72 乙女ゲーム転生(オマケ様の解説②)
「はぁ......それにしても私、本当にサラ・サラー男爵令嬢になっちゃったんだ......『剣と魔法と恋乙女~キラキラ学園、恋愛下克上!~』の世界に、転生しちゃったんだ......」
食後の風呂上り、つまり就寝前。
寝室に戻ったサラ・サラー男爵令嬢はベッドに体を沈ませながら、ぼんやり小声でそう言った。
それは、独り言。
本来であれば、誰にも拾われることのない無意識の声。
......なんだけど、私の強化されたスーパー聴覚には、しっかり聞こえているんだよね。
あ、私は今お部屋の隅で、男爵令嬢の護衛のため待機中です。
男爵様と奥様が寝るためにこの寝室にやってくるまで、このお仕事は続く。
多分、もう事件は何も起きないと思うけどね。
ただ、「これまでの事件は全部神様の仕込みです!もう神様の目的は達成されたので、事件は起きません!」って男爵様に言ったところで、「何を言っているのかね?」で終わるだろうし、それを伝えるとなると、今のサラ・サラー男爵令嬢の体を動かしているのが実は転生者の魂なんだとか、そういう説明もしなくちゃいけなくなる。
そんなん、伝えられるわけないでしょ。
せっかく生き返ってくれた娘の中身が別人になっているだなんて、そんな真実、あのご夫妻には伝えられない。
きっと、本当のことを知ったら、凄くつらい。
私だってつらいんだもん、あの二人はきっと、もっとつらい。
だから、言えない。
言わないのが正しいことなのかどうか、私にはわからない。
だけど、言えないよ、私には。
........................。
さて。
さっきのサラ・サラー男爵令嬢の言葉。
『剣と魔法と恋乙女~キラキラ学園、恋愛下克上!~』という長ったらしいタイトル。
彼女は、ときどきそのタイトルに関連した独り言をつぶやく。
その情報を拾い集め統合して考察するに、彼女はどうやら、自分はその“乙女ゲーム”の世界に転生してしまったと、考えているようなのだ。
<いわゆる、“乙女ゲーム転生”ですね。異世界転生配信における一大ジャンルです>
しかし、ここで疑問が一つ。
彼女は、この世界がゲームの世界だと考えている。
でも、違うでしょ?
この世界は、ゲームなんかじゃない。
地球とは大分勝手の違う部分があるにせよ、れっきとした現実だ。
これって、どういうことなんだろう?
<では、説明いたします。......ちょっとややこしいですけど、我慢して聞いてください>
オマケ様は語りだした。
◇ ◇ ◇
<そもそも、“乙女ゲーム転生”を初めて異世界転生配信のテーマとして取り上げたのは、この世界アーディストとはまた違う異世界の神です>
あ、異世界転生配信って、この世界の神々だけの流行じゃないんだ。
<そしてその異世界は、これは本当に偶然なのですが、転生者の前世に存在していた乙女ゲーム作品で描かれた世界と、うり二つでした>
え、そんなことってあり得るの?
<異世界というのは、無数に存在していますからね。確率的には非常に低いものですが、あってもおかしくはないのです。......とにかく、その偶然をおもしろがったその神は、“もしも、乙女ゲームの世界に私が転生したら”というテーマを設定して、異世界転生作品を配信したのです>
それが、“乙女ゲーム転生”の始まりってこと?
<そうです。そしてその作品は、神々の間で大流行しました。そうなると現れるのが、後追い作品です。たくさんの神々が、“乙女ゲーム転生”をテーマとした作品を作り始めました>
えぇ、そんなにゲームに似た世界がいっぱいあったの?
<いいえ。既に異世界に存在しているゲームと、自分の管理している世界が酷似している......その確率は、先ほども言った通り、超低確率です。なので、神々は様々な手段を講じました>
例えば?
<例えば、ある神は自分の世界そっくりのゲームを作って異世界に送り込み、転生者候補にそれをプレイさせました>
えぇ......神様がゲームを作るの?
<またある神は、異世界で流行しているゲームそっくりになるよう、世界を創造しました>
まって!まって!何、その神話的能力の無駄遣い!?配信のために世界を作るのかい!!
<しかし、今回サラ・サラー男爵令嬢に使われているのは、そのどちらでもありません。この世界はゲームをもとにした世界ではありませんし、この世界にそっくりなゲームがあったとも、確率的には考えにくい>
それじゃあ......?
<サラ・サラー男爵令嬢の体に吹き込まれたあの転生者の魂は、この世界が乙女ゲームの世界であると、“思い込まされて”いるのです。......記憶を操作されて>
えっ。
あの、オマケ様、つまりあの、その転生者の魂は、頭の中をいじられて、ありもしないゲームの世界に転生したと、そう思い込まされている、と?
<そうです。具体的な方法も説明しますか?>
は、はぁ。
<多くの神々が所有する“運命の確認”という未来視能力があります。その能力を使って事前にサラ・サラー男爵令嬢が進みうる未来をいくつか予測します。そしてその予測された未来を、乙女ゲームの“ルート”という形で、転生者の記憶に転写する。これにより、疑似的に“乙女ゲーム転生”と同じ状況を、作り出しているのです>
............。
<彼女がエミーのことを一切覚えていないというのも、このあたりの事情が原因でしょうね。おそらく、あなたは神の“運命の確認”では存在を確認されなかったのでしょう。あなたはサラー男爵領にたどり着くまで、あまり人と関わらず放浪していますので、因果が読めなかったんでしょうね。そして、神が観測できていない以上、転生者の記憶にあなたの存在が転写されることはありません。だから、彼女はあなたのことを“一切覚えていない”。そういう状況になったわけです>
............。
なんというか......トーチくんの時にも思ったけど、転生者ってさ、記憶だのなんだの、好き勝手にいじられてさ。
ほんと、神様の“玩具”だよね......。
<その分、チート能力をもらえたりしますけど>
それでも......それでも。
私は、“玩具”にならずにすんで、本当に良かった。
オマケ様と転生できて、本当に良かった。
心底、そう思う。
いかにチート能力をもらえようとも。
実際のところ、本人たちはそうであるとは気づいていないにしても。
結果的には、楽しい人生を送れるのだとしても。
彼らは神々に、なんというか、敬意をもって扱われていないって、そう感じるよ。
そこには人としての尊厳なんか、微塵もないよ。
本当に、ただの“玩具”なんだよ。転生者たちは。
あぁ......転生者だけじゃないか。
私がトポポロックたちと戦っていた最中。
どうやら、あのモーブおじさんの様子がおかしくなって、サラちゃんを人質にとったりしていたみたいなんだけど。
男爵様は言っていたよ。
『どうやらモーブのことを背後から操っていた者がいて、そいつに唆されて事件を起こしたようだ』って。
その『背後から操っていた者』ってさ、どう考えても神様だよね。
その神様は、自分のシナリオ通りに事を進めるため、モーブおじさんの人生を滅茶苦茶にした。
あの人、これから何年も服役しなくちゃいけないんだって。
......寒気がする。
だからと言って、サラちゃんの体を奪ったあいつを、かわいそうだとは思えないけどね。
◇ ◇ ◇
いつのまにやら、サラ・サラー男爵令嬢は静かに寝息を立てていた。
口を開けてよだれをたらして......美少女なのに時折見せるこのアホ面は、以前のサラちゃんと変わらない。
切なくなり、ため息を一つ、ついた。




