67 これまでほとんどフォーカスをあてられてこなかったおっさんの恨みつらみ
マーツ・サラー男爵はもともとテーニディース南部の町ナーメダケの鍛冶屋の三男坊、平民の生まれである。
彼は幼いころより剣を打つよりも振ることの方に興味を示し、15歳の春には家を飛び出し冒険者となった。
その時からずっと一緒にパーティを組み苦楽を共にしてきたのが、幼馴染であるモーブだ。
剣の才能があり、めきめきと頭角を表していったマーツとは異なり、モーブには戦いの才はなかった。
しかしモーブは体力自慢の男であり、マーツのパーティではポーター、つまり荷物持ちとして影からマーツを支え続けてきたのだ。
いくらマーツが強く、強大な魔物を討伐することができても、その素材を持ち帰らなければ冒険者としての収入は激減する。
しかし、素材を持ち運んでいる状態では、満足に戦闘を行うことができない。
その問題を解決するのが、ポーターである。
地味ではあるが、冒険者のパーティにとっては欠かすことのできない、必要な人材なのだ。
冒険者の中には、直接戦闘に参加することのないポーターを悪し様に罵る心ない者もいる。
しかし、マーツはそうではなかった。
彼はポーターの重要性、そしてモーブのポーターとしての才能、その実力をよくわかっていた。
高く評価していたのだ。
マーツは剣士として一流の冒険者だったが、モーブはポーターとして一流の冒険者だった。
二人は互いに足りない部分を補い合い、共に冒険し、戦い、成長してきた。
今の自分があるのは、モーブのおかげ。
マーツはそう思っていたのだ。
だから叙爵し冒険者を引退する際も、モーブに「これからも一緒に働かないか」、と誘いをかけたのだ。
そのころには二人とも、体力的には全盛期を過ぎており、衰えを感じ始めていた。
モーブだって、この先もずっと、不安定な冒険者という職業を続けることはできない。
それなら、雇用主と使用人という形にはなるが、彼を雇い安定した生活を提供することが、モーブへの恩返しになる。
マーツは心の底から、モーブのためを思って、この提案をしたのだ。
モーブは笑顔でその提案を受けてくれた。
そんな自分とモーブの間には、硬い友情が結ばれている。
マーツはそう信じて疑わなかった。
だから、彼はモーブのことを信頼していたし、この緊急事態の中『村民の避難』という重要度の高い仕事を彼にまかせた。
それが、どうだ。
一体全体、どうしたことだ。
彼が全幅の信頼を置いていたモーブは。
硬い友情で結ばれていると思っていた、彼の友達は。
最愛の娘の首筋に刃をあて、歪んだ、暗い笑みをこぼしている。
......なぜだ。
「なぜだ。とか、そんなこと、思ってるだろ、お前」
かつての、冒険者であったころと同じような、気やすい口調。
しかし、低く、暗い声色で、モーブは語り始めた。
「図星だろ?わかるよ、オレはさ。お前の考えていること。ずっと......ずっと一緒にいたんだから、さ」
その手に握りしめたナイフは、震えている。
「だけどさぁ!お前、わかんねぇだろッ!今、オレが考えていることォッ!!」
突然モーブは絶叫する。
人質にとられているサラは青い顔をしながら、びくりと肩を震わせる。
「ど、どうしたんだモーブ!落ち着いてくれ!正気に戻るんだ!」
「正気!?ははは、正気に戻れ?ははははは!はははははははは!オレは正気さ!間違いない!」
口ではそう言いつつも、唾を飛ばしながら大笑いするモーブの姿は、まともではない。
「ねぇ、モーブ!約束通り、サラと一緒に執務室まで来たでしょう!?お願い、サラを離してあげて......!」
イーマが懇願する。
サラ、イーマ、メイードの三人は、地下室に避難する途中でモーブに不意を突かれ、襲われた。
その際メイードは頭を殴られ気絶し、今は廊下でのびている。
「だめだ!ははは、まだだめ!......おい、マーツ!陰険家令!結界石から手を離しな!」
「い、陰険ッ......!?」
「スネイゲン、抑えろ......仕方ない、修復は......中断だ」
マーツとスネイゲンはゆっくりと結界石から手を離す。
少しずつ行われていた結界石の修復が......止まった。
「よし、そうだ。それで良い」
モーブはサラの首筋に刃をあてたままじりじりと移動し、窓を背にする形で立ち、マーツたちを睨みつける。
「なぁ、モーブ、落ち着いてくれよ......なんだってこんなことするんだ!」
「は、は、は。わかんねぇだろ、マーツ。お前にはわかんねぇさ、オレの気持ちなんてな」
マーツを睨みつけるモーブの暗いまなざし。
モーブのこんな表情、マーツはこれまで見たことがない。
「いつだって、いつだって!お前はいつだって、成功者だ!たとえ何か失敗しても、必ずや努力で挽回し、困難を乗り越える!凄いよなぁ!いつだって、みんながお前のことを認めてくれる!」
モーブは大声で叫ぶ。
「それに比べて、オレはどうだ!?何をしても、目立たない!認められない!いつだって、何かを手に入れるのはお前だ!名誉、称号、爵位、妻、娘ッ!!お前ばっかり手に入れる!幸せになるッ!!オレは......オレのことは、誰も見向きもしない!!」
「私はッ!私はモーブ、君のことを認めていた!今の私があるのは君のおかげだ!だからこそ......」
「だからこそ?地味で目立たない、役立たずのポーターを使用人として雇ってあげた?その結果、オレはどうなった?慣れない、向かない仕事を、陰険家令に罵られながら鬱々とこなす毎日だ!お情けで雇われている無能、そんな風に呼ばれながら!」
モーブのナイフを持つ手に力が入る。
「んっ......!」
少しだけ、サラの首筋に傷がつき、血が一筋流れる。
サラは小さくうめき声をあげる。
「あぁっ!サラ!サラぁ!!」
イーマ夫人はもはや気が動転してしまっている。
いつもの冷静沈着な彼女の姿は、ここにはない。
「オレはなぁ、マーツ。ずっと我慢してきた。そう、ずっと我慢してきたんだ。自分の気持ちを殺してきた。でもそれは間違いだったんだ!」
「間違い......!?」
「そう!だって、あの時!たまたま下を通りかかったお前の妻子に、屋根板を落としてやったあの時!あの時感じた爽快感!最高だった!!オレはようやく、オレの本当の気持ちに気づいたんだ!オレはな、マーツ、お前から奪ってやりたいんだよ!お前の大切なものを!オレが得られなかった幸せをッ!!」
「あ、あれはお前の仕業だった、のか!?」
「あぁ!?何をいまさら驚いてやがる!まぁ、あの時は失敗したがな。あの呪い子め、忌々しい」
舌打ちし、唾をはくモーブ。
彼がこんな悪態をつく様を、マーツは冒険者時代から今に至るまで、目にしたことが無い。
彼はいつだって穏やかで控えめで、静かに微笑んでいる、そんな男だったはずだ。
「なぁ、モーブ、私が恨めしいなら、私を狙えば良いだろう?頼む、サラを離してくれ!娘を、巻き込まないでくれ!」
「はぁ?お前、オレの話聞いてたか?オレはな、奪ってやりたいんだよ。お前から、お前の大切なものをな」
「そんな、そんなことをして、どうなる!?頼むから、落ち着いてくれよモーブ。そんなことをしても、誰も幸せにならない」
「いやッ!!なるッ!!これで、オレの運命は変わるッ!!そう聞いたんだッ!!」
「き、聞いた、だと?」
「おいッ!おいまだかッ!!オレは、言われた通りにしたぞッ!!これからどうしたら良いッ!?」
モーブは天井や壁など、せわしなく視線をうごかしながら喚き散らす。
今のモーブの発言から明らかになったのは、今回のモーブの凶行は、何者かに唆されて行われたということだ。
そしてそれは、指示を仰いでいるモーブの目線から判断して、この部屋には姿を現していない第三者である。
マーツはモーブが目を向けた箇所に何者か潜んでいないか気配を探るが、その様子はない。
「モーブ、おじさん......」
次に声を発したのは、人質としてとらえられているサラだった。
乱暴に掴まれて体が痛むのか、その声にいつもの元気はない。
しかし、かといって怯え震える様子もない。
生来の芯の強さ故である。
「おじさんは、お父様と友達だったんじゃないの?」
「あ?」
「お父様、よく言ってるの。モーブは最高の仲間だって。自分にはもったいないくらいの、友達だって」
「......」
「おじさん、冷静になってほしいの。いつもの優しいおじさんに戻ってほしいの」
「......」
「ねぇ、おじさん。二人はお友達、なのでしょ?」
あまりにも、純粋な言葉だった。
まっすぐな言葉だった。
サラは悲しかったのだ。
父とモーブはお友達であるはずだ。
それなのにモーブは、父の心を傷つけようとしている。
そんなの、良くない。
お友達どうしがそんな関係になるなんて、つらい。
自らの命が危険にさらされていることよりも、目の前で友情が音を立てて壊れていく様を見るのがつらかった。
父とモーブに仲直りしてほしいと、それだけを考えていた。
「友達、なんかじゃなかったのさ。とっくに」
しかしモーブの口から出てきたのは、サラにとっては悲しい事実。
「......かつては」
絞り出すように、紡がれる言葉。
「いつも感謝していた。尊敬していた。誇らしかった。マーツは最高の友人だと、そう思っていた。しかし今となっては、ただただ妬ましい!憎らしい!」
「おじさん......」
「オレにはわかるぞ、サラ!お前もきっと、マーツと同じだ!みんなから好かれて、どんな困難にもくじけずに立ち向かう!きっと、そんな成功者になる!きれいごとの世界で生きていける!羨ましいなぁ!妬ましいなぁ!憎らしいなぁ!」
唾を飛ばし、再びモーブは絶叫を始める。
サラはぽたぽたと、涙を流した。
悲しくて悲しくて、もうモーブにかける言葉が見つからなかった。
「だけどな、今日で全ての運命が変わるんだ。お前たちは成功者ではなくなり、オレは、日陰者の人生に終止符を打つ」
モーブは笑い始めた。
血走った眼をぎらつかせながら哄笑をあげるその様は、どう見ても尋常ではない。
マーツはモーブのそんな様子に、ずっと違和感を抱いていた。
もし先ほどまでの彼の主張が、本心から発せられているのだとしても。
だとしても、魔物の群れが屋敷に向かっている最中にこんな事件を起こして、一体何になるというのか。
どうしてこんなことで、運命が変わるというのか。
娘を人質にとって部屋にたてこもり、そこからどうなるというのか。
そこには、犯罪者としての未来しか待っていないではないか。
「......『娘を人質にとって、ここからどうするつもりだ。そこには、犯罪者としての未来しか待っていないぞ』とか、今考えているのはそんなところかな?マーツ」
「......!」
にやにや笑いながら、モーブはそう言った。
またしても自分の思考をモーブに読み取られ、唇を噛むマーツ。
やはり本当に、モーブには自分の考えていることがわかるらしい。
自分には、モーブの考えていることは、全くわからないのに......。
「まぁ、普通なら、そう思うよな!ははは、でもな、オレには味方がついている」
「味方......誰なんだ、それは」
「ははは!知りたいか?知りたいよな!別に良いぞ、教えてやっても!びびるぜ?きっとな!!」
モーブの協力者。
先程のモーブの行動から、それが存在していることは確実であったが、モーブはそれを自ら明かすという。
もしかすると、あの馬車襲撃も、その者が仕組んだことかもしれない。
室内に緊張が走る。
「良いか?よく聞けよ?オレの味方っていうのはな......」
次の瞬間だった。
轟音をたてながら、巨大なポイズントポポロッククイーンの頭部が、窓と壁を突き破り執務室に突っ込んできたのは。




