70 そして今世の夢が散る
バァン!
マナーなんぞ気にしている余裕がない。
私は勢いよくサラちゃんのお部屋の扉を開け、中に飛び込んだ。
「お嬢ッ......様......!?」
部屋の中にいた人々が、驚いた顔をしてこちらを振り向く。
そこにいたのは、杖をついた男爵様、奥様、陰険家令、頭に包帯をまいたメイード先輩。
そして見知らぬ、白衣らしき服を来た、白髪で褐色の肌の、背の高い男。
彼らが取り囲んでいるのは、小さなベッド。
そこに寝かされているのは、桃色髪の美少女。
サラちゃん。
......サラちゃんは目を閉じて、じっと動かない。
「え、お、お嬢......様?」
私は震える足をなんとか前に動かし、近づこうとするが。
「寄るな、呪い子」
白衣の男が冷たく言い放つ。
あぁ?
なんだお前。ってか誰だよ。殺すぞ。
思わず殺気が漏れ、【威圧】が発動する。
「......抑えてくれ、エミー。今、先生は、サラの治療中なんだ。この方は、高名な治療術師、キスケット先生だよ。たまたま隣村にいらっしゃっていたところを、お連れしたんだ」
男爵様が慌てて私をなだめる。
良く見ると、確かに白衣の男がサラちゃんにかざした両手からは、【魔力視】を発動しなくても見える柔らかな光が放たれている。
そ、そっか、魔法の治療に集中したいってことなのね?それなのに、私、ごめんなさい......。
「......そしてエミー、その身を挺して......この屋敷を、この村を守ってくれてありがとう......。感謝する」
そして男爵様は足を痛そうにかばいながら片膝を床につき、私に頭をさげる。
「というか、君、あの【ポイズンブレス】を直に受けて、死なないどころか1日寝込むだけで動けるようになるとは......一体君の体はどうなっとるんだね」
そんなん知らんし。
なんか最近毒が効きずらくなってきたので、今回も被害が小さく済んだのかな?
なんでも食べてるうちに、色々と耐性がついてきたのかもしれない。
いや、私のことなんてどうでも良いんだよ。
「男爵様。お嬢様、なんで寝てるの?」
「......どうやら、あの化け物みたいに巨大なトポポロックの【ポイズンブレス】......その大半は君が防いでくれたのだが......全てを防ぎきれた、わけではなかったらしい」
え......。
「気絶していたこともあり、サラが吸い込んでしまった毒は、ごくわずか。しかし、それでも......一般的にはそれでも、十分に危険な量だと言われている。特に体の小さなサラには......」
待って、待って。
私、守り切れなかった?
サラちゃんを、お友達を。
助けられなかった?
足が震える。
めまいがする。
思わずよろける。
「大丈夫!大丈夫よ!サラは大丈夫!先生が治してくださるんだからぁ!」
奥様が涙声で叫ぶ。
目元に酷い隈。涙で崩れたメイクもそのままに、必死でサラちゃんの手を握りしめている。
「............」
キスケット先生は無言で治療魔法を放ち続けている。
以前、オマケ様に聞いたことがある。
治療魔法は、患者に魔力を送り込み、治癒能力を高めることで回復させる魔法。
送り込む魔力は、多くても少なくてもだめ。
適量を、一定のペースで患者に与え続けなくてはならない。
【魔力視】で視ると、先生の魔力投与はその量がみじんも揺らぐことなく、サラちゃんに送り込まれ続けている。
多分、この治療をずっと続けているんだろうに、この精度。
この人、本当に一流の人なんだな。
でも......。
「............!」
先生がピクリと動き、その額から冷や汗が一筋。
その理由、私にもわかった。
サラちゃんの魔力が......体外に漏れ出る魔力が......急激に少なくなり始めた。
普通に生きていれば、生物から常に漏れ出ていると言われる、魔力。
それが少なくなるってことは、つまり......。
え。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。
嫌だよ、サラちゃん。
せっかく仲良くなれたのに。
夢にまでみた、私のお友達なのに。
生まれて初めてできた、私のお友達なのに!
思わずベッドに駆け寄る。
魔力を視えない他のみんなも、先生の様子が変わったことに気づき、同じく近づいてきた。
あぁ。
まただ。
また、私の大事な人が逝ってしまう。
「お、じょ......サラ、ちゃん......」
何をすることもできない。
ただ震えて、仰向けに寝かされたサラちゃんをじっと、見続けることしかできない。
無力。
あぁ、なんて私は無力なんだろう。
涙がこぼれる。
サラちゃんが生きていることを示す魔力漏れは徐々に、徐々にその量を減らし続け、ついには私の【魔力視】では......その存在を確認することができなくなった。
同時に先生が魔力の放出をやめ、首を横に振る。
「え、先生......そんな!!」
「嫌!嫌!嫌ぁぁぁーーーーーーーーッ!!」
男爵様は力が抜け床に膝をつけ座り込む。
奥様は涙を流し、絶叫してサラちゃんの体にしがみつく。
誰もが呆然とし、奥様の泣き声だけが響き渡る、室内。
絶望がその空間を支配していた。
しかし、その時だった。
部屋の中に、まぶしく光り輝く黄金の光球が現れたのは!
「!?」
突然天井をすり抜け現れたそれに驚き、身構える。
私は、おそらくその光に似たものを見たことがある。
見た、というか、背を向けていたから直接は見ていないんだけど。
それは本当に、本当に最近のことだ。
クイーンの死骸に降り注いだ光。
それが、ちょうどこの光球と同じような光だった。
信じられないほどの、超高濃度に凝縮された、魔力。
それは少しの間天井近くでふわふわと漂うと、ものすごいスピードでサラちゃんの体に飛び込んでいった。
「......ッ!!?」
光が入り込んだサラちゃんの体が発光する。
その眩しさに、誰しもが思わず目をつぶる。
時間にして、ほんの数秒。
激しい発光がおさまり、目を開ける。
そこには。
「む、む、ふわぁ......」
先程までぴくりとも動かなかったサラちゃんがベッドから身を起こし、伸びをしている姿があった。
「サ、サラ......?サラ、サラ!サラぁーーーーーーーーーーーっ!!」
「わっ......?え?えっと、あれ?......イーマ・サラー男爵夫人?」
号泣しながらサラちゃんを抱きしめる奥様。
「き、奇跡だ......!奇跡が起こった......!サラが、生き返った!!」
「んー......?え、なにこのイケオジ......って、マーツ・サラー男爵!?」
次に男爵様が震えながらサラちゃんをだきしめる。
サラちゃんは、目をぱちくりして、ぼそぼそと妙な、そう、妙なことをつぶやいている。
何故か自分の家族のことを、フルネームで呼んでいる。
「お、おおお、お嬢様ぁ~~~~......!」
メイード先輩は使用人としての矜持から抱き着いたりはしないが、それでも感涙にむせび泣いている。
「えっと、えっと、そこにいるメイドさんは、メイードさんでしょ?そっちのおじさんは、スネイゲンさん......えっ嘘!?キスケット先生までいる!?」
大喜びする周囲とは裏腹に、サラちゃんは困惑しきりだ。
私は......私は、なんだか嫌な予感がしていた。
「お、嬢......様......」
ためらいがちに声をかける。
サラちゃんは私に目をやり、これまで以上に困惑した、怪訝な顔をして、小首をかしげながら、一言。
「......誰?」
そう言った。




