73 ぼやけてにじむ、田舎道
「本当に、もう行くんだね?」
季節は初秋。
窓の外では薄い水色の空をトンボに似た6枚羽の生物が飛んでいる。
ここは補修し治ったばかりの、サラー男爵家の執務室。
真新しい木の香りに包まれながら、私は男爵様と向かい合っている。
男爵様の横には奥様。
部屋の中には、メイード先輩と陰険家令も集まっている。
今日は、みんなとのお別れの日。
1か月というサラ・サラー男爵令嬢の護衛期間が終わったのだ。
彼女は先程、馬車に乗って王都の学園に向けて旅立った。
実は彼女の入学と時を同じくして、彼女の治療を行っていたキスケット先生が教員として学園に就職予定だったらしく、学園までの護衛は馬車に同乗した彼が請け負っている。
キスケット先生は治療術師であると同時に2級冒険者でもあるので、それなりに戦える人なのだとか。
サラ・サラー男爵令嬢が言うには、キスケット先生は『攻略対象ではないけど、頼りになるお助けキャラ』らしく、彼女は事後観察のため定期的に訪れる先生に、非常になついていた。
......私よりも。
というか、彼女の記憶......神様により植え付けられた“乙女ゲーム”の記憶の中に私という存在は一切登場しないため、彼女の中で私は特に注目する必要もないモブキャラである、という位置づけにあったようだ。
『一緒に学園に行こう』と誘ってくれたサラちゃんは、もういないのだ。
今後の身の振り方について少し悩んだりもしたけど、それは杞憂だった。
これからも友達と一緒に過ごせるなんて、私にとっては夢のような話だったけど、結局は夢でしかなかった。
泡のように浮かんでは弾けて消えた、一時の夢にすぎなかったのだ。
「私としては、君の能力は非常に高く買っている。君が良ければ、これからもこの屋敷で働いてくれてもかまわないのだが」
男爵様はそう言ってくれるが、私は静かに首を横に振った。
1か月一緒に過ごしていれば、みんなが私のことをどう思っているかなんて、人付き合いの経験が薄い私にもなんとなくわかる。
陰険家令は、そもそも私のことを嫌っている。
奥様やメイード先輩は、なんだか私のこと、恐れている。
男爵様は表面上は私への嫌悪感を態度に表したりはしないが......ちょっと、無理している感じがするんだよね。
『黒髪黒目の呪い子は不吉』であると信じられているこの世界で、そんなものは迷信だと、理性ではそう考えていても、やはり不安はぬぐい切れないのだろう。
そんな環境で働き続けるのは、お互いにとってつらいことだと思うんだ。精神的に。
というか、私自身も、はやくこのお屋敷から離れたい。
サラちゃんのことを思い出してしまう場所から、今すぐにでも逃げ出したい。
でもそうだ、別れる前に一つ、男爵様に確認したいことがある。
「男爵様、どうして私、雇った?」
「む?」
「呪い子は不吉。私、村にすら入れてもらえない。なのに男爵様、雇った。なんで?」
私が強くて娘の護衛に使えそうだからといって、それだけの理由で呪い子を雇うだろうか?
この世界の呪い子差別は根強いのだ。
他にも、別の理由がある気がする。
「......昔ね、私が駆け出しの冒険者だったころの話だ。下手をうって死にそうになっていたところを、黒髪黒目の特級冒険者“無名のヨギン”に助けられたことがあってね」
男爵様はちょび髭をいじりながら、語り始めた。
「その時、彼に言われたんだよ。『自分への恩返しなど、考えなくて良い。そのかわり、君がもっと大人になって力を持ったなら、私のような黒髪黒目の人間に出会った時は、できることならその人のことを助けてやってくれ』ってね。その約束を果たす時が来た。そう思ったのさ」
......へぇ。
“無名のヨギン”か。
その人のおかげでこの1か月の間、私はとても人間らしい生活を送ることができたわけだ。
男爵様にも、ヨギンさんにも感謝だなぁ。
ってかヨギンさん、“特級冒険者”って......。
<冒険者の中でも最高峰の存在ということですね>
この世界で黒髪黒目でありながらそこまでの地位にのぼりつめるなんて、ただもんじゃないな。
「ヨギンさん、私も会えるかな?」
「どうだろうねぇ。彼は“無名”の二つ名が表すように、その活動はあまり公にならないし、どこにいるかもわからない。そもそも私が出会った時点でそれなりに高齢の方だった。今も存命でいらっしゃるかどうかもわからないんだ」
それでも、もし生きているのなら、できれば会ってみたい。
感謝を伝えたい。
旅の目的が一つ増えた。
◇ ◇ ◇
薄水色の青空のもと、どこまでも続く田舎道。
周囲に広がる畑を眺めながら、お屋敷を後にした私は一人、とぼとぼと歩く。
時折トンボに似た6枚羽の生物が
<あれはティギ虫です>
ティギ虫が無警戒に私の目の前を横切るので、さっと捕まえてつまみ食いしながらのんびり進む。
旅立ちに際して、男爵様は私に推薦状を一筆書いてくれた。
この紙さえあれば、少なくともこの先にあるヨシャンカという町では、私が門前払いにされることはないだろう、とのこと。
そこには冒険者ギルドの出張所があるので、そこで推薦状を見せて冒険者登録をすれば、“冒険者証”という身分証明にもなるカードを手に入れることができる。
そしてそれさえあれば、問答無用で町や村から追い立てられることも、少なくなるだろう。
男爵様はそう言っていた。
本来的には冒険者登録に推薦状なんかいらないみたいなんだけど、少しでも私が不当な扱いを受けないようにという男爵様の心遣いらしい。
また、男爵様にはお給金のほかに、ぼろぼろになり使い物にならなくなった死神狼装束の代わりとなる衣服も提供してもらっている。
七分袖くらいのぴちっとした黒い上下のインナーと、その上にはく短パン、ポケットのいっぱいついたジャケット、リュック、あと、頭にぐるぐる巻いて髪の毛を隠せる布。
特にインナーは『魔法で織られたけっこう上等なもの』らしく、着心地も素晴らしい。
本当に、男爵様には頭が下がる。
感謝しかない。
ちなみに靴は、遠慮した。
【紙魚】が使いずらくなるし、どうせ【飛蝗】ですぐに壊れる。
【身体強化】のおかげで、素足でいても足を怪我することとか考えにくいし、私の【身体強化】で防げない怪我は、多分普通の靴をはいていても防げないし。
だから私は素足のままだ。
<はぁ~~~......ついに、エミーも冒険者デビューですか~~~......!>
オマケ様は、なんだか知らないけどワクワクしている。
<はやく冒険者ギルドの受付で『おいおい、ここはガキの来るところじゃないぜ!』とか言って絡んでくるおっさん共を返り討ちにしてやりたいですね~~~!>
......何を言っているんだろう、この方は???
たまにオマケ様の思考が、よくわからなくなることがある。
だけど、これだけはわかる。
オマケ様が妙に明るく振舞っているのは、私が落ち込んでいるからだ。
サラちゃん。
私の初めての友達。
私が守り切れなかった、大切な人。
死んだとも死んでないとも言い切れない、転生者の魂の器になるという、妙な状況に陥ってしまった彼女。
もし今後、彼女自身の魂が復活できたとしても、私は浮浪児、根無し草。
もう会うことは、ないのだろう。
......憎いよ、私は。
神様が憎い。
好き勝手に運命を押し付けてくる、この世界の神様が憎いよ。
でも、憎んだところでさ。
相手は神様、私は人間。
どうすることも、できやしないんだ。
むなしい。
だから、せめて。
強くなろう。
もっと、もっと、強くなろう。
次こそは、理不尽に打ち勝って、大切なものを守れるように。
強くなろう。
さようなら、サラー男爵領。
さようなら、サラちゃん。
私は忘れないから。
あなたのことを。
私の無力も。
畑の中をまっすぐ伸びる田舎道が、ぼやけてにじんだ。
というわけで、第5章が大体完結しました。
今回は“乙女ゲーム転生”に巻き込まれたエミーちゃんが、運命に抗って奮闘するも、力及ばずその流れを止めることができない......そんな感じのお話でした。
運命をぶち破って我を貫き通すには、まだまだ力不足です。
ただ、着々とエミーちゃんの強化は進んでいます。めげずに頑張ろうね。
さてさて、さっき『第5章は大体完結しました』って書いておいてなんだけど、あと数話残りがありますので、もうちょっとお付き合いください。
そして良ければ、第6章以降も、よろしくお願いします。




