75 【神々のお話④】運命神アローファ
王立キラリメーク学園正門。
テーニディース国の威信をかけ作り上げられた建造物。
その白亜の壁には知識神が人類に知恵を授ける神話を描いたレリーフが施されており、その荘厳な意匠は見る者を圧倒する。
単なる学び舎の正門ではなく、テーニディース国有数の観光名所でもあるその門の上で、一羽の小鳥がサラー男爵領からたどり着いた馬車が学園内に入っていくのを眺めていた。
「ピィ......」
なんとか......なんとかこの状況まで、こぎつけることができた......。
疲れ、ため息をつくかのように一声鳴いたその虹色の小鳥は、運命神アローファの依り代。
サラ・サラー男爵令嬢の周囲で起こっていた事件の、真の意味での黒幕である。
運命神アローファは、その名の通り世界の運命を司る女神。
その姿は虹色の髪を持つ美しい女神であり、人々の前には小鳥の姿をとって現れると伝えられている。
が、その実、神界で待機している運命神の本体も、虹色の小鳥の姿をしている。
女神うんぬんというのは、人間の信仰を得たいがための方便である。
彼女は正真正銘、生まれてこのかたずっと小鳥であり、人型をとったことなどない。
アーディストの神界ではこのように、本体は人型でないのに人々の伝承においては美男美女の姿をとって現れることを“伝承詐欺”と呼ぶが、割とみんなやっていることなので特に問題とはされていない。
さて、それはさておき。
「ピッピピィ!ピピピッピ!」
これでようやく、お膳立てが整った。
アローファが準備を進めてきた、異世界転生配信の撮影が行えるのだ。
アローファは喜びの歌を歌いながら、ぴょこぴょこ飛び跳ねてダンスを踊る。
“乙女ゲーム転生”を、自分も撮影してみたい。
他世界の神々が配信した“乙女ゲーム転生”動画。
それにドはまりして以来彼女の胸に渦巻いていたこの想いが、ようやく実現される。
嬉しくないわけがない。
想定外の障害がありその準備には予想以上の手間がかかったが、その分喜びもひとしおなのだ。
......『想定外の障害』とはもちろん、あのどこから湧いて出たのかわからない、黒髪黒目の呪い子のことである。
たまにいるのだ。運命神にすら、その行く末を読めない存在が。
大抵そういうイレギュラーは、本来死ぬはずであった運命の楔から、何らかの理由で逃れた者たちである。
そういった者たちも、人と交わり生活していく中で新たな運命の流れに組み込まれていくものだが......あの呪い子はそうはならなかったらしい。
それはつまり、彼女があの歳になるまでほとんど人と関わらず、生き延びてきたことの証左でもある。
アローファが軽く調べたところでは、数か月前まで生活を共にしていた老人がいたようだが、彼自身も世捨て人であり、あの呪い子の運命を決定づける因果をもたらすには至らなかったようだ。
つまり、今現在も、数か月の行動予測ならいざ知らず、彼女の運命はアローファにすら読めない。
まさに、イレギュラー中のイレギュラーである。
さて、そんな『想定外の障害』、イレギュラーたる呪い子がサラー男爵家に関りをもってしまったため、アローファは異世界転生配信の準備に余計な手間をかけることになった。
サラ・サラー男爵令嬢の体に転生者の魂を送り込み、“乙女ゲーム転生”を疑似的に再現する。
それは本来、難しいことではなかったはずなのだ。
もともとアローファは、『謎の高熱に苦しむサラ・サラー男爵令嬢の肉体に、転生者の魂が入り込む』という形で、異世界転生をさせたいと考えていた。
何故かといえば、他世界の“乙女ゲーム転生”配信では、そういうシチュエーションの導入が多かったからだ。
アローファは形から入るタイプなのだ。
ところが、それを成し遂げるために、『高熱だけ出て死ぬほど衰弱するけど、転生者の魂が肉体に宿れば全快する病』はないか疫病神(彼は大きなネズミの姿をしている)に相談したところ、
「そんな都合の良い病はない」
と突き放されてしまった。
他の世界の“乙女ゲーム転生”の導入では、それが主流なんだ、なんとかならないかと必死で説得してみたものの、
「ヨソはヨソ、ウチはウチ」
と、やはり協力を断られてしまった。
あのネズミは堅物なのだ。
もともと異世界転生配信に、あまり興味を抱いていない。
そんなことに、自らの権能を使うなど下らないと断じている。
つまんないやつめ。
しょうがないので、使徒キスケットを動かして、サラ・サラー男爵令嬢を盗賊に襲わせることにしたのだが、ここで現れたのが件の呪い子である。
彼女はサラ・サラー男爵令嬢を盗賊から助けるどころか、そのまま男爵家に居ついてしまった。
転生者の魂を既に生きている肉体に送り込むには、対象を仮死状態にする必要があるというのに、あの呪い子が護衛を務めているせいでその機会が作れない。
こんなことなら、初めからサラ・サラー男爵令嬢の肉体に転生者の魂を入れて生まれさせれば良かった。
で、年齢を条件に力や前世の記憶を覚醒させればよかったのだ。聖神などが良くやっている手法だ。
他世界の“乙女ゲーム転生”を真似ようとするあまり、余計な手間を増やしてしまった。
自業自得であった。
ともかく、嘆いていても仕方がない。
アローファは状況を好転させるべく、改めて“運命の確認”を行い、いくつかの手を打った。
まず、サラー男爵家の使用人モーブに神託を下した。
<自らの運命を変えたくば、行動しなさい。サラ・サラーを人質にとり、執務室に立てこもるのです>
大まかには、このような内容の神託であった。
神託を受け取ることのできる人間はそれほど多くないが、モーブは運命神アローファを強く信仰していた。
つまらない、日の当たらない運命から逃れたいと、常に心の底から願っていた。
願うだけで特に行動はしてこなかったので、うだつのあがらぬ男のままではあったが。
運命神の仕事は運命を“視る”ことであり、信徒の運命を改善させることではない。
そこは自分でなんとかしてもらいたい。
まぁとにかく、モーブはアローファを強く信仰していたため、神託を授け、アローファにとって都合の良い行動をするよう唆すことができたのだ。
通常であれば、悪魔のささやきともとれる神託ではあったが、スネイゲンとかいう家令にねちねちといじめられ続けていたモーブはすっかり精神を病んでいた。
悪魔のささやきにすら、すがってしまうほどに。
ちなみに、モーブが屋根板を夫人や令嬢めがけて落としたのは、精神が不安定になっていたとはいえ、彼自身の意志でやったことである。
むしろその行動をみて、アローファはモーブを使い捨ての駒にすることを決めたのだ。
そして次にアローファが神託を下したのは、呪い子と死闘を演じたあのポイズントポポロッククイーンである。
彼女は魔物であり、当然アローファの信徒ではないが、野生生物は人間よりも思考が単純であり、簡単に介入を行うことができる。
<同族の楽園を築きたくば、森の外の大きな人間の巣を襲いなさい>
もともと人間の世界への侵攻を考えていた彼女は、頭の中に突如響いた超自然の思念に喜んで従った。
かなり大雑把な神託ではあった。
2階の執務室を攻撃しろとも、【ポイズンブレス】を使えとも指示していない。
しかし、結果的にそうなるという運命が視えていたため、それで構わなかったのだ。
さらには、必ずクイーンがサラー男爵家を襲うように、土砂崩れを起こして彼女たちの生息地を壊滅させた。
背水の陣に追い込んだのだ。
キスケットに切り倒させたカリヴァの大木は、山の斜面を安定させる要となっていた。
それがなくなれば、大雨によって土砂崩れが起きるのは必然である。
これで、ちょうどたまたま男爵家の結界石が壊れる日に、トポポロックたちの襲撃のタイミングをあわせることができる。
さて、さて、さて。
とにかく、ここまで念入りに、アローファは準備をした。
しかしながら、またしてもというべきか、あの呪い子がアローファの準備した運命に歯向かった。
もともと、アローファはトポポロックの群れの大半は、彼女によって退けられるだろうと予想していた。
しかし、強大な魔物であるクイーンは別だ。
呪い子は死闘の末、クイーンによって食い殺される。
これが、アローファが視た運命である。
しかしながら、結末は違った。
なんと呪い子は、あの小さい体でクイーンを打ち破り、逆にその肉を食い始めた。
呪い子の戦闘データサンプルが少ないがために、アローファは運命の予測を誤ったのだ。
このままでは、まずい。
またしても、あの呪い子のせいで、自分の視た運命が覆されてしまう。
転生者の魂を、サラ・サラーの肉体に送り込むことができない。
いっそのこと、モーブにサラ・サラーを傷つけさせるか?
いや、それはいけない。
そんなことを命じたら、精神が不安定になっているモーブは、必ずやりすぎる。
サラ・サラーを殺してしまう。
何度運命を予測してもそうなる未来が視えたため、アローファは今回このような回りくどいことをしているのだ。
殺してしまってはいけない。
死んだ肉体に魂をこめれば、できあがるのはただのアンデットである。
それは、アローファの求めるものではない。
もうこうなったら、最後の手段である。
アローファはクイーンの死骸に神気を全力で送り込み、それを即席の依り代とした。
つまり、自らがクイーンの体を動かし、サラ・サラーに【ポイズンブレス】を吹きかけたのだ。
かなり効率の悪いごり押しであり、アローファの消耗も激しかったが、ともかくこれで目的を達成することはできた。
最後の最後まで呪い子はアローファの邪魔をし、サラ・サラーを守るために立ちふさがったが、その小さい体ではすべての毒を防ぎきることは不可能だった。
これでようやく、サラ・サラーは仮死状態となり、オマケで邪魔な呪い子を始末することができた。
最後に勝つのは、神なのだ。
......とか思っていたらあの呪い子、毒では死なずに普通に回復していたが。
なんなんだあいつ。バケモノなのか?
ま、まぁ良いのだ。
大事なのは、サラ・サラーに転生者の魂を送り込むことができたという、その事実なのだ。
◇ ◇ ◇
そして時は現在に至る。
サラ・サラーは馬車の中で居眠りしていたようだが、目を覚まして荘厳で流麗な学園の風景にはしゃいでいる。
馬車の窓から身を乗り出しては、同乗しているキスケットにたしなめられている様が確認できる。
「ピッピピ」
もう、こちら側の準備は十分だろう。
『もう片方』の状態も、念のため確認しておくか。
虹色の小鳥は翼を広げ、彼女が用意したもう一人の転生者の様子を確認しに行くことにした。
サラ・サラーは本来的に言えば、物語の主人公になるべき運命を背負った人間だ。
運命神が何も介入しなければ、彼女はただの田舎者の男爵令嬢でありながら、しかし清く正しく美しく成長し、王太子に見初められ王妃になる。
そんな未来すら、持ちえた人間なのだ。
しかし、だ。
既に予測可能な、そんなわかりきった運命を転生者に歩ませたところで、視聴者......神々は満足しないだろう。
だから、アローファはサラ・サラーの肉体に宿らせる魂として、できるだけ性格の悪い魂を選んだ。
嘘つきで、すぐに調子に乗る、自分本位な転生者の魂を選んだ。
アローファはサラ・サラーを物語の主役にするつもりはない。
むしろ、逆である。
“乙女ゲームをプレイして得た“攻略情報”(つまり、本当は“運命の確認”でアローファが予測した未来の情報)を悪用し、好き勝手する悪役。
それこそが、アローファの求めるサラ・サラーだ。
では、主人公は一体、誰なのか?
それは、本来的には小心者で嫉妬深く、身分を笠に着てサラ・サラーをいじめ続けるはずだった人物。
学園の卒業パーティで王太子に婚約破棄され、国外追放の処分を受けるはずだった女。
......イジワール・デスワー公爵令嬢。
美しい金色の髪をドリルのように左右に巻いた、華やかな美貌の持ち主。
そう、運命神アローファが撮りたかったのは、“乙女ゲーム転生”の中でも主流と言っても間違いではないだろう、“悪役令嬢物”なのだ。
そしてイジワールこそが、運命神アローファの異世界転生配信【悪役令嬢に転生するのは構わなくってよ!だけど名前がイジワール・デスワーって、ちょっと酷すぎじゃありませんこと!?】の、主人公なのだ!!
......ちなみに、タイトルからわかる通り、コメディ作品である。
運命神アローファは死神アロゴロスとは違い、しっかりと転生者の器の監視を続けていたので、エミーちゃんという異物が混入しても、対応することができました。
ちなみに、この世界における運命神のお仕事は、他の神々が何か事業を行う際、その結果がどうなるのか運命を視て予測し、アドバイスを行うことです。
神々から依頼がなければ暇なので、割とスケジュール調整をしやすい神様なのです。




