673 【森の精霊王の愛し子】結
「う......ん......?」
ミシュティレがまず感じたもの。
それは、客観的に描写するならば、朝日から届けられる黄金色の光でした。
ポカポカと暖かくて、瞳を閉じていても、その存在を感じとれる......柔らかで優しい光でした。
冷たく暗い独房の中では、一度も経験したことのない、未知でした。
だからこそ彼女は、その心地よさに気を緩めつつも、しかし恐る恐る......ゆっくりと瞼を開きました。
「わあ......!」
すると、彼女の視界に飛びこんで来たもの!
それは......どこまでも続く、青色の何かでした!
たまに白い何かがゆっくりと流れ、そして消えていく......広い広い、独房とは違って限りのない、とにかく美しくて雄大な、何かだったのです!
ミシュティレは初めて見るその何かに、真ん丸に目を見開いて、じっと見入っていました。
何故って、こんなに美しいものを、ミシュティレは初めて見たのです。
感動のあまりミシュティレは、しばらく身動きがとれませんでした。
「あれ......?」
次いでミシュティレが気づいたのは、自身の肉体の、不調の無さです。
彼女は独房で一人、病に侵され......死を待っていたはずです。
それなのに。
今の彼女は、痛みも、苦しみも、気持ち悪さも感じていません。
強いて言うなら少し空腹ですが......それも耐えられない程ではありません。
とにかく、気分が良いのです。
「ああ......つまり」
だから、ミシュティレは結論付けました。
「ここは、天国、です!」
自分は、死んだのだと。
「そんなわけ、ないでしょう?」
するとミシュティレの視界の外から、そんな声が聞こえてきました。
ミシュティレは途轍もなく驚いて、慌てて上半身を起こし、その声の元へと顔を向けました。
どうして、驚いたのか?
だって、【念話】ではない......鼓膜を揺らして感じとる“人の声”を、ミシュティレは初めて聞いたのです!
一体何事かと、彼女の心臓が激しく打ち鳴らされるのも、無理はないでしょう。
しかし。
次の瞬間、ミシュティレはもっともっと、驚きに包まれることになります。
だって、そこには。
ミシュティレと同じく、二本の腕と二本の足を持っていて、青色の目と鼻と口が顔についていて、金色の髪が生えている......何かが!
立っていたのだから!
「あ......ああ!」
聡明なミシュティレは、かつてハスムームスから学んだ知識を紐解き、その何かの正体を見破って、叫びました!
「あなたは!ニンゲン、です!」
そして座ったまま、もそもそとそのニンゲンに体を向け、にっこりと笑いました。
「私も!ニンゲン、です!」
「............」
ミシュティレに笑顔を向けられた、ニンゲンは。
初めは、何やら眉間に皺を寄せ、口をへの字に曲げていたのですが......。
ミシュティレの言葉を聞くと目も口も丸く開いて、ポカンとした後。
「そうね......あなたは、人間よね」
困ったように頭をかきながら。
「なんて斬新な自己紹介かしら」
苦笑を浮かべ。
「私は......トリアよ」
そして、ミシュティレの瞳をまっすぐに見ながら、そう言いました。
「トリア?ニンゲン?どっち、です?」
ミシュティレは混乱し、首を傾げました。
「トリアは、愛称......いえ、名前よ......これからの。私はこれから、トリアという名前の、人間なの。あなたは?」
「私は、ミシュティレという名前のニンゲン、です!」
「そう......そう、よね......」
他愛のない問答を経て、再びトリアと名乗る金色の髪の少女の表情が、暗くなりました。
笑顔が消え、自己紹介をする前の......何だか少し怖い顔に、戻ってしまったのです。
それを見て、ミシュティレは不安を感じました。
だから“いつものように”両腕を交差するようにして自分を抱きしめ、媚びへつらうように詫びました。
「ごめんなさい、です......」
その様を見て、トリアはさらに、不機嫌そうな顔になりました。
「い、痛く、しないで、です......」
ミシュティレは怖くて怖くて、目をぎゅっと閉じて、ポロポロと涙を流しました。
だって、彼女の世話をしていた、ハスムームスは。
ミシュティレが何か失敗すると、彼女のことを決まって、折檻していました。
ハスムームスは小さな鼠でしたが、その実精霊です。
不思議な力でミシュティレを執拗に痛めつけ、“躾け”を行っていたのです。
それがミシュティレにとっては、耐えがたい苦痛でした。
「......あなたは、何を言っているの?」
ですが。
トリアはいつまで経っても、ミシュティレのことを打ちませんでした。
ミシュティレが恐る恐る目を開くと......トリアは、困った顔をしていました。
怖い顔では、ありません。
「私は、間違えた......違う、です?ハスムームスは、こういう時、痛くした、です」
たどたどしく、事情を説明するミシュティレの言葉を聞いて、トリアはかっと目を見開きました。
また、怖い顔です!
目は釣りあがり、眉間に皺が寄っています!
打たれる!
ミシュティレは怯えて体を縮こませ、震えました。
でも。
......次の瞬間、ミシュティレが感じたのは、痛みではありませんでした。
痛みでは、なく。
柔らかさと、暖かさでした。
トリアは突然、ミシュティレのことを、抱きしめたのです。
「もう......精霊は、いないッ!!ハスムームスとか言うのだって、もういないんだッ!!」
怒鳴るように、トリアは叫びました。
ポタ、ポタと落ちる何か暖かい物がミシュティレの肩を濡らしています。
「ハスムームス、いない、です?こんなに明るいのに、です?」
「そうだよッ!だから......あなたも......私だってッ!!」
ここで、ミシュティレの肩を掴みながら、トリアは体を離しました。
そして、やっぱり怒ったような顔で、でも涙でその青色の瞳を潤ませながら。
「自由......なんだよッ!!」
そう、叫んだのです。
「自由......」
それを聞いて。
ミシュティレは、何故だかわからないけど......上を見あげました。
そこには相変わらず、青色の何かが......空が、広がっていました。
トリアの瞳と、同じ色です。
「トリアの瞳、キレイ、です」
だから改めてトリアの瞳を見つめなおして、ミシュティレはそうつぶやきました。
「!?」
まったく脈略の無いその一言に、思わずトリアは目を大きく見開き、口をへの字にして頬を赤らめましたが。
「あはっ」
すぐに、照れ隠しのように笑みを浮かべて。
「知らないの?あなただって、同じなのよ!」
そう言いました。
「同じ、です!?私の瞳も、青色、です!?」
「そうよ!」
「わあ......自由、です!」
「あはは、何よそれ!?」
なんだか、わからないけど!
ミシュティレは嬉しくって嬉しくって、たくさん笑いました!
トリアも、です。
すっかり怖い顔はやめて、大笑いしています!
「......さて」
しばらく、笑って、笑って、笑ってから。
トリアは、ゆっくりと立ちあがりました。
「ねえ、一緒に行こう、ミシュティレ」
そしてそう言って、まだ座っているミシュティレに、手を伸ばしました。
「行く、です?どこに行く、です?」
ミシュティレは、首を傾げました。
「知らないよ、自由なんだからさ」
トリアもまた、首を傾げました。
首を傾げながら、怖い顔をして笑っています。
でも気づけば、ミシュティレはそんなトリアの顔も、怖くなくなっていました。
だけど。
怖くはないけど、ミシュティレはわからないことだらけです。
「どうして、一緒に行く、です?」
「どうして、かな......」
そしてどうやら、トリアもまた、すぐには自分の言動の理由に思い当たらないようです。
トリアは少しの間呆けたような顔をして、考えこみ。
「あはっ」
怖い顔で笑って。
「きっと、そういう性分なんだ。放っておけないんだ、あなたのこと」
そう言いました。
ミシュティレは何が何だか、ちっともわかりませんでした。
でも、ミシュティレは......差し伸べられた暖かなトリアの手をしっかりと握り返し、立ちあがりました。
「えへへ」
そして、にっこりと笑いました。
だって、その時にはもう、ミシュティレは。
トリアのことが、大好きになっていたからです。
「それじゃあ、行こうか、“ティレ”!」
「ティレ?何、です?」
「あなたの名前よ!私は今日から、トリア。あなたは今日から、ティレよ!」
「なんで、です?」
「だって、呼びやすいじゃない!」
「本当だ、です!呼びやすい、です!」
......そう言って、騒ぎながら。
トリアとティレ......よく似た容姿を持つ、金色と銀色の髪の二人の少女は、荒れ地から歩き始めました。
暖かい日の光は。
優しく......そんな二人のことを、ずっと照らしていたのでした。
以上をもちまして、第28章を終了いたします。
精霊神の視点でもう1話挿入しようかとも思いましたが、ここで終わった方が、物語的におさまりが良いかと思いましたので。
『今後の精霊の森の魔力調整はどうするの?』という課題が残ってはいますが、精霊神がいる以上は何とでもなるので、読者の皆様的には特に気にする必要はないです。
次の第29章ですが、更新までお時間をいただくと思います。
お待ちいただければ、幸いです。
今後とも、どうぞよろしくお願い申しあげます。




