりと考えながら鼻をほじっていると、またしても後ろから声がかかる。
今度は偉そうな、男の子の声だ。
振り返るとそこに立っていたのは、剣を携えた銀髪の少年。
ここ最近ヨシャンカにやってきた4級冒険者、カマッセだ。
「あいあい坊ちゃん、ついさっきな。カイセの森に行くって言ってたぞ」
「ぼ、坊ちゃんとか言うな!」
カマッセはそうやってからかうと、顔を真っ赤にしてすこぶるうろたえる。
案外、まじで良いとこの出の坊ちゃんなのかもしれない。
「と、と、とにかく!そこをどけ!オレも森へ向かう!門を通せ!」
「あいあい。怪我しねぇようになぁ」
「怪我などするか!このカマッセを馬鹿にするな!それじゃ、お勤めご苦労様です!」
サイドロックが道を開けると、カマッセはぷりぷりと怒り、肩をいからせながらカイセの森へと向かっていった。
(あんなガキンチョでも、オレより強いってんだからなぁ......)
小さくなっていくカマッセの後姿を見ながら、サイドロックは飲み友達であるダッカンテ所長の酒の席でのぼやきを思い出していた。
『カマッセは強い。あの年代の駆け出しどもの中では、ずば抜けている。しかし、反面その心は幼い』
確か、そんなことを言っていたはずだ。
(まぁ、どうでも良いな)
しかしカマッセのことも、サイドロックにとってはしょせん他人事。
どうでも良かった。
サイドロックは人通りの少ない門の前に立ちながら、再び鼻をほじりはじめた。




