703 【醜い魔物の成り上がり】ラギの慢心が故の不注意
現在、陸クジラの胃の中の環境は、大荒れである。
右へ左へ、陸クジラの胃の中は外部から加えられる規格外の暴力によって、激しく揺さぶられている。
眼下に広がる胃酸の湖は波うち渦巻き、そこに浸っていた死骸だの瓦礫だのはぐちゃぐちゃにかき回され、酷い有様だ。
<<<あああーーーッ!!!うぜぇ、うぜぇ、うぜぇーーーーーーッ!!!>>>
そんな中、雷黄帝竜ピリリビチ・ラギ・ウバギレの機嫌もまた、大荒れだった。
ただの、弱っちぃ、鳥が。
大切な蟲毒器官の周りをうろちょろと飛び回り......それを仕留められない。
今のラギの心境を人で例えるなら、飛び回る蚊を叩き落せない感覚に近い。
イライラが、収まらない!
さらに言えば。
ラギは陸クジラの視界情報を、こっそりと盗み見ることができる。
数千年かけて編み出した、【憑依】の技術の一つだ。
だからこそ......ラギをいらだたせるあの鳥は、毒液で体を大きく見せてはいるが、その本体が小さな魔物だということを......外で戦うドクゲーゴンの姿を“目で見ていたので”、知っていた。
途中、謎の光に包まれて少しだけ大きく育ったようだが、それでも彼にとっては取るに足らない雑魚に過ぎない。
それなのに。
小さな雑魚魔物のくせに、偉大なる帝竜に歯向かう。
それが、本当に、ラギにとっては......許しがたい罪だった。
<<<くそがッ!!!死ねよ死ねよ死ねよぉーーーーーーッ!!!>>>
次々と放たれる毒液球を雷で相殺しながら、ラギは際限なくいらだちを高め続けていた。
しかし、そんな時だ!
「ンエーーーーーーッ!!!」
うろちょろうざい雑魚魔物が、一声鳴いたかと思うと......周囲にこれまで以上の数の毒液球を作り出し。
それを......四方八方に、いきなり発射したではないか!
<<<......ギャハハッ!!!数撃ちゃ当たると思ったか!?その代わり制御を手放しちゃ、本末転倒だよなぁーーーッ!?>>>
ラギは、彼が毒液球をキレイに防ぎきるものだから、あの雑魚魔物は自棄を起こしたのだと......そう、理解した。
<<<ざぁーんねんでしたぁーーーッ!!!この程度の数、まだまだ余裕ぅーーーッ!!!そらそらぁーーーッ!!!>>>
ラギは実際のところは必死になって無数の毒液球に雷を放ち処理を続けながらも、小癪な雑魚魔物のことを嘲り続けた。
【念話】でしゃべり続けることによって、確実に彼が使用できる思考や魔力のリソースは、削られているのだが......これはもう、彼の癖なのだ。
何千年と、話し相手のいない陸クジラの体内で、彼は生活を続けてきた。
そんな中、しゃべらずに、ただじっとしているとどうなるか。
......どうにも自我がぼんやりと薄れ、消えてしまいそうになるのだ。
その事実に気づいたが故に、延々と独り言を続けるという習性が、彼に生まれた。
陸クジラに話しかけるわけには、いかなかった。
体内に妙な者がいると気づかれ、その膨大な魔力を押し流すことで無理やりに、存在を消し飛ばされかねない。
ラギの宿主は、ラギから見ても、そんな理不尽な存在であった。
<<<よっしゃ、全弾撃ち落としたぜぇーーーッ!?もう撃ち止めかよ雑魚がよぉーーーッ!!!>>>
さて、ドクゲーゴンが無作為にばらまいた毒液球を、ラギは見事に防ぎ、蟲毒器官を守りきった。
周囲には毒の霧が広がり、視界が悪い......しかし、ラギはいわば雷の化身であり、毒は効かない。
蟲毒器官に少なからず悪影響はあるだろうが、致命的なダメージではないはずだ。
直接毒を注ぎ込まれでもしない限りは。
あの鳥は弱っちぃくせに......いや、本体が弱っちぃからこそ、生み出す毒は強い。
その事実は、ラギも認めていた。
<<<さあッ、どうするどうするぅーーーッ!?とっとと諦めろやバカ鳥がよぉーーーッ!?あ......!?>>>
と、ここで。
ラギの眼前をうろちょろ飛んでいた毒の鳥が......無言のまま、突然進路を変えた。
その進行方向にあるのは......陸クジラの生命力の源......そしてラギの命綱、蟲毒器官。
<<<ぎゃははーーーッ!!!本気で、自棄を起こしたかッ!?とっとと逃げだしゃ良いのによぉーーーッ!!!命令された通りにしか動けない、バカは辛いなぁ、あぁッ!?>>>
それは、つまり、自爆覚悟の、成功する見込みの極端に低い無謀な突撃であると、ラギは確信した!
<<<一撃で......消し飛ばしてやるぜぇッ!!!>>>
バチバチバチと、ラギの中に雷のエネルギーがたまり始める。
必殺の一撃......【ブレス】の準備だ!
今度は、しっかりと揺れにも備える。
備えてさえいれば、ラギは帝竜。
絶対に、外さない。
<<<3、2、1......>>>
毒の鳥は、どんどん蟲毒器官に近づいてくるが......まだ遠い!
ラギはその様を嘲り、バカにするようにカウントダウンまでしてから......。
<<<そぉらッ、発射ぁッ!!!>>>
......【ブレス】を、放った。
まっすぐに飛ぶ殺意の奔流は、狙い過たず毒の鳥に直撃。
瞬く間に......それを、蒸発させた。
<<<ギャハハ......ギャハハハハハーーーッ>>>
敵の消滅した空間を眺めて、ラギは満足そうに哄笑した。
陸クジラに食われ、本来の肉体を失ってから数千年。
実に久しぶりの戦闘であり......勝利だった。
それだけに、彼の胸中を満たす高揚感、爽快感、満足感は強い!
そしてラギは決して認めないだろうが......厄介な敵を打ち滅ぼしたという、安心感も。
とにかく、ラギは勝利の余韻に酔いしれ。
安堵して。
......油断していた。
だから。
「ボアアアアアーーーーーーッ!?」
胃の中にまで届く、これまでにない程大きな陸クジラの悲鳴を聞いて、心底驚愕した!
<<<は!?は!?は!?外のバケモノが、なんかしたのかぁッ!?>>>
ラギは慌てながら瞳を閉じ、陸クジラの視界をジャックする。
しかし、外の様子は変わりない。
......バケモノは相変わらず大暴れしているが、とにかく、先程までと比べても状況は変化していない。
<<<一体何が起こ......あ!?>>>
と、ここで、ラギは。
己が巻き付いている、蟲毒器官の異変を、察知した。
蟲毒器官が。
しっかりと弾力があり、健康的な肌色をしていたはずの、その器官が。
......いつの間にか......どす黒く変色し、紫色の毒液を滴らせている......!?
<<<はあああああーーーーーーッ!?>>>
すぐにはその状況をのみこめなかったラギは、少しの間呆然としながらそれを眺めてから。
<<<ま、まずいまずいまずいッ!?おい、こらぁッ!?何が起きたんだよおらぁッ!?>>>
慌てて蟲毒器官の周りを這いまわり、そして。
<<<あッ>>>
すぐに、その異常の原因を発見した。
蟲毒器官は、丸い。
つまり、死角が発生する。
先程まで、ラギは毒の鳥と対峙するため、蟲毒器官のある一点に陣取っていたわけだが。
蟲毒器官を挟んでちょうど反対側が、ラギにとっては死角となっていた。
その、死角となっていた場所に。
......穴が、開いていた。
毒で、周りをぐじゅぐじゅに溶かしてから掘り進んだに違いない、穴が。
<<<ああああああーーーーーーッ!?>>>
ラギは、気づいた!
先程毒の鳥が四方八方に毒液球を放った時、ラギはそれを、『自棄に走った』と見なしたが......そうでは、なかったのだ!
あれは、目くらましだった!
ラギが毒液と毒の鳥の対処に、集中している間に!
小癪な雑魚魔物は、発射される毒液球に交じって、本体をラギの死角へと、こっそり移動させていたのだ!
本体が抜け出した毒の鳥を、そのままの形で維持し、操りながら!
<<<はッ!?いやッ!?でもッ!?はあッ!?>>>
ラギはしかし、ここで再び混乱した。
なんでそんな器用で頭の良い真似ができる!?
あんな、ただの、鳥が!?
人間並みに賢くないと、そんなことはできないのでは!?
......と!
だがしかし、ラギがどれだけそれを信じられなくても、彼は実際に出し抜かれたのだ。
その証拠に。
「ンエーーーーーーッ!!!」
蟲毒器官の中から......雑魚魔物の間抜けな鳴き声が、聞こえてきたではないか!
<<<くそがよぉーーーーーーッ!!!>>>
ラギはとっさに【ブレス】を吐いて、雑魚魔物を滅してやろうと思ったが......できない!
だって、雑魚魔物は、まさしく彼の命綱である蟲毒器官の中にいるのだ!
【ブレス】なんて撃てば、雑魚魔物は死ぬが、同時に蟲毒器官も消滅してラギも危機に陥る!
そうやってラギが躊躇した、次の瞬間である。
「ボアアアアアーーーーーーッ!?」
再度響いた陸クジラの絶叫と共に。
まるで、噴水のように!
蟲毒器官から......毒液があふれ出し始めた!




