77 冒険者ギルドヨシャンカ出張所での一幕
第6章始まります。
果たして、エミーちゃんは冒険者になれるのでしょうか?
(ヒント:章タイトル)
よろしくお願いします。
「ふんっ!どうした、さっさと武器をだせよ呪い子!冒険者志望なんだ、ナイフの一つや二つ、持ってんだろ?」
「............」
ここはヨシャンカの町の冒険者ギルド出張所。
ヨシャンカは海風の強い崖際に作られた街であり、建物は全て石造りだ。
当然床にも硬い石が敷かれているが、挑発された呪い子......黒髪黒目で7歳の少女エミーは、靴もはいていないそのつま先で軽く床を蹴り、その丈夫さを確かめる。
......まるで、柔らかい粘土細工を触れるかのような慎重さで。
「武器、ない」
「はぁ?なめてんのか、てめぇ!冒険者の仕事は命のやりとりだ!武器も持たずに何をするつもりだ?」
エミーと相対した少年......美しい銀髪を短く刈った、切れ長の目の魔法剣士カマッセは、エミーを嘲り笑う。
時刻は午前の10時頃。ちょうど冒険者が依頼のため外出し、閑散とする時間帯。
冒険者ギルド内にいるのは、休憩していた冒険者と依頼人が数名、それとギルド職員である受付嬢と出張所副所長だけ。
びゅうびゅうと建物に吹き付けるヨシャンカ特有の海風の音以外に喧騒はなく、当然挑発の声は良く響く。
しかし、丸腰のエミーに対して剣を抜いたカマッセを、咎める者は誰もいない。
エミーは黒髪黒目の、呪い子だ。
呪い子を助けようとする人間など、滅多にいない。
ギルド内でのもめごとを止めるべき立場にいるはずの受付嬢ピリッツァでさえ、あくびをしてカウンターに頬杖をつきながら、その成り行きを見守っていた。
あの呪い子は、呪い子であるくせに、冒険者登録をしたいなどと、分不相応のことをピリッツァに申し立ててきた。
それを拒む法はない。
しかも、どうやって手に入れたのか、あの呪い子はかつて冒険者として名を馳せたマーツ・サラー男爵の推薦状すら持っていた。
とはいえ、あれは呪い子だ。
汚らわしく、悍ましい。
できれば関わりあいたくない。
だから、ピリッツァは提出された推薦状をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨て、さっさとギルドから出ていくようエミーに命令した。
だって、その少女は呪い子だから。
“守剣”のマーツの推薦状?
そんなものは偽造された偽物に決まっている。
もしも、この場にこの出張所の所長がいれば、マーツ男爵の旧友であるダッカンテ所長がいれば、エミーはこんな扱いを受けずに済んだはずだ。
しかしながら運の悪いことに、彼は所用で長期の出張中である。
この小規模の出張所内にいる職員は、ピリッツァと気弱で意見をあまり言わない副所長だけであり、彼女の横暴に異を唱える者は誰もいなかった。
しかし、エミーはあきらめなかった。
たどたどしい言葉で、なんとか冒険者になりたいと、懸命にピリッツァに訴えた。
対するピリッツァは出ていけの一点張り。
議論にすらならないそのやりとりは平行線のまま時間ばかりが過ぎ、そこに件の魔法剣士カマッセがやってきたというわけだ。
不当に冒険者登録を拒む受付嬢と、それに食い下がり受付カウンターを占有する呪い子。
この場面を見て世間一般がどちらを悪と判ずるかと言えば、それは呪い子の方だ。
だって、呪い子の方が悪いに決まっているから。
それが例え、まだまだ体の小さな少女であるとしても。
そこでカマッセは受付嬢を助けるため、エミーに対してこんなことを言った。
冒険者とは、戦う職業だ。
強くなければやっていけない。
お前が本当に冒険者になりたいのなら、このオレを倒してみろ。
これは冒険者登録のための試験だ、と。
そう言って、エミーに対して剣を抜いたのだ。
彼女を打ち倒し、怯えさせ、冒険者になろうなどという戯言を二度と言わせないために。
カマッセはその冒険者等級こそ未だ4級ではあるが、戦闘能力だけで言うなら既に2級相当はあると認められている。
幼いころから剣聖流で剣技を学び、また大魔導塾で魔法を学んだエリートである。知識も豊富だ。
その齢14歳にして周囲から一目置かれ、将来は必ずや特級冒険者にも手が届くであろうと言われるほどの、実力者なのだ。
しかしその心は十分に成長しているとは言い難い。
彼は同年代に対しては向かう所敵なしであり、端的に言って驕り高ぶっていた。
気に入らないものは、己の強さでもってねじ伏せる。
そういう悪い面が、この場面でも出た。
出てしまった。
そしてその鼻は。
エミーによって、折られてしまうのだ。
ぽっきりと。
◇ ◇ ◇
気づけば、カマッセは出張所の天井を見ていた。
何が起こったのか、はっきりとはわからない。
だがしかし、冷たい石造りの床の感触、その床に叩きつけられたが故の後頭部の痛みが、己が文字通り“倒されて”しまったのだということを理解させた。
それをしたのは、彼が先ほど嘲り笑った呪い子である。
彼女は、彼女に斬りかかろうとしたカマッセに意味の分からない速度で一瞬にして近づき、その勢いのまま少し跳びはねカマッセの首を掴み、床に叩きつけたのだ。
「......“倒した”」
呪い子は、カマッセの首をその小さな手のひらで掴みながら、そう呟いた。
かわいらしい、小さな声である。
しかしながら、何の感情も感じ取れないその表情、深く黒い瞳はカマッセに恐怖を与えた。
「......!?」
呪い子を振り払おうとしたカマッセは、己の体が床に縫い付けられたかのように動かないことに気づき、混乱する。
種明かしをすれば、それもエミーの仕業だ。
どんな汚れも引きはがす、【剥離】。
それができるのだから、反対の現象も容易く起こせるだろう。
そう思って彼女が編み出した技法、【接着】。
カマッセの体は、魔力によって床に張り付けられていたのだ。
今のところ、エミーの体が接触しなければ発動はできないこの技法だが、一度使えばしばらくその効果は持続する。
自分の体に何が起きているのか理解できずにもがくカマッセを後目に、彼から手を離したエミーはとことこと受付カウンターに近づき、唖然とするピリッツァに再度、先ほどから彼女が繰り返している要望を伝えた。
「......冒険者登録、してください」
カマッセの戦闘力評価は正当なものです。
本来的に言えば、彼も十分に天才というべきレベルにある少年なのです。




